第7話 遠足
「アル、頼みがあるんだ!」
ニコエラが学校から戻ってきたかと思うと、きらきらとした笑顔でそう言った。
俺はリビングでお茶をしていたところで、面食らいながら尋ねた。
「なんだ? どうした?」
ニコエラは俺の正面に座り、身を乗り出すようにして言った。
「アンナ先生と子供たちを遠足に連れていこうと思うんだ」
「アンナ先生って、たしか子供たちに勉強を教えている先生だったか?」
「そうだ。それで、アルにも一緒に来てもらいたいんだ」
俺は首を横に傾げながら尋ねた。
「俺も一緒に? またなんで?」
「子供五人と、アンナ先生を連れて行くのに、私ひとりでは心もとない」
俺は納得して、うなずいた。
「たしかにそうだな。今の時期は獣も魔獣も活発だしな」
ニコエラは顔の前で手を合わせた。
「だから、頼む。一緒に来てくれ」
俺は笑みを浮かべてうなずいた。
「お安い御用だ」
「ありがとう、アル!」
ニコエラは嬉しそうな顔を浮かべた。
遠足当日。
学校の前の広場に集合ということで、俺はニコエラと一緒に学校へと向かった。広場にはすでにアンナ先生と子供たちの姿があって、アンナ先生は俺に軽く会釈した。
「アルさん、今日はよろしくお願いしますね。一緒にいらしていただけて心強いわ」
そう言って微笑むアンナ先生は優しそうで、俺はほっとしてしまった。俺もにこやかに会釈を返した。
「こちらこそ。いつも妻がお世話になっております」
「まぁまぁ。それこそ、こちらこそですよ。最近は勉強の方も手伝ってもらって、大助かりなんだから」
そんな話は聞いたことがなく、俺がニコエラを見ると、ニコエラは少し照れたように笑っていた。
アンナ先生は子供たちを振り返り、手招きした。
「さぁ、みんな、こっちに来て。アルさんにご挨拶をして」
集まってきた子供たちに俺は挨拶をした。
「アルだ。今日はよろしくな」
「よろしくお願いします!」
子供たちが声を揃えて、そう返してくれた。
アンナ先生は軽く手を叩いた。
「さぁ、出発しましょう」
アンナ先生を先頭に子供たちが続き、ニコエラと俺が最後尾で歩き出した。
アンナ先生は一番最年少と思われる女の子と手をつなぎ、ニコエラも幼い女の子と手を繋いで歩いている。その姿は微笑ましかった。
目的地は森にある広い原っぱで、俺たちは紅葉した木々を眺めながらゆっくりと歩いていく。
俺はニコエラと手を繋いでいる女の子に声をかけた。
「名前は何ていうの?」
女の子は少し恥ずかしそうに顔を上げた。
「メアリー」
そう言うと、メアリーは俺の手も掴んできた。可愛らしくてつい顔がにやけてしまう。
すると、ツンツンした茶髪の男の子が突然立ち止まり、俺がそばまでいくと隣を歩き出した。その男のはいつの間に手に入れたのか、立派な棒を持っていた。
「おじさん、Sランクの剣士なんでしょう?」
俺は思わず顔をひきつらせた。
「お、おじ……。そうだが、なにかな? 少年」
「俺、コリン! 今度、俺に剣を教えてよ。うちの父さん、あんまり剣が得意じゃないんだ」
コリンは棒をぶんぶんと振り回しながら言った。俺はそれを手で掴んで止めた。
「人にぶつかったら危ないだろう。――いいよ。今度、稽古をつけてやる」
コリンは茶色の瞳を輝かせた。
「やったぁ! 約束したからな、おじさん!」
そう言って、先頭にいるアンナ先生に向かって駆けていった。
俺は頬に手をやり、隣にいるニコエラに視線を向けた。
「おじさんかぁ。俺も、もうそんな年なのか……? まだ二十八だぞ」
「まぁ、アルは、老け顔だからな」
ニコエラにそう言われ、俺はうなだれた。
原っぱにつくと、アンナ先生はレジャーシートを広げた。
「さぁ、ここに荷物を置いて。あまり離れてはいけませんよ」
子供たちは声を揃えて返事をし、荷物を置いて、原っぱに駆けていった。
今のところ獣も魔獣もいる気配はない。大人組はレジャーシートに座り、子供たちを眺めていた。風が吹くと紅葉した葉が舞い、景色もよかった。子供たちの楽しそうな笑い声も心地よい。
しばらくして、アンナ先生が慌てたように言った。
「あら、いやだ。コリンとクリスの姿がないわ」
俺も辺りを見回すと三人の女の子が原っぱに座っているだけで、男の子二人が見当たらない。俺たちは女の子たちのそばに寄り、アンナ先生が声をかけた。
「コリンとクリスを見なかった?」
三つ編みをした女の子が顔を上げた。
「あっちへ行ったわ」
そして、森の方を指差した。そちらに視線をやると、小太りのクリスがこちらに向かって駆けてきた。泣きそうな顔をしている。
「大変だよ! コリンが木から降りられなくなった!」
俺とニコエラはクリスが来た方向へと駆け出した。すると、一本の大きな木の枝につかまり、動けなくなっているコリンを見つけた。俺はニコエラの肩に手を置いた。
「俺が木に登ろう。万が一、コリンが落ちたら頼む」
ニコエラがうなずくのを見て、俺は木に登りはじめた。コリンのいる枝の近くまで来たが、俺も枝に登ったら折れてしまいそうだ。俺はしかたなくその場からコリンに声をかけた。
「コリン、大丈夫か?」
コリンは震えながら振り返った。
「おじさん……」
「そこまで行ったときのように、戻ってこられるか? 本当ならそこまで行ってやりたいんだが、この枝では無理そうだ」
コリンは首を横に振った。
「む、無理……」
俺は安心させるように笑顔を浮かべ、コリンに手を伸ばした。
「ほら、大丈夫だから。落ちたとしても、下にはニコがいる。だから、勇気を出してごらん」
下ではニコが杖を握って構え、アンナ先生と子供たちが心配そうに見守っている。コリンもそれを見て、うなずいた。少しずつ後退し、俺の手が届く位置まで来て、俺はコリンを抱え上げた。
「よく頑張ったな! えらいぞ、コリン!」
俺はコリンを抱えながら慎重に木から降りた。みんなほっとした顔をしたのも一瞬で、アンナ先生の雷がコリンに落ちた。
「コリン! あなたって子は、やんちゃが過ぎますよ!」
コリンは小さくなって謝った。
アンナ先生は小さくため息をついて、コリンを抱きしめた。
「無事で、なによりです」
コリンは堰を切ったように泣き出した。アンナ先生はそんなコリンの背中を優しく撫でていた。
そのあとは、みんなでお弁当を食べて、学校へと戻った。
アンナ先生と子供たちと別れて帰ろうとすると、コリンが俺の服の裾を引っ張った。
「おじさん」
「なんだ、少年」
コリンはむくれた顔で俺を見上げた。
「コリンだよ」
「俺はアルだ。それでなんだ?」
「剣を教えてくれる約束、忘れるなよ! それから、今日はありがとう」
最後は照れたような顔で言ったコリンの頭を、俺は撫でた。
「おう。また今度な」
俺は子供たちに手を振って、ニコエラと共に帰路についた。ため息をつきながら、肩を回す。
「子供というのはパワフルだな」
ニコエラはふふっと笑って、俺の前に立った。
「でも、かわいいだろう」
俺はニコエラの笑顔につられて笑った。
「そうだな。かわいかった。また機会があったら誘ってくれ」
「ああ。春の遠足もいいな。桜を眺めにいくんだ」
そう未来を語るニコエラの横顔は輝いていた。




