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第十七話:パジャマパーティーの夜

 

「まあセシリアさん、来てくださったのね」

 

 クリスティーナが笑顔で出迎え、部屋に招き入れてくれる。すでに思い思いの寝間着を着た女の子たちが、お菓子や飲み物の準備をしていた。

 クリスティーナ以外は、セシリアの登場を歓迎してはいないようだが、一見すると、本当に普通のパジャマパーティーらしい。

 

 クライドも今日は遠征で一晩城には戻らない、絶好の機会だった。

 

 ――『やめた方がいいと思うけど?』

 

 ロゼの声がよみがえる。

 

「だからって、このままってわけにはいかないわ」

 

 ここにいる子たちが、自分を陥れようとしているという疑惑の真偽を確かめなくてはならない。もし噂が本当ならば、事が大きくなる前に何とかしなくては。

 

「やってやるんだから!」

「何かおっしゃって?」とクリスティーナが愛らしく首を傾げる。

「い、いえいえいえ」

 

 思わず出てしまった独り言に、セシリアは慌てて首を振った。

 

「あら、いらしたの」

 

 やけにフリフリのピンクのネグリジェを着た意地悪そうな子が、高級なお菓子をこれ見よがしに食べてみせる。

 

「せっかくたかりに来たんですもの、たくさん召し上がって? アディソン家の方にとっては中々手に入らないでしょうから」

「く……っ」

 

 負けてなるのものかと、セシリアは闘志を燃やした。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

「あーん、また負けた」

 

 女の子らは、脱力したようにばらばらとトランプを床へ落とす。

 

「それじゃあこれは私のもの」

 

 絶好調らしいセシリアは、賭けていた小銭を丸ごと手に入れ、勝利の余韻に浸るように微笑んだ。

 

「さすがアディソン家の方。お金が絡むとお強いのね」

「……どういう意味かしら?」

 

「およしになってったら」いつものように、クリスティーナが止める。「そうですわ、そろそろゲームを変えましょう。お庭の中央にある噴水のどこかに、金貨を数枚置いてきましたの。今からそこへ行って金貨を持って帰ってくるゲームですわ。金貨を持って帰られなかった方には、秘密を暴露していただきますわっ」

 

「へぇ、そう言うのってなんだか燃えるわね!」

 

 セシリアはわくわくとして立ち上がる。

 

「それでは……スタートですわ」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「ふふ。あの貧乏人、すごい勢いで駆けだして行ったわね」

 

 セシリアが出て行った後、セシリア以外の全員が部屋に残っていた。そしてその誰もが、あられも無い姿で半裸の男たちと談笑し、口づけあっている。

 

「そうでしょう、クリスティーナ」

 

 クリスティーナは、まるで女王のように両脇に男貴族を侍らせ、酒をグラスに注がせる。

 つま先から太ももまで白く長い脚を惜しげも無く見せつけ、酔いしれたようにそこへ口づける男の髪をうっとりとして撫でた。

 

「ほんと、貧乏な上にとんでもないドブスなくせに、あのお美しい陛下を独占しようだなんておこがましいにもほどがありますわ。貧乏ドブスは貧乏ドブスらしく、ボロ布を纏って泥でもすすっているのがお似合いですのよ! ね?」

 

 目を見開いたままクスクスと笑って酒を飲み干すと、両脇の子爵たちと熱い口づけを交わし始めた。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「よし、あの噴水ね」

 

 息を切らして目標にたどり着きかけたが、ふと足を止めて後ろを振り返る。だがそこには同じく金貨を取りに来ているはずの女の子たちの姿はどこにもなく、薄暗い闇が広がっていた。

 

「あれ……場所を聞き間違えたのかしら」

 

 ざわざわと生暖かい風が頬をなで、セシリアは身震いをする。

 今更ながらに嫌な予感がした。

 

「と、とりあえず戻ろう」

 

「お前か」

 

 行く手を阻むかのように現れた三人の男らに、セシリアは慌てて足を止めた。

 身なりから察するに、ここの下男か、それ以下の身分の者らしい。それがなぜ、こんなところにいるのか分からない。

 

「な、何なのあなたたち……」

 

「俺たちとパジャマパーティーしてくれるんだろう?」

 

 ヒゲの男が下卑た笑みを浮かべ、にやにやとイヤらしくセシリアを見つめる。

 

「……何ですって?」

 

「貧乏貴族をものにしたところで、大して自慢にならないが、せいぜい楽しませてくれ」

 

「……っ!」

 

 走り出すセシリアにあっという間に追いつき、男らは彼女の腕を掴んで藪の中へ連れ込もうとする。

 

「大人しくしろ」

「いや! ちょっと! 放してっ!」

「煩い、黙れ!」

「んー、ふぐぐぐっ」

 

 口を塞がれたまま茂みに連れ込まれ、高らかに笑う男らの手が伸びる。

 もうダメだと身を縮めたその時――

 

「いででで!」

 

 突然身体が自由になり、誰かが庇うように目の前に立ちはだかった。

 

「な……何だお前!」

「邪魔するんじゃねぇッ!」

 

 男らは突然現れた人物にいきり立ち、一斉に襲いかかった。

 

「――っ!」

 

 思わず身を乗り出すセシリアをよそに、その人物は劣勢をモノともせず、いとも簡単に男らを床へねじ伏せていく。かなり武術を嗜んでいるのか、まるで子供を相手にする大人のような圧倒的な差があった。

 

「畜生……話が違う……」

 

 そう言い残すと、男らは忌々しげに舌打ちして逃げ去っていった。

 

 

「あ、ありがとうございました……」

 

 ふらふらと立ち上がり、やっとの事で礼を言う。

 ゆっくりと振り返った伏し目がちの青年は、繊細そうな若い将校だった。

 

「セシリア・アディソンか」

 

「……え、ええ。あなたは?」

 

「レイスティン・N・ローレンス」

 

 消え入りそうな声でそう答える。

 

(ローレンス家? あそこって確か……)

 

 アディソン家と同じく、近年財政難で傾きかけているとの噂がある家だった。

 

 確かによくよく見てみれば、彼の身につけているものはどれも一級品だが古めかしく、新しい物を買いそろえることができないさまが感じ取れる。

 

(うーん。その貧乏加減、妙に親近感がわくわ)

 

 失礼なことを考えつつ、セシリアはレイを見上げる。

 

「本当にありがとう、レイ。あなたがいなかったら、どうなっていたか。命の恩人だわ」

「…………」

 

 しかし、彼はどこか様子がおかしかった。さきほどからニコリとも笑わないどころか、剣呑とした空気を纏っている。自分を見るレイの目が、どこか異常さを帯びている気がして後ずさった。

 

「あ……じゃあ私はこれで。本当にありがとう。じゃあね」

 

 なにやら危険だと告げる第六感に従い、踵を返すセシリアの肩をレイが掴んで引き戻す。

 

「――許せ」

 

 腹に強い衝撃を感じたと思った瞬間、セシリアの意識は真っ白になって遠ざかっていった。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「んー」

 

 朝、セシリアは窓から差し込む朝日に照らされ、柔らかな自分のベッドの上でうっすらと目を開いた。

 

「ふあああ。もう朝? なんだか変な夢を見たような気……が」

 

 隣に気配を感じ、弾かれたように見やる。

 

「レ……レイ!」

 

 自分の腹に手を回し、静かに目をつむるレイの姿があった。しかも彼は半裸らしく、上半身に何も纏っていない。

 

「なななな、何これ、どういうこと!? って私もじゃない!!」

 

 下着だけのあられも無い姿に、慌ててシーツで身体を隠す。

 

「ちょっと待って……何? 何なのこのシチュエーション!! 起きてよ! 起きてったらレイ!」

 

 ――「おい、セシリア」

 

 ノックもせず入ってきたらしいクライドの声に、ヒヤリとした。

 

「へへへへ陛下……」

 

 足音はどんどん寝室に近づいてくると同時に、頭の中が真っ白になる。

 

「ちょっとレイ! どういうことなの? どうするの、こん……」

 

 ゆっくり目を開いたレイは、セシリアの上に覆い被さると、手首を押さえつけて動きを封じた。柔らかそうなライトブラウンの髪に、昨晩三人の男をねじ伏せたとは思えないほどに細身の身体。

 どこか女性的だとはいえ、彼は正真正銘の男。

 

「レイっ……ちょっと」

 

 自分を押さえつける力は予想以上に強く、ぴくりとも動かせない。

 見上げた彼のブラウンの瞳は、整った顔立ちと相まって、まるで彫刻のように綺麗だった。だが、全く熱を感じられないほどに冷たい。

 レイはゆっくりと、セシリアの首筋に頭を埋めた。

 

「いつまで寝ている、セシリア。土産まで買ってきてやったのに、出迎え、も……」

「……っ」

 

 レイに押し倒されたまま、クライドと視線がかち合う。

 ドサリとセシリアへの土産を落とし、唖然として立ち尽くしていたクライドは、みるみるうちに顔色を変えた。

 壁に飾ってあった剣を取ると、レイをベッドから引きずり下ろし、鋭く光る剣先を彼ののど元へ突きつける。

 

「へ、陛下っ! 落ち着いてください、違うんです」

 

 セシリアは慌てて止めに入ろうと身体を起こしたが、クライドの目には、完全にレイに対する殺意が滲んでいた。

 

「貴様、ローレンス家の者か。……答えろ、これはどういうことなのか」

「…………」

 

「答えろォッ!!」

 

 ガシャンッ!と剣で傍の花瓶を叩き割り、割れた破片が飛び散る。

 セシリアは思わず耳を塞いだ。

 

「……セシリア様と、関係を持ちました」

「――!!?」

 

 頭から雷で打たれたかのような衝撃を覚えた。

 

「互いに合意の上でのことです」

「な、ち、ちょっと…………あ、あ、あなたいい加減なこと!」

「こうなった以上、いかなる処罰をも受ける覚悟です。申し訳ありませんでした、陛下」

 

 片膝をついて頭を垂れるレイを見下ろすクライドの表情からは、今まで感じたこともない恐怖を覚えた。

 クライドはゆっくり剣を振り上げ、レイの首を目がけて振り下ろす。

 

「陛下ッ!」

 

 

 しばらくギュッとつむっていた目を、恐る恐る開く。どうやらレイの首はちゃんと繋がっているらしい。

 ぎりぎりで逸れた剣が床に突き刺さっていた。

 ホッと胸をなで下ろしたが、事態が収束したわけではない。

 

「余が不在の間に男と密会か、セシリア」

 

 青い瞳がどす黒い怒りと憎しみを交わらせてセシリアを射貫く。

 

「どうやらそなたは本気で余を怒らせたらしいな」

 

 セシリアは全身から冷や汗が吹き出し、手足や唇が震えて小刻みに動くのを感じた。


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