第一話:はじまり
「はああ……」
これで何度目だろうか。セシリアは鏡に映る、美しく飾り付けられた自分自身にため息をついた。
いい香りのする香水、豪華なネックレス、きらびやかな淡いピンクのドレス。
女性なら喜びそうなものを全て身につけていても、セシリアの心はこれっぽっちも晴れなかった。
「セシリア様」
ノックの音に気づかなかったらしいセシリアは、ビクリと肩を跳ねさせた。
「ドリー」
黒いメイド服を着た茶色い髪の彼女は、暗い顔で近寄っていく。
「ご気分は如何ですか」
彼女はセシリアの肩に乗せ、その心を案じるように撫でた。鏡越しに合っていた目線をぎこちなくそらす。
「だ、大丈夫! お父様がお亡くなりになって、お母様があのような病気で。だからもうこれは、仕方ないわ!」
それはどこか、彼女自身を慰めているかのようであった。
「陛下に気に入られて、あの方の妃になれば。今や名前だけになってしまったこのアディソン家も復興する。そうでしょう、ドリー?」
それは病床に伏せる母親が、何度も何度も涙ながらに訴えたことだった。それをオウムのようにドリーに告げる。
「セシリア様。私は分かっております。あなたはアディソン家のことではなく、奥様の身を案じられているのだと」
まるで姉妹のように育ったドリーには、セシリアの心がよく分かっているようであった。
「でなければ、あのような冷酷なお方の元へなど……」
そこでドリーはハッと口をつぐみ、「出すぎたマネを」と頭を下げた。
「いいの。こうなったら、なるようになる! いいえ、やってみせるわ!」
明るくそう返すセシリアに、ドリーは、
「ええ、セシリア様ならきっとよいお紀様になられましょう!」
と鼻息を荒くした。
あとがき
他にも後宮ものを書いていますが、あっちがシリアスなもので、むしょーにほんわかしたものが書きたなりました……。