第二十話:宰相
お久しぶりです。更新が遅くなって申し訳ありません……。
「ねえクリスティーナ、あの女、まだ平然と生きてるそうじゃない」
後宮の令嬢の一人が、テーブルに肘をついて面白くなさそうにクリスティーナにそう言った。
「本当にそうだわ。計画通りにやれば、あの女は陛下のお怒りを買って処刑されるはずだって言ってわよね」
「そうそう、なのにあの女は今も変わらぬ寵愛を……」
「一体どういうことですの?」
何人もの少女が、今のセシリアへの対応に不満を覚えていた。
そしてそれは、クリスティーナも同じ。
「ねえ、クリスティーナ!」
無言の彼女の肩に手を置いた少女の頬を、クリスティーナはパンッと張った。
頬を張られた少女は床に倒れ、驚きに涙目でクリスティーナを見上げる。
「ク、クリスティーナ……」
「お黙りになって。陛下だっていずれ……必ず私のものになりますもの」
そう言い切った彼女に、もう誰も言葉を発しなくなった。
◇◇◇◇◇◇
「え? ご存じだったんですか? 後宮での“パジャマパーティー”の意味」
豪奢な貴族用取り調べ室で、セシリアは紅茶を飲もうとした手を止めてクライドを見やった。
「当然だ。気づかんほうがおかしい」
「なら、どうして放ったらかしにされてるんです」
「なぜそう熱くなる。まさかセシリア……、そなたも余以外の男に興味があるんじゃないだろうな」
セシリアの向かい側で優雅に紅茶を飲むクライドの青い目が、疑いにキッと細められる。
「あ、ありませんよ! でもだからって別に、あなたには興味があるというわけじゃありませんが」
そんなセシリアに、クライドは紅茶に口をつけながらふと笑う。
いかにも「強がりを言うな」と言わんばかりの笑いに、セシリアはムッとして頬を膨らませた。
彼はどうやら、セシリアが自分に気があると思っているようだが、とんだ勘違いだとセシリアは思う。
だが、足を組んで優雅に紅茶を飲むクライドの姿は、見とれるほど格好良いのは事実だった。
「それより陛下、一度でも後宮に足を踏み入れた人たちを片っ端から牢屋へ入れてるって聞きましたけど、どうなさるおつもりなんです」
「アレックスにでも聞いたのか。案ずるな、無実の者は釈放した」
意外な答えに、正直拍子抜けした。
何としてでも処刑は止めなければと思っていただけに、ほっと胸をなで下ろす。
「なら、私もいつになったら釈放されるのやら。陛下、お母様はこのこと……」
「病床の者に伝えるような話ではない」
冷淡で勝手かと思えば、きちんと気配りができる。
そんなクライドの時々見せる優しさには、たまらなく胸を掴まれた。
「……お心遣い、感謝します」
安堵したように頬を薄紅に染めて微笑むセシリアに、クライドはカップを持ったまま固まったようにセシリアに見とれていた。
「な……何です?」
突然自分を見つめながら硬直するクライドに、セシリアは動揺を隠せなかった。
クライドはカップを置くと、テーブルごしに手を伸ばしてセシリアを引き寄せ口づけた。
セシリアがそんなクライドの行動に驚き、ぼうっとクライドの碧眼を見つめていると、クライドの手がセシリアの胸を包んだ。
「ちょ……っ」
赤面しつつ文句を言おうとするセシリアの唇がキスで再び塞がれ、胸も遠慮なく揉みしだかれる。
「んんっ!」
テーブルの下に押し倒され、胸元に顔を埋められた。
「っ……陛下」
所構わず襲いかかってくるクライドに何とか抵抗しようと、ドレスを胸の下まで強引に引き下げようとするクライドの手を懸命に押さえつけたが、やはり力で敵うはずもない。
ミシミシと衣服の裂ける小さな音と共に、徐々にセシリアの白い肌が空気にさらされ、堪えきれなくなったクライドが興奮気味にその肌に唇を這わせようとした瞬間――
コンコンと取り調べ室の扉がノックされた。
――「陛下、グランドライト宰相が謁見の間でお待ちです」
くぐもった声の言った言葉に、セシリアはハッとした。
「グランドライト宰相って、クリスティーナの……って陛下、なにを平然と続けようとしてるんですか!」
「こんな中途半端なところで止められるか」
起き上がろうとするセシリアの上体を押さえつけ、首元へ顔を埋めながら、ドレス越しではなく直に胸を触ってくる。
「や! ちょっと、だ、ダメですっ! へ、陛下といえど、そんな我が儘は通用しません……っ。早く宰相の所へ行って下さい! ほら!」
そう突き放すと、クライドは悔しそうに舌打ちをした。
クライドは嫌そうな顔で脱ぎかけていた服を正しながらも、まだ名残惜しそうにセシリアの少々はだけた身体を舐めるように見つめる。
「今夜は事前に精力剤でも飲んでおくんだな、セシリア。今日はそなたが泣き叫んでも止めてやらんからな」
「え……ッ!?」
そうクライドは、恐ろしいことを言い残して去って行った。
◇◇◇◇◇◇
ローデルランドの謁見の間は、近隣諸国と比べても繊細で美しいと評判だった。
柱や天井、床に至るまで、職人たちの精巧な装飾によって美麗に彩られる。
「陛下。このようなことになり、まことに残念です」
高い位置にある玉座を見上げ、クランドライト宰相はわざとらしいため息をついた。
グランドライト宰相。ローデルランドの諸侯たちの頂点に立つ男。
だが特別有能というわけでもない。
異国の王族の血を引くということが唯一の自慢で、だがそれがこの男を高位に君臨させていた。
クライドはこの椅子に座って様々な家臣らを見下ろしてきたが、この男以上に、どこか王たる自分に近しい存在であるという傲慢さが垣間見られる男もいない。
「セシリアは余の婚約者だ。あれが襲われたなど……城中の男どもを皆殺しにしてやりたい気分だ……」
クライドから湧き出る隠しきれない怒りに、さしもの宰相もわずかにたじろいだ。
今でこそ、以前では考えられなかった平穏な日々が続いているが、この王は元々非情で残酷な男。
目で射殺さんばかりの冷たい双眸は、宰相を震え上がらせるに十分だった。
(だが、陛下と言えど我々には手を出せぬはず……)
宰相は自身を落ち着かせるように、自慢のヒゲをなでた。
「なぜ……斜陽一族の令嬢なのです」
「は?」
「わ、我々はクリスティーナを正妃とするために後宮へ送り出しました。なにがいけなかったのでしょう。なぜクリスティーナではないのでしょう。身分は後宮一ですし、所作も問題ないよう教育いたしましたし、親の欲目ながら顔立ちも良い。そうです、クリスティーナを正妃とされ、アディソン家ご令嬢を側室とされては?」
「貴様に正妃を決める権限があったのか、グランドライト」
冷ややかな笑みは、セシリアが綺麗な悪魔と呼ぶに相応しい不吉さを纏う。
宰相の足元を撫でる凍てつくような空気は、決して床が大理石だからというだけではない。
「ク、クリスティーナは陛下を深く愛しておりますし、我々と強い結びつきを持てばこの国も安泰です」
宰相が言い終わるか終わらないうちに、クライドが玉座から立ち上がって階段を一段一段下りていく。
「そなたは何か勘違いをしているのではないか。余といえど、隣国、ティーリア王国王族の血を引く貴様らには下手に手を出せぬと」
コツコツという規則正しいクライドの靴音は、まるで真夜中に刻む振り子時計の音ようだった。
近づいてくるその音に、宰相は無意識に腰を引いた。
「確かに貴様らを処罰すれば、ティーリア王国はひどく立腹するだろう。それを口実に、戦になるかも知れん。だが……」
クライドは宰相の目の前に立つと、突然彼の胸ぐらを強く掴んで自身の方へ引いた。
「上等だ。二度目はないと心得ておけ」
「…………っ」
クライドが胸ぐらから手を離してその場を後にしても、宰相は膝の震えをおさえられなかった。




