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第二十六話:二度目のプロポーズ

「……っ」


 セシリアはしばらく声を出せず、ただただ目の前の青年を凝視していた。



「……セシリア」


 クライドに名前を呼ばれ、セシリアの肩がビクリと上がる。


 少々幼さの残っていた顔立ちは、完全に大人の男へと成長してその凜々しさを増し、だが青い瞳は変わらぬ輝きを湛えてセシリアを見つめる。


 金色の髪は三年前よりやや短く切りそろえられ、後ろへ丁寧になでつけられていた。

 おかげで、彼の端正な顔がよりはっきりと見える。


 最近の彼に関する噂のせいなのか、表情はどこか柔和になったように感じられる。


 一段も二段も端麗さに磨きを掛けたクライドに、セシリアは見つめられただけでカッと頬を紅潮させてしまった。


「少しはマシな身なりになったな、貧乏貴族」


(さ……最初の一言がそれ!?)


 少々ムカッとして、セシリアはクライドに掴まれた手を無理矢理引きはがす。

 だが思いの外クライドの握る手は強く、決して彼女を放そうとはしなかった。


「…………な、何するんです。レディーに失礼ではありませんか、陛下」



 セシリアの抗議にも耳を貸す様子はなく、クライドは静かに片膝をつくと、彼女の手の甲に口づけた。


「……っ」


「……待たせて、すまなかった。執務が……立て込んでいた」


 切なげな瞳で、セシリアを見上げる。

 三年前の宮廷内でのことのようであった。


「分かっているなら、早く来てくれればよかったのに……。手紙ででも、そう教えてくれたらよかったのにっ」


 本当は嬉しいのに、待たされた怒りをぶつけるようについ憎まれ口を叩いてしまう。


 何か言い返してくるかと身構えたが、クライドはそっと視線を床へ落とした。


「余とて、一日でも早くそなたに会いたかった。会って口づけ、そなたが泣き叫ぶほど激しく抱きたいと思った」


「……最後の辺りは余計です……」


「そうか?」


 クライドはそう挑発的に微笑んだかと思うと、そのままそっとセシリアの指を口に含んだ。


「――っ!!」


 言葉にならない声を上げながら、顔をより赤く染める。


「セシリア・アディソン……。二度目になるが――余と、結婚してほしい」


 真摯な眼差しから、目をそらすことができない。

 心臓が鼓動をどんどん早くする。


「ず、ずるいです。あなたは……っ」


「何がどうずるい」


 分かってやっているのだろう。意地悪そうに笑ってセシリアを見つめる。


 そのありえない色気とか、本当は腹黒いくせに時々みせる優しさとか。

 セシリアには彼の全てがずるく感じられた。


「どうして私なんです……。別に飛び抜けて美人でもないし、スタイルが良いわけでもない。性格だって、ご存じの通りですし。なのに、どうして私を選ぶんです……」


「何の問題がある。いいから早く返事を聞かせろ」


「……だって」


「……」


「……」


 なかなか返事をしようとしないセシリアに、クライドは焦れたように小さく舌打ちして立ち上がった。


 本当は、彼とて彼女を見た瞬間から触れたくてしかたなかった。

 なのになぜこうも自分を待たせるのか。


 三年の月日のうちに冷静になりすぎ、セシリアが自信を喪失していったことをクライドは知らない。


 キスくらいはいいだろうと、クライドは彼女の唇に顔を近づける。


「少し……考えさせてください」


「……何!?」


 触れる寸前、放たれた予想外の言葉にクライドは声が裏返った。


「ちょっと私……自信がないんです」


「自信? どういうことだ」


「何だか今の陛下、容姿も中身も完璧な感じになっちゃって。前みたいな黒さもちょっと薄れたというか。それに、最近は王としても申し分ないって皆に言われてて、あれだけ嫌われてたのに今じゃものすごく好感度高いですし……。雲の上の人になっちゃったように感じるというか……」


 あれから何一つ変わっていない自分とは、もう住む世界が違うように感じられた。


「セシリア、そなたまさかとは思うが」


 やけに声のトーンが低くなったクライドを見上げると、彼の目にはありえないほどランランとした光が溢れていた。


「そう言って余を遠ざけて、他に好きになった男と一緒になろうとでも言うんじゃないだろうな」


「え?」


 何を言っているんだと、目をしばたかせるが、彼の表情から察するに本気で言っているのだろう。


「そういえばさっき、ジョージ様がどうとか言っていたが」


「え、えっとあれは……ですね、ぜ、全然違いますから、落ち着いてください、陛下……ね?」


 ずんずんと怖い顔で近づいてくるクライドに、セシリアは頬を引きつらせて後ずさる。


 壁際まで追い詰められると、壁に手をついた彼の両腕の間に閉じ込められた。


「で? 本当のところそのジョージ様とはどこのどいつで、どこまでの関係なんだ、セシリア……」


 世間ではすっかり優しいと評判になったはずの彼の双眸には、まるで殺人鬼のような恐ろしい光が宿っていた。


「えっと……その……あの」


セシリアは久し振りの懐かしい悪寒に、冷や汗が全身から吹き出てくるのを感じた。



*************



(やっぱりこうなるのねっ。会って数分なのに……っ!)


 セシリアは、破られるように乱暴に脱がされた衣服で体を隠しながら、ソファーに寝転がされたまま天井を見上げていた。

 折角三年ぶりに再会したというのに、これでは情緒もへったくれもない。


 全く……っ、とスッキリしたように悠然とシャツを羽織って衣服を正すクライドの背中をにらみ付けた。


「ではそなたの無実が分かったところで、城へ帰るぞ、セシリア。妃としての仕事はたくさんある」


「え……わ、私はまだちゃんと返事してませんっ」


「今更なんだ。さっき何度も涙を流して請うていただろう。余の妻にならせてくださいと」


 カッとセシリアが喉まで赤くなる。


「それは……あなたが……っ、そう言わないと、そのっ……満足させないって……言うから……」


 セシリアの反応に、クライドはふと笑みを零した。

だんだんと恥ずかしさに俯いていくセシリアの顎に手を添え、強引に自分の方を向かせる。


 潤んだセシリアの目の端に口づけると、つい先ほどまでとは違う、触れるだけのキスをした。


「綺麗になったな」


「……え?」


 本当に、美しいものを見るかのようなうっとりとした目で自分を見つめてくるクライドにセシリアは心の底から動揺した。


「自信がないなど、何を卑下する。そなたは、十分綺麗だ。…………余はあの時から変わらず愛している、セシリア。それだけでは自信にならないか?」



――「セシリア……愛している。三年後も必ず、そう言いにそなたのもとへ行く」


 三年前の約束が、頭をよぎってセシリアの目頭が熱くなった。


 クライドは、遅れたがちゃんと自分を迎えに来てくれた。

 約束を果たしてくれた。


 三年前のように愛していると言ってくれた。


 これ以上、何を望む。



「さあ……帰るぞ、セシリア」


 クライドが体を起こしてそう言うと、セシリアは小さく頷いた。


「……はい、陛下」



 そこにはもう、迷いなどなかった。


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