第5話 ニコエラは仕事がしたい
朝起きて、まず畑に水をやる。そのあと、朝食をニコエラと二人で食べ、散歩がてら村の周りを見て回り、魔獣や獣がいれば退治する。二人で昼食を食べたあと、俺は村にいく。村人から直接依頼を受けることもあれば、村長経由で依頼を受けることもある。そして、二人で夕食を食べた後、それぞれの部屋で就寝する。
それが俺の最近の一日だった。のんびりとした日々である。
そして、ニコエラはというと、
「なにか仕事がしたい」
というのが、最近の口癖だった。
今も夕食を終え、お茶を飲んでいると、ニコエラがまたそう言った。
俺は腕を組み、考えたが、まずアニエス村で仕事を探すのは難しいだろう。
「村からの依頼は俺一人でなんとかなる程度だし、ニコには家のことをしてもらって助かっているよ」
ニコエラは首を横に振った。
「だが、アルの金で生活しているのが心苦しいんだ」
「と、言ってもなぁ。役割を交代してもいいが、俺の飯でいいのか……?」
俺の問いに、ニコエラは目を泳がせている。
自分で言うのもなんだが、俺の飯は食えたものではない。以前、俺の飯を食ってから、ニコエラは俺に食事を作れとは一切言わなくなった。
「……まぁなんだ、適材適所でうまくやっているんだ。だから、気にするなよ、ニコ」
ニコエラは渋々といった様子でうなずいた。
それからしばらくして、仕事探しのため、俺が村長の家に顔を出したときだった。いつもなら玄関で立ち話して終わるのだが、この日はリビングに通されてお茶まで出してきた。そんな村長が切り出した。
「ニコさんはお元気ですか?」
「元気ですよ」
俺がなぜそんなことを聞くのだろうかと考えながらそう答えると、村長はうなずき、あご髭を撫でた。
「ニコさんに、学校で魔法を教えてもらえないかと思っておりまして。どうでしょうか?」
それを聞いた俺は、ニコエラは魔法使いだと村長に紹介したことを思い出ながらうなずいた。ちょうどニコエラは仕事を探してはいたが、俺が勝手に決めてしまうのは違う気がして、いったん持ち帰ることにした。
「ニコに聞いてみますよ」
「無理強いはしませんので。そうですな、一日大銅貨一枚でどうでしょう?」
「ありがとうございます。では、お返事はのちほど」
それから少し雑談をして、俺は村長の家を出た。
家に戻ると、ニコエラはリビングでお茶をしていた。
「おかえり、アル。お前も飲むか?」
「ああ、ありがとう」
ニコエラは立ち上がり、キッチンでお茶の用意をはじめた。そんなニコエラにさっそく村長からもらった話をした。
「ニコ、仕事がしたいと言っていたな?」
「ああ。したい」
俺はキッチンのカウンターに肘を置き、ニコエラの顔を見ながら言った。
「ニコの就職口が決まったぞ。村の学校の魔法の先生だ」
ニコエラは驚いた顔で、俺を見た。この顔が見たくてわざわざニコエラの顔がしっかりと見える位置に立っていたのだ。
「本当か? 私が先生?」
「そうだ、ニコ先生」
嬉しそうににやけるニコエラを見ていると、俺までにやけてしまう。けれど、それも一瞬でニコエラの表情が曇った。
「けど、魔族の私が人間の子供相手にちゃんと教えられるだろうか……」
ニコエラは俺のお茶をリビングのテーブルに置いて、椅子に座った。俺はニコエラの前に立った。
「そんなに心配することはないだろう」
「そうか? 私は人間の常識に疎い。変なことをしてしまわないだろうか」
ニコエラが不安になる気持ちもわかり、俺は励まそうとニコエラの頭を撫でた。
「大丈夫だ。ニコと暮らしていて、違和感はないよ。仕事がしたかったんだろ? なにかあれば俺も一緒に謝ってやる」
ニコエラは顔を上げ、ほっとしたような顔を浮かべた。
「……やってみようかな。先生」
俺はニコエラの頭をポンポンと叩き、うなずいた。
ニコエラの初出勤日。
いつものように朝食を終え、ニコエラは食器を片すと、俺を見ながら緊張の面持ちで言った。
「それではいってくる」
ニコエラが玄関に向かっていく姿を見て、俺は思わず笑ってしまった。
「ニコさん、ニコさん」
ニコエラは怪訝そうに振り返った。
「なんだ? アル」
「右手と右足が一緒に出ていますよ。緊張しすぎ。リラックス。深呼吸して」
ニコエラは俺に言われた通りに深呼吸した。
「いってらっしゃい、ニコ」
ニコエラは微笑み、軽く手を上げた。
玄関のドアが閉まる音がして、俺はキッチンで茶碗を洗いはじめた。
その後、俺は日課である村の周りの散策をしていた。春の陽気で散歩日和だ。青空には白い雲がふわふわと浮いている。鳥のさえずりを聞きながら、気持ちよく散歩していると、突然、ドォーンと大きな地響きがして、俺は慌てて辺りを見回した。村の方から煙が上がっているようだ。さらにもう一発、先ほどと同じ地響きがした。
――まさか魔獣か獣が村に……?
嫌な予感がして、俺は踵を返し、村に向かって駆けだした。
村の学校の前に人だかりができていて、俺はその合間を縫っていく。
「すみません、なにか大きな音が……」
すると、目の前に現れたのは、村長に頭を下げて涙目になっているニコエラだった。
「……なにがあった?」
それに答えたのは村長だった。
「なに、大したことないですよ。ニコさんが、子供たちにせがまれて魔法を見せてあげたらしいのです。いや、さすがSランクの魔法使いともなるとすごいものですな」
俺は学校の前にある広場に目をやると、大きな穴が二つあいていた。俺はニコエラの隣に立ち、頭を下げた。
「申し訳ない。責任を持って、穴はニコと一緒に埋めますので……」
村長も村人たちも笑っていて、ことは大きくならずに済んだ。
そんなこともあったが、今ではニコエラも仕事に慣れはじめ、毎日楽しそうである。そんなニコエラの姿を見て、俺はほっと胸を撫でおろした。
この日もニコエラは元気よく出勤していった。
アニエス村の入り口でひとり立ち止まった。その人物はフードを深くかぶっているため、顔はよく見えない。
「この村か……」
その人はそう呟き、村に足を踏み入れた。




