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第四話:王のオモチャ?

 まだまだ太陽が顔を見せない、朝とも夜とも言いがたい時間帯。城内は見張りの兵と朝食の仕込みをしているシェフ以外は誰も起きてはおらず、ひっそりと静まり返っていた。


 そんな城の後宮にて、一糸まとわぬ姿の男女が一つのベッドで体を寄せ合う。

 だが二人の間に流れているのは事後の甘い雰囲気とは言いがたく、特に彼女の方がどこかピリピリとしていた空気を放っていた。何度も体を離そうとするが、彼のほうがそれを許さない。

 最後は諦めたようにしぶしぶ抵抗をやめた。


「嫌がっていた割には、最後は喜んでいたな」


 そんな彼女に気づいているのか、いないのか。クライドは腕の中のセシリアを鼻で笑うかのようにそう言った。


「喜ぶ? 勘違いしないでください!」

「赤面しながら、必死に余にしがみついていたではないか」


 初めての経験のこと。当然怖くてしがみつきたくもなる。なのに――


(なんてデリカシーのない! その美しいお顔の二パーセントでも、心にキレイさがあれば)


 だが乱暴に始まった行為も、それが進むにつれてまるでセシリアを気づかうかのようなソフトなものになっていった。

 あまりにもゆっくりと丁寧だったものだから、いよいよの”あの時”にもほとんど痛みを感じなかった。

 むしろ――

 と思ったところで妙な感想を抱きそうになり、セシリアは軽く頭を振る。


 だが、もしかして本当はいい人なのではないか、話せば分かってもらえる人なのでは、という考えがよぎった。

 強引に腕枕をされながら、セシリアはそっと天井を仰ぐクライドを盗み見た。

 キリッと程よい角度で上がった眉、清水のような瞳、一本スッと筋の通った鼻、完璧にバランスの取れた端整な顔立ち。

 美の女神、アフロディーテすら魅入ってしまうのではないかと思わせるほどの美青年であった。胸を高鳴らせずにはいられない。

 

 しかしクライドのその容姿は、オリュンポス十二神たる彼女とは違い、”神々しい”というよりまるで悪魔的な妖艶さを纏っているように見えた。冷酷な王との呼び名がそう思わせるのか、それとも何もかも見透かしたような彼の不敵な笑みがそう感じさせるのかは分からないが。


 彼女の視線に気づいたクライドと目が合い、セシリアはドキリとした。紺碧の瞳が優しい色を湛えて近づいてくる。クライドはそっと、セシリアの耳に顔を寄せた。


「可愛かったぞ、セ・シ・リ・ア」

「――っ」


 白磁器のように美しい歯で耳を甘がみされ、セシリアは不覚にも顔を真っ赤に染め上げてしまった。心臓が全力で走った後のように暴れている。


「あ、あの……私」

「冗談だ。没落貴族」

「くっ!」


(殴りたい! そのキレイな顔に、今すぐこの怒りの拳を沈めてやりたい!!)


 クライドはセシリアの頭を枕へ落として体を起こすと、ベッドの下に散らばっていた服を集めて着始めた。その男性っぽさを感じさせる背中を見つめながら、すでにしっかり見られた後ながらも、シーツでできる限り肌を隠して体を起こす。  


(この人私で遊んでる、絶対そうだわ!)


 どうやら自分はオモチャ認定されたらしい、とセシリアは思った。

 それに怒りを覚えながらも、内心ほくそ笑む。


(でもいつまでそうやって主導権を握っていられるかしら? 私だって復讐のチャンスは逃しませんから!)


 両親を侮辱され、こうやって体まで汚された。そういえば、ここへきてすぐにベッドへ引きずり込まれたせいで毎日の楽しみである夕食も食べていない。

 腹の虫を何とか制御しつつ、それら全ての恨みを晴らすべく計画を練る。


(お酒と言って苦い汁を飲ませてさしあげようかしら。それとも背中にそっと張り紙をつけたり……ふふふふ)

 

 それが”復讐”と呼ぶに値するほどのレベルにはなく、単なるイタズラ止まりであったが、彼女にとっては何かされて仕返しをすれば、それは”復讐”の枠に収まるようであった。


(いつかこの、こ憎たらしい王をぎゃふんと――)


「セシリア。下手なことは考えるな」

「え!」


 思考を読まれたような言葉に、セシリアは焦って予想外に大きな声が出た。


「そなたの母を助けたければな」


 シャツの最後のボタンを留めながら顔だけ振り返り、見た者を一瞬で悩殺できるような微笑みを見せる。

 

「病を患っているのだろう? いい医者をつけてやる。そなたが大人しく余に従っている限り、だがな」


(さ、最低だわ。お母様を人質にとるなんて!)


 やっぱりろくでもない人間だ。外見に騙されるところだった、とセシリアは眉をひそめた。


「これからも存分に余を楽しませろ、王妃道クイーン・ロードの贈り物よ」


 きっちりと服を着て心なしか楽しそうに扉へ向かうクライドに、


(誰が何とかの贈り物よ! 私はモノじゃない!)


 そう叫び出したくなるのを、母親をストッパーに何とか止めた。いくら腹が立ったとは言え、いい医者をつけてもらえなくなるのは正直困る。


(我慢! 我慢よ! 忍耐こそが成功への道しるべ!!)


 日が出るまでに帰ろうと、廊下へ出ようとしたクライドは「ああ」と足を止めた。

 何かを思い出したかのように、ベッドの方へ戻ってくる。


(何! ナニ! なに!)


 シーツで体を隠し、身を硬くしながら構えた。

 クライドはベッドの脇に腰掛けると、セシリアの後頭部に手を添えてぐいと引きよせた。


「んっ……ふ、んん……っ」


 いきなりの濃厚なキスに、セシリアの体が熱さを取り戻していく。まだまだ慣れないそれに、クライドの服をキュッと掴んだ。逃げ回るセシリアの舌をクライドのそれが捉えてからめとる。


(い、息ができない……っ! く、空気! 空気ぃ!)


 色気のかけらも無い心の声だが、本当に苦しくて仕方がない。どんどんと何度か胸を叩いた。

 クライドは名残惜しそうに顔を離すと、セシリアの唇を汚す唾液を大きく舐め取った。


「ひやっ……!」


 ゾクリとする感覚に、意図せず女性らしい声が出てしまった。顔を赤く染めて肩で息をするセシリアを、サファイアのような瞳が映す。


「可愛いと思ったのは、嘘ではない……かもな」


 至近距離でのまさかの言葉に、カッと顔が火照った。濡れた唇が艶やかに色づく。

 

(やっぱり悪魔だわ)


 振り返りもせずに出て行くクライドを横目で見やる。

 扉が閉められ、やっとのことで一人になると、セシリアは「ああっ!」と髪の毛を振り乱してベッドに沈み込んだ。ベッドの天井の、美しい藤の絵をじっと見つめる。


 翻弄されている? まさか。

 だが――

 ”冷酷な王”。

 そう聞かされてやって来た。なのに母親のことも助けてくれるようだし、思ったほどの冷たい印象はない。イヤミな人物であることは確かだが。

 

(もしかして、何か企んでるのかしら?)


 セシリアは目を瞑って、ヒゲをさするようにアゴをなでた。

 小さい頃に読みかじったファンタジー本に出てくる、白く長いヒゲを生やした賢者の仕草である。彼はこれをするといつも、どんな難しい問いに対してサラリと答えを導きだした。それが幼心に強いインパクトを与えたらしい。

 彼のようなヒゲを作りたいがゆえに、飼い猫イルマタルの白銀の毛をはさみで切り取ってこっぴどく怒られたことがあった。反省したものの、イルマタルはあれ以来セシリアの顔を見ると脱兎の如く逃げ出すのだ。

 だがセシリアが王宮へ向かう馬車に乗り込んでふと窓を見上げると、彼女は窓辺に座ってじっとこちらを見ていた。それがどこか悲しそうだったのは、セシリアの思い過ごしではないだろう。


 そして今も時々、考えるときにはこの仕草を真似てみる。良い考えなど浮かんだ試しはないが、浮かぶ気がするのである。


(うーん。惚れさせてから捨ててやろうとか、何か秘密を握ってやろうとか……。でもそんなことして何か意味があるのかしら。からかってるだけ?)


 とにかく、あんな王の妃になどなりたくはない。初対面でこれでは、結婚などすればどうなることか。毎日あんな調子では、頭の血管がもたない。


 よし、とセシリアは決意した。


「お母様は助けてもらいつつ、王には嫌われましょう! お母様の病気さえどうにかなれば、別にお妃になんてなる必要ないんだから」


 不器用な彼女に、相反する二つの事柄を要領よく並立させることなどできるはずもない。

 だがこれも父親譲りなのか、全く見通しがないにもかかわらずセシリアは自信に満ち溢れていた。


「ふふふ、そうと決まれば……」


 セシリアはサイドテーブルから紙とペンを取り出すと、あの王に嫌われるための計画を楽しそうに立て始めた。

あとがき

 上手く嫌われることができるか……?

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