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聖女の晩餐

掲載日:2026/08/25

 私が王国へ召喚され、早七十年が経とうとしています。

 私の一存でこのような席を設けていただき、あらためて感謝を申し上げます。

 この八十年で瘴気は相当に薄まり、魔物の発生もごくごく稀なものとなりました。

 人々は平和を享受し、穏やかな日常を取り戻しつつあります。

 しかしかつての魔物との闘いで失われた温かな命は二度と戻りませぬ。

 冷たい骸を連ねた先に今の平和がありますことを、ゆめゆめ忘れぬようにしなければなりません。


 さて、私が今宵の晩餐を開催いたしましたのは、新たな聖女候補ルチア゠アーヴィング様の祝宴もかねてございます。

 以前より私の後任は異世界より召喚されたカオル゠キサラギと定められておりましたが、皆様ご存知の通りカオルは皇太子殿下より婚約破棄をされ、聖女としての資格も剥奪されました。

 よって、現在はアーヴィング男爵家三女、ルチア゠アーヴィング様が次代の聖女候補となっております。

 ルチア様は邪竜討伐において進軍する騎士団に同行し、負傷者を癒し、邪竜の瘴気さえ浄化されました。

 現在邪竜は鎮められ、清竜として我が国の守護神となっております。

 対して、ルチア様と同じく同行したカオルは邪気を払うどころか増幅させ、数多の魔物を発生させました。

 ご存知の通りカオルは件の一件から偽聖女の烙印を押され、東の塔に幽閉されております。

 ルチア様、我が国の危機をお救いくださり、心より御礼申し上げます。

 またこの度命をかけてお救いになった皇太子殿下がルチア様を見初められたとのこと、誠におめでたい事実にございます。

 私もこの国のますますの発展を祈願いたしましょう。

 

 思えば七十年。

 長いような短いような務めでありました。

 聖女として瘴気を払い、負傷者を癒し、回復薬を作り、この国の行く末を見守ってまいりました。

 周知の通り、私はかつてニホンと呼ばれる異世界におりまして、召喚されこちらの世界で聖女の任に当たっておりました。

 右も左も分からぬ若輩者でありましたが、皆様非常にあたたかく迎えてくださいました。

 元の世界へ帰る願いこそ叶いませんでしたけれども、仕事も衣食住も与えられ、幸福な一生であったように思われます。

 

 ⋯⋯はい、どうされましたか?

 なぜこのような祝席で険しい顔をされているのかと。

 目に悔し涙を滲ませているのかと。

 そうですね。

 国王陛下。

 私は、このめでたき日に⋯⋯いえ、この日だからこそ、重要な告発をせねばなりません。

 

 この中に、この宴席の場に、恥知らずの裏切り者がおります。

  


 *******



 皆様のお手を止めてしまい恐縮にございます。

 私は不敬者として処刑される覚悟は出来ております。

 ただ、この一点のみはどうしてもお伝えせねばなりません。


 ルチア様。

 あなたは自らが正しき聖女と自認し、邪竜を払い、多数の負傷者を癒しました。

 邪竜が皇太子殿下を襲った際、突如辺りが眩い光に包まれ、光が収まった後にルチア様と皇太子殿下が倒れていたそうですね。

 そして、邪竜は白竜に変化し、翼を広げて身体を震わせていたと。

 負傷者は全員回復し、後方には吐血したカオルが倒れ伏していたと。


 その後、ルチア様が「カオルが邪悪なる力で魔物を操っていた。それを察したルチア様が全てを浄化した」と、そう証言されたそうですね。


 では、ルチア様。

 一点お願いがございます。


 私はただいま邪悪なるものに蝕まれております。

 果たすべき聖女の任、どうしても忘れられぬ遥かな祖国への思慕、その狭間で私の心は魔のものへ魅入られてしまったのでございます。

 どうかその偉大なるお力で、私を浄化してはいただけませぬか。

 このままでは私は聖女の責務を果たせず、悪しき者としてこの国の害悪と成り果てましょう。

 その前に、この身を穢れより救っていただきとうございます。


 はて、お顔色が優れませぬが、一体どうされたのでございましょう。

 邪竜さえも救うそのお力を以てすれば、貧弱な老婆などすぐにでもお救いいただけるかと思いましたが。

 ⋯⋯はあ、今は偉大な力を行使したばかりで使えそうもないと。

 さようでございますか。

 大変失礼をいたしました。

 しかし残念ながらこの身は刻一刻と魔物に近づいております。

 時は無情にも止まってはくれませぬ。

 はてさて、国王陛下。

 この老いぼれの最後の願いと言っても過言ではありません。

 東の塔に幽閉されている、カオルをここへよんではもらえませぬか。

 何、国家転覆でもはかっているのかと。

 滅相もございません。

 何よりカオルはルチア様に浄化され、そのような破壊の力は失われていることでしょう。

 ただ、カオルも一時期は聖女候補として、私の修行を受けた身。

 もしや浄化の力が欠片でも残されていないかと、藁にもすがる思いで申しているのでございます。

 ⋯⋯ありがとうございます。

 それでは、私は悪しき力と闘いながら、この場でカオルを待っておりましょう。



 カオル。

 話は聞きましたか?

 私は魔の物に魅入られ、邪神と化す日までそう長くはないでしょう。

 ルチア様はお疲れのため浄化の力を行使できません。

 どうか、情をかけ、私を救ってはくれませぬか。

 ⋯⋯何を泣いているのです。

 大丈夫、あなたならできますよ。

 私は貴女の師であり、親のようなものです。

 訳もわからず召喚され、突然聖女の大役を任ぜられたにもかわらず、貴女は泣き言一つ言わず修行に耐えてきました。

 さあ、ここで、この場で貴女の力を見せてください。




 ⋯⋯皆様。

 お分かりいただけたでしょうか。

 今のまばゆき光、優しき光こそ真なる浄化の力です。

 カオルは⋯⋯カオル様は、己の力量を超えた浄化の力で吐血されていたに過ぎません。

 私ですか? 

 ご安心ください。

 元より魔の物になど、つゆほども関心がありませぬ。

 聖女が魔の物に取り憑かれるなど、あってはなりません。


 国王陛下。

 そして来賓の皆様。

 ルチア様、いえ、ルチア゠アーヴィングは聖女の名を騙り、カオル様を亡き者にしようと画策しておりました。

 そうです。

 ルチア゠アーヴィングは浄化の力など何一つ扱えません。

 機を窺い、疎ましきカオル様を陥れたにすぎません。

 また不敬ながら皇太子殿下。

 貴方様もルチアの虚言を察しながら、何一つカオル様を庇おうとされませんでしたね。

 浄化の力を行使したのはルチアではなく、カオル様であると把握しておられたはず。

 さらに婚約者(カオル様)という方がおられながら、ルチアと密会されていたところを目撃した者がおります。

 

 皆様。

 殿下をたぶらかし、真なる聖女候補を陥れたルチアを国家の一員とすれば、必ずや災いが訪れるでありましょう。

 陛下。

 宴席の場にて恥辱を暴いた私は厳罰に処していただければと存じます。

 しかしながら、カオル様は⋯⋯カオル゠キサラギだけは釈放し聖女の任を全うさせるようお願い申し上げます。


 ⋯⋯はい。

 ⋯⋯はい。

 殿下は皇太子の任を解き、男爵令嬢ルチアは終身重労働の懲罰刑に処すと。

 カオル様は後任の聖女、及び国賓として最大限の厚遇をしていただけると。

 ⋯⋯ありがとうございます。

 これで、私も安心して天に召されることができましょう。

 

 はて、私の真名ですか。

 よくお気づきになられましたね。

 もはや覚えている方など、一人もおらぬかと思っておりましたが⋯⋯。


 私の真名はマリア゠キサラギ。

 カオル様の、血縁者にあたります。

 カオル様。

 あなたは私の孫です。

 もう二度と会えないと思っていた、娘にそっくりの貴女と出会った時。

 命に替えても貴女を守ると誓いました。

 聖女の任は重いです。

 しかし、邪竜を浄化した貴女ならきっと乗り越えられる。

 私の修行に耐えたあなたなら、どんなことにも立ち向かっていける。

 

 いつまでも⋯⋯おばあちゃんは貴女の味方です。

 

 さて、私の晩餐はこれにて終幕とさせていただきます。

 ご列席の皆様に聖女のご加護がありますよう⋯⋯。

 不肖の身ながら、我が孫とともに祈念させていただきましょう。

 

 

 


 

 


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― 新着の感想 ―
70年も異世界にあるのに日本に孫おるのおかしくない?
マリアさんは一体何歳?100歳近く? 20歳前後で娘(カオルの母)を生んだとして、カオルに面影を見出すのだから10歳以上は育てたと仮定して30歳。この世界に来て70年と言っているから100歳? 多少…
こんな国守られる必要有るのか?
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