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第二十一話:互いの気持ち

 半裸のクライドに腕枕をされながら、セシリアも自分の素肌をシーツで隠す。

 相変わらず牢から出られないままだが、クライドが毎日顔を見せてくれる。もちろんそれだけで済むはずはないが……。

 彼のせいでダメになった下着やドレスがいくつあったことか。


 彼はそういうことや、意地悪な言葉で相手を苛めることに興奮するド変態なのだろう、とセシリアは思っていた。


 しかし、今日は少し様子がおかしい。

 来たかと思うと無言でセシリアを抱きしめ、無言で押し倒され、無言で何度か抱かれ、今に至る。


 押し黙ったまま天井を見上げる、クライドの険しい横顔を見つめた。


「あの……どうされたんです、陛下。怖い顔して。何か怒ってらっしゃるんですか」

「案ずるな。別に怒っているわけではない」


 クライドはそう言うと、セシリアをそっと抱き寄せた。いつも激しく自分を翻弄しているとは思えぬほど、優しい手つきで髪を撫でてくる。


 不気味と言えば不気味だが、心地よくないと言えば嘘だった。

 いつからだったか、こういう不意に見せる優しさに胸をくすぐられるようになっていた。


 もしかしたら、彼も何か悩んでいるのだろうかと彼の背中に手を回して身体を寄せてみる。


「セシリア」


 頭のすぐ上で、クライドの声がする。


「はい」

「余と結婚すれば、そなたは余の妻、余の一部となる」

「まあ……そうなりますね。不本意ですが」


「ならばもし余が今後国を追われることになれば、そなたも同じ状況になることは避けられん。そうなったらそなたは、どうする。余と決別し、他の者に庇護を求めるか? それとも……余と共に落ちぶれてくれるか」


 身体を離し、自分を見つめてくる深いブルーの瞳は、驚くほど真摯なものだった。


「どうされたんです、急に。怖い夢でも見たんですか」

「いや、もういい。少し気になっただけだ」


 身体を起こし、ちらばった服を着始めるクライドの寂しげな背を、セシリアは真剣に見つめた。


 何があったのか、何を考えているのかは分からない。


 ただ彼はさきほど、とても真剣に自分に問いかけていた。

 

ならば――



 自分も真剣に答えなくては。



「一度夫婦になったのなら、あなたがどれだけ落ちぶれてどうしようもなくなったって、私はずっと一緒にいます。貧乏は慣れてますし、こことは違った楽しみだってあります。そうですね、陛下って国やお城の人々に嫌われているみたいですし、今後そうなる可能性は高いんじゃありません? 何なら今から畑仕事や、内職仕事を教えて差し上げましょうか、陛下」


 にっこり微笑むと、肩越しに振り返ったクライドも安堵したように白い歯をこぼした。


「やめろ、話を聞くだけで貧乏が感染うつりそうだ」


 感染るわけないでしょうと膨れると、再び背中からベッドへ押し倒される。


 見上げたクライドの表情は、どこかつきものが取れたかのように晴れ晴れとしていた。

 キラキラと耀いていて、思わず見とれてしまう。


「セシリア。そなたは本当に、余へのキリー河からの贈り物なのかもしれん」

「そんな作り話は信じないんじゃないんですか」

「そうでもない。余は……」


 民より、家臣より、他の誰より。

 ずっとそんな存在が、河の向こうからやってきてくれるのを待っていた。


 心から愛おしいと思い、そして、思ってくれる誰かが来てくれることを――


「そなたを愛している、セシリア」


「……へ?」


 クライドからの初めてのまともな愛の告白に、セシリアはカッと顔が赤くなった。


「だから今日は、久し振りに……優しくしてやる」


 いつものような、衣服を引きちぎらんばかりの荒々しい彼の姿は無く、まるでプレゼントを丁寧に紐解くかのような柔らかな手つきに、セシリアは不覚にも胸の強い高鳴りを覚えた。


「……っ、陛下」


 セシリアの意識が甘く霞みそうになった瞬間、クライドが思い出したように顔を上げた。

 途中で行為を止められ、正直もの寂しい。


「そうだ。それで、そなたは余をどう思っているんだ」

「え……わ、私……ですか」


「ああ」とセシリアの頬を指で撫でる。


(どうって……そんな急に)


 だが、いざ冷静に考えてみれば答えはすぐに出た。


 最初の出会いは最悪だった。

 無理矢理コトに及ばれ、恥ずかしいことを何度も言わされ、させられた。


 信じてもらえず、理不尽な怒りをぶつけられたこともあった。



 だが、身を挺して守ってくれる強さがあることを知っている。


 母親や家のことを我が事のように気遣ってくれる優しさがあることを知っている。


 強く、優しく、時に冷たい。


 悔しいくらい、翻弄される。



 分かっていた。

 こんな人は、他にはいないことを――



 セシリアは、高鳴る胸を落ち着かせようと、シーツを握りしめてクライドを見つめた。

 

「私にとっても、あなたは人生の贈り物です。陛下」


 クライドの目が見開かれ、瞳が熱に揺れる。


「すまない、やはり……」

「え? や、やはり?」


 突然の謝罪の言葉に、セシリアはまさか愛の告白が冗談だったのではと身構えた。


「今夜も、優しくできそうにない」


 一気に余裕のなくなった表情で覆い被さってくるクライドの首に腕を回し、「いいですよ」と声を出さずに言ってみた。



 が、獣と化したクライドに「邪魔だ」とふりほどかれた上に両手を縛られる。

 そんなセシリアを見つめ、ご満悦の表情を浮かべるクライドに、激しくも甘く翻弄されながら、セシリアはやはり彼はドのつく変態だと確信した。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「無理だ、クリスティーナ……。陛下のことは諦めなさい」


 宰相たる父親の言葉に、クリスティーナは柳眉を逆立てた。


「どうしてですの? パパは何でもできるのでしょう? 陛下を私のものにしてくださいませ!」

「……そうしてやりたいが……」


「陛下だって私たちには強く出られませんわ。もっとやり方を変えれば間違いなく陛下は」

「いいではないか、陛下でなくとも別の男を紹介してやる――」


 ガシャン! と陶器の割れる音がした。

 クリスティーナにはね除けられた花瓶が壁にぶつかって砕ける。


「ク、クリスティーナ!」


 だが、それを咎める父親の声など、彼女には届いていない。

 自分をにらみ付けるクリスティーナの表情に、グランドライト宰相はたじろいだ。


「別の男と結婚したら、私はどうなるとお思い!? 伯爵婦人!? 侯爵婦人!? どれも王妃には及ばない! あの女より劣る身分ではありませんか! パパは私をあんな貧乏女に仕えさせるおつもりですの!!?」


 クリスティーナの激しい金切り声に、クランドライトの息が一瞬止まる。


「もうパパには二度と頼りませんわ、こうなったら……」


 そう言って部屋を出て行く娘を、クランドライトは止める事ができなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「釈放……?」


 ロゼが眉をひそめる。


「そ! レイがやっと私は関係ないって証言してくれたの」


 私は自由になったの、と後宮の自分の部屋に戻ったセシリアがクルクルと回ってみせる。


「そいつの証言だけで宰相も納得してあんたを釈放って、怪しさ満点じゃない」


「せっかくの釈放にケチつけないで。まだ伯父様への嫌疑は残ってるらしいけど、とりあえずは良かったわ」


「気楽すぎ。あんた毒蛇の巣に戻ってきたのよ? ……次こそ何をされるか」


「来るなら来るがいいわ。次は尻尾を掴んでやる! それに」


 最近、昼も夜も驚くほど優しくなったクライドの顔が浮かぶ。


 愛している、と毎日何度も言い合い、キスを交わしている。想いが通じ合うというのは、こんなにも幸せなのかと頬が緩んだ。


 何があろうと、彼が守ってくれる。絶対に。


「それに、何?」

「な、何でもない」


 クライドとそんな甘い時間を過ごしているなどという気恥ずかしいことは、絶対ロゼには知られたくなく、慌てて誤魔化した。


 だが、そんなことで納得するはずもないロゼの次なる言葉を遮るように、ノック音が響く。


 セシリアはこれ幸いとばかりに、扉を開いた。


「はいはい、どなた?」

「……セシリア様」

 

 ここのメイド頭、ミセス・ライトが厳粛な面持ちで佇んでいた。


(げ……っ)


 彼女はセシリアにとっての不吉の予兆。

 十三日の金曜日、割れた鏡、または横切る黒猫だった。

 またろくでもないことが引き起こされたら……と思わず身構える。


「な……何でしょう」

「ご実家から使いの方がいらしておいでです」


 その言葉にセシリアのテンションが一気に上がった。


「誰? ドリー、それともアルバート?」


「これを渡してくれれば分かると」


 ミセス・ライトが白い封筒を手渡す。

 中身を取り出し、セシリアは目を見開いた。



《一目だけでも――    カイル・T・A》




 セシリアの指先が震え、心臓がバクバクと暴れ始める。


 来ているのは侍女のドリーでも執事のアルバートでもない。


(伯父様……っ)


 セシリアはメモをクシャリと握りつぶした。



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