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第十九話:尋問と……

 まだ日の高いうちから、二人の熱っぽい吐息に溢れる小部屋は、“取り調べ室”と言うにはあまりに豪勢な調度品に溢れていた。

 机に椅子、チェストや寝台に至るまで、貴族の家にあるものと何ら遜色は無い。だが、窓にはめられた細い金の鉄格子や、扉につけられた厳重な鍵が、しっかりと非日常を物語っていた。


「……っ、はあ」


 クライドは肩で息をしながらセシリアの上から退くと、枕に背を預けながら満足げに濡れた金色の髪をかき上げた。

 薄い唇の端に笑みを浮かべ、ぐったりとするセシリアを見やる。


「どうやら本当に、あの男とは何も無かったようだな、セシリア」

「ですから……っ、そう、何度も、言っているじゃありませんか……っ」


 セシリアは乱れたベッドシーツに、うつぶせになって顔を埋め、げんなりとして答える。

 このような“取り調べ”をする以前から、陛下は自分の話を信じていたに違いないとセシリアは確信していた。

 でなければ、この部屋に入って早々、クライドに嬉しそうにベッドへ押し倒されるはずはない。


 肩や背中に口づけてくるクライドに、セシリアも今更抵抗する気にはなれず、目を閉じて受け入れていた。

 いや、本当は黙っていれば天使のように美しい悪魔にすっかり魅了されていたのかもしれないが。


 再び熱が上がりそうになる頃、コンコンというドアのノック音に、セシリアはハッとして身を縮めた。


――「陛下。お時間です」


 ドアの向こうから、くぐもった声が聞こえる。

 クライドは残念そうにため息をつくと、しなやかに引き締まった身体を起こした。


「どうやら尋問は終わりらしい」


 クライドは、ベッドの下に落ちていたシャツをハラリと羽織る。


「じ、尋問って……これのどこが……」


 セシリアも上体を起こし、シーツで胸元を隠しながら恨めしそうにクライドを見る。

 たしかにここは貴族用の取り調べ室らしいが、セシリアとクライドがしていたのは決してそういったことではないのだから。


 クライドは肩越しに振り返ると、憎らしいほどに綺麗で不敵な笑みを浮かべた。


「いいから、そなたも早く服を着て檻に戻れ」


 クライドの言葉に、セシリアは眉をひそめる。


「檻って……私の疑惑は晴れたのでは? どうしてまた檻に入れられなきゃならないんです」


「そなたは何も分かっていないな。レイスティンはそなたの伯父から命を受け、クリスティーナを狙うよう指示されたと言っている。暴漢どもはそなたを間違って襲っただけだと」

「なぜ私がクリスティーナを。今まで一度も、彼女を悪く思ったことなんてなかったんですよ!?」


「そなたはそう思っても、世間はそうは思わん。一番美しく、一番権力のある家の娘が妃第一候補だと思うのが当然だ。そなたのような家名だけの没落貴族など、足下にも及ばぬ相手。嫉妬に駆られた末に伯父と結託して、美しきクリスティーナを潰す計画を立てたのだと大勢の者が思うのも無理は無い。そなたが檻から出るには、確固たる無実の証が必要なのだ。怒り狂っているクリスティーナの父を納得させるためにも」


「陛下も……そうお思いに?」

「余はそなたがそこまで愚かだとは」


「違います。事件の事じゃ無くて……クリスティーナが、この後宮で一番きれいだって、思うんですか」


 こんなときに何を言っているのか、とセシリアは自分の言っていることがどれだけ恥ずかしいか自覚しながらも、引くことができなかった。


 ジッとクライドのブルーの双眸を見つめる。


「そうだな。どうせ誰かと婚姻せねばならぬのなら、あの女だと思っていた。体つきも悪くないしな」

「……!」


 その言葉だけでは分からないが、やはりクリスティーナともこんな風に結ばれたことがあるのだろうかと懐疑的になる。


――『陛下』

――『クリスティーナ』


 想像して、ズキリと胸が痛んだ。


「だったら、どうして私に構うんです。世間様がおっしゃっている通り、クリスティーナを正妃に迎えられたらどうです」

「はあ?」


「彼女は美人だし、今をときめく宰相様の娘だし……体つきだって悪くないんでしょう?」


 “いや、そなたでなければ”、“余が愛しているのはそなただけだ”

 そんな言葉を望んだ。


 だがクライドは、まるであざ笑うかのようにフンと鼻で笑う。


「何を言っている。それでは面白くないだろう」


(面白くない……?)


 セシリアはシーツをギュッと掴む。


「…………やっぱり私は、あなたの暇つぶしの道具なんですね」


「それがどうした。何をムキになっている」


「もう、いいです」


 セシリアはドレスを掴むと、シーツで身体を隠しながらも一糸まとわぬ姿のままベッドを下りた。


「セシリア……? おい」


 クライドの呼び止めにも耳を貸さず、セシリアは逃げるように侍女が控えている隣の部屋へ駆け込んだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「さっさと吐いたらどうなの、レイ」


 セシリアとレイは、別々の檻に収監され、セシリアの方の檻には急遽、やけに豪華なカーペットやらタンスやらベッドやらが持ち込まれ、さながらホテルのような華やかな内装に様変わりしていた。

 しかし鉄格子の向こうのレイの檻は、冷たい石造りのいかにも牢獄で、対照的に寂しい。


「伯父様の話なんて、嘘なんでしょ?」


 セシリアは鉄格子の前に座り込み、銀色のトレイに乗った貧相な食事に舌鼓をうちながらレイに話しかける。

 だが、彼は何も答えようとはせず、ただ鎖に繋がれたまま貝のように押し黙っていた。


「全く。ご飯も食べないし、どういうつもりなのやら」


 歯の折れそうな程に硬いパンをかじる。


 ここに入れられてかれこれ一週間に近づこうとしていたが、セシリアの知る限り、レイスティンは全く食べ物を口にしてはいなかった。

 今も彼の前にあるトレイの上のパンもスープもサラダも薄いハムも、全く手がつけられていない。 

 元々繊細そうだった彼が、ますます生気を失っていくように見えた。


「お前はなぜ……俺と同じ食事を所望する」


 レイスティンは俯いたまま、ぽつりとそう漏らした。

 お前呼ばわりにイラッと来たが、やっと話した彼にぐっと耐える。


「私だって同じ“容疑者”扱いなんですもの。特別扱いなんて不要よ」


 ゴクリと白いスープを飲むセシリアを、レイスティンは透き通った瞳で、少々驚いたように見つめる。


「あーこのスープ……なんだか懐かしい。ウチはね、ミルクを買うお金がなくて、お水ですごく薄まったスープをシチューって呼んでたの。中に入れる野菜も、ちゃんと揃ったことがなかったわ。ジャガイモだけとか、ニンジンだけとか。時々何も無かった日もあったわ」

「うちも……そうだ」


「あなたの家も相当傾いてるものね。可哀想に」

「アディソン家ほどではない」


「そうかしら? 今のお話について行けるんだから、絶対ウチと変わらないわよ。どんぶりの背比べ」

「“どんぐり”……だろう」

「……そ、そうだったかしら」


 恥ずかしさに赤面するセシリアに、レイスティンは初めて笑顔を見せた。


「変なヤツだ」


 貴重なレイスティンの笑顔に、セシリアも嬉しくなってはにかむように笑う。



「随分と楽しそうだな」


 突如割って入ってきたクライドに、レイスティンはまた石像のように表情を押し込めた。

 セシリアも、不機嫌なオーラをまとう。


「ええ、当然ですよ陛下。私、このお城へ来てから、心から笑ったことなんてありませんでしたから。お食事が終わったらもう休みますから、どうぞお帰り下さい」


 クライドの目も見ずにセシリアは淡々と言い放った。

 だがクライドは帰る気配など微塵も見せず、かと言って怒る気配も見せないまま、檻の鍵を開けて中へ入る。


「ちょ……っ、何をするんですか」


 セシリアの腕を掴んで強引に立たせると、ベッドの上へ放り投げた。

 抵抗するセシリアを抱きしめるように押さえ込み、布団をかける。


「やめてください……っ、私は」

「さすがに牢の中は冷える」

「……はい?」

「早く休め」


 予想に反し、クライドはセシリアをシーツの中で抱きしめたまま、それ以上何もしようとはしてこなかった。


 確かに夜になると、牢はとても冷えた。小さな炉はあるが不十分。

 しかも、今日は特に冷えていた。


「へ……陛下? もしかして、このままここでお休みになるおつもりですか」

「だったら何だ」


「風邪を召されます」

「構わん」

「でも」

「いいから早く寝ろ」


 セシリアには、クライドの意図が分からなかった。

 自分を案じてくれているのは感じ取れたが、先日のこともあって素直に受け入れられない。


「た、単なる暇つぶしの玩具になって構ってないで、どうぞナイスバディーな美女を温めてさしあげてください。今日は冷えますから。遠慮せず、さあ」


 セシリアの態度にクライドがため息をつき、その息がセシリアの額に当たった。


「他のどんな女がどれだけ凍えていようと、余は興味がない。顔のいい女も、体のいい女も代わりは大勢いる。だがそなたのような玩具は、この世のどこにもいない。だから……特別扱いしてやる」


 ギュッとまるで大切なものを扱うかのように抱きしめられ、玩具だと言われたというのに、セシリアは怒る気持ちにはなれなかった。


 クライドの温もりや必死さが、布越しに伝わってくる。


 彼は間違いなく、自分を温めるためにわざわざこんな檻へ来てくれたのだ。


 セシリアはそっと、クライドの温かな胸に頬を寄せた。

 彼を血も涙も無い王だと思っていたが、今はこんなにもよく心臓の鼓動が聞こえる。熱を感じる。


「陛下、私………………って、どこ触ってるんですかっ!」


 もぞもぞクライドの手が腰の辺りを艶めかしく動いている。


「せ、折角ちょっと感動してたのに!」

「我慢できなくなった。そなたが体を押しつけてくるからだ」


「ひ、人聞きの悪いこと言わないでくださいよッ。ちょっと胸にくっついただけじゃないですか」

「それが可愛かったと言っている」

「か、か、可愛…………!? と、とととにかくおだてたって絶対だめですから……っ! そこにレイがいるんですからっ」


 小声で必死に抗議するも、クライドからの珍しい言葉に、正常さを失いつつあった。


「もちろん分かっている。だからこそ“尋問”の時のような声は出さないよう、しっかり堪えることだな。セ・シ・リ・ア」


 これ以上無いほどの満面の笑みを浮かべ、クライドはシーツの中へ潜っていく。


「ちょ……っ!」


 セシリアはシーツの中のクライドに翻弄され始めながら、


(やっぱり私は弄ばれてるだけだわッ!)


 顔を真っ赤にして、心の中で絶叫した。


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