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第十三話:セシリア禁断の恋 (前)

 

「何が『愛しい妻と生まれくる子をよろしくお願いします』よ!」

 

 母親あてに来たクライドの手紙をリビングのテーブルに叩きつけた。

 この手紙のせいで、使用人たちまで巻き込んだひと騒動になっている。

 

 ここへきて数日経過したが、三度の食事は野菜中心の体に優しそうなものばかりであるし、階段の上り下りですら心配そうに見届けられる。

 挙句の果てには妊娠の喜びを綴った本を渡されたり、出産の痛みを軽減するという体操までやらされ、いい加減うんざりしていた。

 

 それもこれもこの手紙のせいだ。

 だがクライドの手紙は、嘘の妊娠に関する一通ではなかった。セシリアがここに帰って来る随分前から、アレックスが担当医として来る前からあった。

 意外なことに、どれもセシリアの母の体調を気遣うような、誠実な文面が並んでいる。これが本心なのか意図的なのかどうか分からないが、この布石があれば誰でもクライドの真っ赤なウソを信じてしまうだろうと思った。

 

 コンコンと玄関扉が叩かれる音が聞こえた。生憎使用人は誰もいない。

 セシリアは急いで玄関に走ると、カチャリと扉を開けた。

 

「はい、どなた……アレックス様」

「どうも」

 

 そこにいたのは、白衣を持ってたたずむアレックスだった。

 いつもの優しい笑みを浮かべているが、どこか罰が悪そうにも見える。おそらくクライドに協力していることへの後ろめたさだろうとセシリアは思った。

 

「これは一体どういうことなんですか? 私は妊娠なんてしてません……!」

 

 玄関に招き入れながら、声を落として事情の説明を求める。

 

「まあ、言ってるうちですよ」

「こ、怖いこと言わないでください! 私はもうあの方と縁を切ったんです! 二度とお会いすることも言葉を交わすこともありません! なのに……。アレックス様から母たちに真実を伝えてください」

 

 アレックスは小さくため息をつく。

 

「あなたのお気持ちはよく分かる。でも陛下はあなたに出会って変わられた。以前のような刺々しい雰囲気はなくなり、近寄りがたい空気も穏やかになられた」

 

 それがなんだ、と眉をひそめるセシリアに、アレックスは手紙を差し出しながら、

 

「まあそう結論を急がず」

 

 執事に迎えられ、アレックスはマイラの元へと歩いていく。

 セシリアはアレックスから受け取った手紙を開けた。

『すまない』『帰ってきてほしい』

 たとえそういう言葉が並んでいても、許す気はない。

 そう意気込んでカードを取り出した。

 

『逃げても無駄だ ――愛をこめて クライド――』

 

「どこに愛がこもってんのよ!」

 

 思い切り床にたたきつけた。

 

(ごめんなさいの一言もいえないのかしら!!)

 

「セシリア?」

「ウィル!」

 

 開いていた玄関から幼馴染のウィルが顔を出す。

 

「今の人は?」

「お医者様のアレックス様」

「まさか、陛下の命令で君を見張ってるの?」

「違うの。お母様を診療してくださってるのよ」

 

「そっか。けどお城での知り合いがいたら、息が詰まるだろう? 町に買い物でも行こうよ、久しぶりに」

 

 一瞬母やドリーが言っていた誘拐事件のことがセシリアの頭をよぎったが、まだ日も高いし一人ではないから大丈夫だろうと結論付ける。

 

「そうね!」

 

「……セシリア様?」

 

 洗濯かごを持って階段を下りてきたドリーが声をかける。

 

「ちょっと町へお買い物に行ってくるね、ドリー」

「町って……」

「大丈夫よ、ウィルもいるし。妊婦は適度に運動しなきゃ」

 

 都合の良い時だけクライドの嘘を利用し、セシリアは不安げなドリーを残して意気揚々と町へ繰り出した。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「久しぶりの故郷はやっぱりいいわねぇ」

 

 ご満悦のセシリアの両手にはヌイグルミや小物の入った袋が握られていた。ウィルが久しぶりに帰ってきた祝いにと、遠慮するセシリアにも構わず彼女が気に入ったものを次々と購入してやっていた。

 セシリアがお礼にラズベリーパイでも作ろうかと思っていたその時、

 

「いつにしようか」

 

 不意にウィルがそう尋ねる。

 

「何が?」

「家を抜け出すんでしょう、陛下から逃げるために」

「ああ、うん……」

「準備はいつでもできてるからね。僕に任せて」

「ありがとう、ウィル」

 

 微笑を浮かべるセシリアには、迷いが生じ始めていた。クライドから逃れたいのはやまやまだが、それが本当に正しいことなのかは分からない。

 

「セシリア、大丈夫?」

「え? う、うん!」

 

 どうやら随分ボウッとしていたらしい。照れ隠しにはにかんだように微笑んだ。

 

「そうだ、ちょっと待ってて。すぐ戻るから」

 

 そう言ってウィルがどこかへかけていく。

 

「最近、陛下は穏やかだな。処刑の話も全く聞かなくなった」

 

 どこかからかそんな声が聞こえてきた。見れば露店の前で雑談をする男らがいる。

 

(穏やか? あれが?)

 

 事情を知っているだけに、ハンと鼻で笑いたくなるのをどうにか抑える。

 アレックスといい皆そろいもそろって、彼のどこを見ているというのだろうかと思った。あの腹黒のどのあたりが穏やかなのかご高説願いたい。

 

「城内も以前のような殺伐とした雰囲気がなくなっているらしい」

「ほう、それではやはり、ついに王の心を癒すという王妃道の贈り物様が現れたというのは本当だったのか」

 

 興奮気味に噂話は続けられる。

 

(王妃道の贈り物……?)

 

 そういえばどこかで聞いたかもしれないとセシリアは記憶を巡らせた。それがどこかに行きつきそうになる前に、通りすがりの男に声をかけられた。

 

「すみません、シティーホールはどこでしょうか」

 

 やけに顔色が悪い。

 目は落ち込み、ひどいクマができていた。

 

「それならこの道路をまっすぐ行って……」

「どこですか? こっちですか?」

「だから、この道をまっすぐ行って……」

 

 そこでセシリアはハッとする。周りを、同じように顔色の悪い男たちに取り囲まれていた。直接的ではないが、遠くの物陰からじりじりと包囲網を作るかのように彼女を見つめている。

 特に顔の上半分に包帯を巻いた男からは、濃い殺気のようなものが漏れ出ていた。

 

「何……?」

「セシリア! これ、君に」

「あ、ありがとう」

 

 花束を持ったウィルが戻ってきた途端、彼らはどこかに姿を消した。セシリアに道を聞いていた男も、すでにどこにもいない。

 

「どうしたの?」

「ウィル、このあたりで若い女性を狙った誘拐が頻発してるって知ってる?」

「う、うん。新聞で読んだ」

「私、そいつらを見たわ。たぶん主犯の男も。顔の上半分に包帯を巻いていたからよく分からなかったけど、変な輩が私に襲いかかろうとするところをじっと見てた」

「もしかして……あいつ?」

 

 ウィルが声を落として一瞬そちらへ目をやった。ウィルの視線の軌跡を追うと、あの男が食い入るようにじっとこちらを見ている。ゾワリと鳥肌が立った。

 

「どうしよう……ウィル!」

 

 雰囲気が明らかに異様なのだ。

 

「セシリア、おいで!」

 

 ウィルはセシリアの手をひっぱると、人通りの多い道へ出る。その途中、セシリアはぬいぐるみの入った袋を落とし、拾おうと足を止めた。

 だが不意に見た視線の先の男に、体が硬直する。

 

「セシリア、さあ!」

 

 ウィルの力強い腕に引かれ、セシリアはやっとのことで足を動かした。馬に乗せられ、ウィルが後ろに乗って手綱を引く。

 

「大丈夫。もう、大丈夫だから」

 

 次第に遠ざかっていく男の影。それにホッと息を吐いた。

 

「何だかミュージカルみたい」

「本当だね」

 

 そんな冗談も口をつく。

 

「どこに行くの?」

「もしかしたら君は目を付けられたのかもしれない。とりあえず後を追われて家を知られないように、うちの別宅に行こう」

「分かった」

 

 弱弱しいと思っていた幼馴染のウィルの逞しい姿に、セシリアはなぜかこそばゆくなった。斜陽の日もまぶしい。二人に後ろに、黒く長い影が伸びていた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 日が落ちる前に、何とか別宅にたどり着いた。

 

「すごいところね」

 

 足を踏み入れた邸宅は、町から離れた自然豊かな森にあった。しかし動物に荒らされることもなく、現在使われていないとは思えないほどに立派な姿を留めている。

 珍しい調度品や絵画、石像が廊下や部屋にたくさん並んでいた。

 

「地下に面白いものがあるんだ」

 

 誇らしげに微笑むウィルが、なぜか秘密基地をひけらかす子供のように見えた。

 そのあとをついて階段を下りる。セシリアは、幼少期に帰ったようなノスタルジーを感じた。

 

「ここ、ここ!」

 

 石の階段は薄暗いが、小奇麗に掃除されている。おそらく彼の性格によるものだろう。

 ウィルが開けた扉の中を見て、瞠目する。

 

「す……すごい」

 

 中は地上の部屋と変わらぬくらい、いやそれ以上に素晴らしい作りだった。柔らかい絨毯、高級家具、オシャレに香まで焚かれてある。

 今の今まで城の後宮にいたセシリアでさえも、息をのむほどに素晴らしい部屋だった。

 

「あのカーテンの向こうには何があるの?」

 

 部屋を切るように下がる劇場の垂れ幕のようなものを指し、興奮気味に振り返った。そのとき、カチャリと小さな音が入ってくる。

 

「ウィル、あの……どうして、カギをかけたの?」

 

 扉の前で、ウィルがやけに怖い顔をして立っている。

 

「セシリア、可哀そうに」

「な、何が?」

 

 さっきからやけに心臓がバクバク煩い。それも異様なほどに。

 

「好きでもない男に抱かれて、体を穢されて、苦しかっただろう? 僕がその穢れをはらって、きれいにしてあげるからね。それで君の純潔は僕のものになるんだ……」

「え、な、何言ってるの」

「穢れをはらうんだ。悪魔の痕跡を消さなきゃ」

「ウィル……」

 

 危ない。逃げろ。

 本能がそう告げていた。一歩一歩ウィルが近づいてくるたびに、空気が張りつめていく気がする。

 ウィルが天井から下がる紐を引くと、一瞬で明かりが落ちて真っ暗になった。

 

(嘘でしょ!?)

 

 肩をすくめるセシリアの背後で、ゆっくりとカーテンがひとりでに開くと同時にオレンジ色の光がこぼれ始めた。

 

 恐る恐る振り返ると、真ん中には天蓋つきの大きなベッドがあり、周りを何十本ものロウソクで囲まれていた。ベッドのわきにはセシリアによく似たマネキンが、ウエディングドレスを着て微笑んでいる。

 その視線の先にあるゆりかごがユラユラと揺れ、目の大きい赤ちゃんの人形が置かれてあった。

 化粧台を見れば、写真立てに赤ん坊の人形を抱き、ウエディングドレス姿のマネキンの肩に手を回して微笑むウィルの写真がある。ダイニングテーブルの上には、二人分の料理と赤ん坊用のミルクが乗っていた。

 

 明らかに、常軌を逸している。

 

「あ、や、やっぱり私、陛下のことすっごい好きなの~! これはあれ、痴話げんかってやつ? 本当は妊娠もしてるの! ああ、彼の子がすごく愛しい~。だから私のことは……」

「裏切ったの? 僕を。僕の心を試したんだ」

 

 ウィルはとんでもなく絶望的な顔をする。

 

「試したって。そういうわけじゃなくってね、ウィル――」

「ウルサぁあああイ!」

 

 それに怯えて口をつぐんだ。

 

「……ごめんね、大きな声を出して。君とここで、温かい家庭を築きたいんだ。愛してるよ、セシリア。愛してる」

 

 黄色い歯を見せ、にっこりと笑うウィルに、セシリアはゾッと背中が冷えるのを感じた。

 かつて、これほどの恐怖を感じたことがあっただろうか。

 

「いやああああ!」

 

 近づくウィルへ傍にあったものをやたら目ったら投げつけ、それがウィルの目に当たって隙ができる。

 急いで扉に駆け寄り、ノブを回すが開かない。

 

「何で! 何で開かないの!?」

 

 何度も扉を引いたり押したりと、ガチャガチャ音を鳴らす。

 

「セシリア……どうして」

 

 目を押さえたウィルが手を伸ばして近づいてくる。

 

「きゃあああ!」

 

 鍵の存在を思い出し、それを開けて弾かれたように飛び出した。

 

「待って……! セシリア! セシリアあああああ!」

 

(怖い、怖い、怖い!)

 

 知っている幼馴染の顔ではなかった。

 

「冗談じゃないわよ!」

 

 屋敷の出入り口まで駆け寄るが、そこで足を止めた。黒いフードをかぶった大勢の男らが扉をふさぎ、ゆっくりと彼女の周りを囲む。

 逃げようとするセシリアは腕をつかまれ、床に引き倒された。

 

「やめて! 放して!」

 

 抵抗するが体は動かない。冷たい幾本もの腕で肩や足首をがっちりと押さえつけられた。

 ウィルが両手両膝をついてセシリアに覆いかぶさり、恍惚とした表情で視線で彼女を愛撫するように見つめる。

 そっと頬を撫でようと手を上げた。

 

「触らないで!」

 

 そう首を振るが、大勢の男らに押さえつけられている状況ではそれも効果がない。

 

「ごめんね、セシリア……でも僕、君とずっとずっと一緒にいたいんだ」

 

 ウィルの右手には緑色の液体が入った注射器が握られている。それがいったい何であるのか、考えたくもない。

 

「僕にはない強さを持った君が、ずっとずっと好きだった。冷酷な王の元から逃げて、ここで暮らそうね。可哀そうに。ずっと虐げられていたんだ。愛のない行為をされて。でも僕だって寂しかった。君が後宮へ行って、二度と手の届かない存在なってしまったかと思った。いくら君に似ていようと、代替品はやっぱり代替品だったし」

 

 それにハッとする。

 

「今まで何人もの少女を誘拐してたのってあなた……?」

 

 ウィルは答えない。だがランランと輝くその両目が、如実に真実を語っていた。

 

「最低……っ! 放して!」

 

 いくら腕をねじっても、びくりとも動かない。

 

「無駄だよ。ここには誰も来ない。来たって僕の雇った傭兵たちが僕たちを守ってくれるんだ」

 

 兵などと上等なものではない。明らかにおかしな男らだった。皆まっ白な顔にひどいクマを作り、血走った眼で無表情でセシリアを見下ろしている。

 

「愛してるよ、セシリア。一つになろう、大丈夫、優しくするよ。初めてだもんね」

 

 注射器をちらつかせながらウィルは目を閉じ、ゆっくりと唇がセシリアへ寄せられた。

 

(……助けて……っ)

 

 その時、扉が蹴破るように開けられ、暗い屋敷の玄関ホールに月明かりが差し込んだ。

 

「誰だ!」

 

 周囲はにわかにセシリアも懸命に顔を上げる。

 少し汚れたローブに、背中には荷物をくるんだ布を括り付けた、旅人風情の男が佇んでいた。顔の上半分に痛々しいほどに包帯を巻き、風にその端をなびかせる。

 その凛とした姿がやけに綺麗に見えた。

 

「あ、あなた確か……」

 

 町で見かけたあの男だった。誘拐の犯人だと思っていた、あの。

 

「邪魔をするなっ!」

 

 ウィルの命令で一斉に男らが襲い掛かる。手にはナイフや鈍器を持ち、丸腰の旅人のもとへ突っ込む。

 不安に体をこわばらせるセシリアの心配をよそに、旅人は流れるように男らを次々とかわしていく。

 床に座り込んでいたセシリアの手首をつかみ、彼女を庇いながら屋敷を出て森の中へ突き進んだ。

 

「二人を逃がすな!」

 

 ウィルの声が夜闇に響く。

 二人は森の木々のわきをすり抜け、大木の影に身を隠して耳を澄ませた。今のところ、追いかけてくる様子はない。

 

「あなたは一体……」

 

 呼吸を整え、いまだ手を掴んだままの旅人を見上げる。その時、彼の右腕に刃物で切られたような傷を見つけた。


「け、怪我を?」


 セシリアは急いでハンカチを取り出すと、それを巻きつけた。闇でよく見えないこともあるが、彼女の乱雑な性格も相まってかなり不格好な処置。

 こんなことなら、アレックスの言うとおり、日ごろからキチンとしておけばよかったと思った。


「あの、お名前は……?」

 

 彼は微笑みながら自分ののどを押さえ、小さく首を振った。

 

(口が、きけないんだ……)

 

 どうやってコミュニケーションをとろうかと考えていると、彼がセシリアの手を取った。

 彼女の掌にL-Y-D-E-Cと指でアルファベットを記していく。

 

「ライデック? ライデック様……」

 

 彼は小さくうなずく。再び掌に、

 

【手当をありがとう。危ないから、もう少しここにいたほうがいい】

 

 男性の割に細い指先でそう書き記す。

 

「あの、でも……どうして私を?」

 

【君の連れの様子がおかしいから、ずっと見張っていた。君たちの周りに妙な男らもまとわりついていたし。間に合ってよかったよ】

 

「巻き込んでしまって、申し訳ありませんでした」

 

 ライデックはセシリアを安心させるように、柔らかく笑う。怖い思いをしたセシリアは、それに癒されるような心地がした。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「そうですか、ずっと旅を」

 

 ここまでくれば大丈夫だろうと、火を焚いて暖をとった。山の中はひどく冷える。満天の星空の下、肩を寄せ合ってこれまでのことを話した。

 とはいえセシリアは自分が名家のアディソン家であることも、後宮にいたことも話せずにいた。彼には知られたくない。自分を見る目が変わるのでは、と怖かった。

 

【一人旅は危ないからね、自然と暴漢らへの対処法も身についた】

 

 セシリアは、この強く優しい青年の笑顔にときめく自分に気付いた。

 顔の半分は薄汚れた包帯で見えないが、細いあごのラインや形の良い唇から、とてつもない美形であろうことが見て取れた。

 それよりなにより、包帯の隙間から見える美しい瞳に心をくすぐられる。

 

 カサッと音がして、ライデックがセシリアを腕の中に抱き寄せた。

 その逞しい腕の感覚に、セシリアは顔に熱が集まり始めるのを感じる。

 

【大丈夫。動物か何かだったらしい】

「そ、そうですか」

 

 顔の熱を冷ましながら、セシリアは平静を装って体を離す。

 

【どうかした?】

「いいえ……あの」

 

 至近距離で目が合う。

 それだけで、互いの気持ちが混じり合うのを感じていた。この世にまるで二人だけになってしまったかのように。

 ライデックがゆっくり近づく。

 セシリアは、ドクドクと煩い心臓をおさめるかのように瞳を閉じた。

 

 唇が重なりそうになる寸前で、ライデックは突然顔を離す。

 

「ライデック様?」

 

 包帯の下の彼の顔は苦しげに歪んでいる気がした。

 

【私のこの包帯の下は、君が目をそむけたくなるものだ。それでも――】

「それでも、私の気持ちは変わりません」

 

 掌に文字をつづる彼の手を途中で止めて握りしめた。どれだけひどい傷があろうと、焼けただれた痕があろうと、彼が彼であることに変わりなどない。

 

 再び見つめ合い、そっと唇を重ねた。触れるだけの軽いものなのに、心が打ち震えるのを感じた。

 セシリアは初めて、これが恋なのだと思えるものに出会えた。抑えきれない熱と、胸の高鳴りが体と心を支配する。

 出会って間もないというのに、この旅の青年が愛しくてしかたないと思えた。

 

 それが、国王への裏切りになると分かっていても――


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