第3話 アニエス村
翌日の朝。
さっそくアニエス村に向けて出発しようとしたが、俺はニコエラの服装を見て唖然とした。
「それ、魔王軍の軍服じゃないか?」
しかも、薄汚れ、所々ほつれている。ニコエラは恥ずかしそうに身をよじった。
「しかたがないじゃないか。着の身着のまま追い出されたんだよ」
「かわいそうすぎる……。街で服を買ってから出発するか」
俺たちは街の洋服店へと足を運んだ。俺はつい男性ものの服を眺めていたが、ニコエラは女性ものを見て瞳を輝かせていた。
――こういうところはちゃんと女なんだな。
認識を改め、俺はニコエラに声をかけた。
「好きな服を買っていいぞ」
ニコエラは嬉しそうにうなずき、服を物色している。試着室に入り、白いブラウスに、紺のワンピースを合わせた服を着て出てきた。スカートの裾には花の刺繍が施されており、春らしくて可愛らしい。
ニコエラは少し恥じらいながら尋ねた。
「どうだろうか? 人間の国で浮かないか?」
俺は笑みを浮かべてうなずいた。
「よく似合っているよ。――すまないが、このまま着ていきたい。会計を頼めるだろうか」
俺がカウンターにいる店主にそう声をかけると、店主はうなずいた。
「もちろんですよ。小銀貨四枚でいかがでしょう?」
俺はその金額を払い、ニコエラを連れて外に出た。新しい服を手に入れたニコエラは上機嫌だ。
「ありがとう。すまないな、何から何まで」
「いいさ。あの格好でいられる方が気になってしょうがない」
俺はそう言って、ニコエラに微笑んだ。すると、ニコエラはほっとしたような顔をした。
それから俺たちはコーネル王国の王都を出て、移住先のアニエス村に向かい旅をはじめた。
旅は順調に進み、アニエス村の近くのアンカースの街に辿り着いた。地方都市で、コーネル王国最北端の大きな街だった。
まだ昼過ぎだったからか、ニコエラは不思議そうに尋ねた。
「ここで昼食か?」
「それもあるが、冒険者登録をしておこうと思ってな。身分証にもなるから持っていて損はない」
俺たちは冒険者ギルドに入り、俺は受付の女性に声をかけた。
「冒険者登録がしたいんだが……」
受付の女性はうなずき、レベル測定ができる魔道具を取り出した。本の形をしていて、開くと表紙の裏に手形が書いてある。右のページは白紙だった。
「新規登録でよろしいですか?」
俺がうなずくと、女性は説明をはじめた。
「手形に手を乗せてください。レベルが測定され、右側のページに転記されます」
俺とニコエラは順番に測定し、その結果を見た女性は目を丸くした。
「お二人とも本当にご新規様ですか? Sランクですよ! しかも、ステータスがすごいです。こんなの見たことない……」
女性はページを切り取った紙を俺とニコエラに渡し、説明を続ける。
「この紙が冒険者カードです。Sランクは希少なので、ぜひ取引をお願いしたいのですが、アンカースにお住まいですか?」
俺は首を横に振った。
「いや、立ち寄っただけだ。これからアニエス村に向かおうと思っている」
それを聞いた女性はがっかりとした様子だ。
「そうなんですね。まるで勇者と魔王が一緒にいらしたのかと思うくらいのステータスだったので、残念ですが……。ぜひアンカースにいらしたときはお声がけください」
俺は苦笑しながらうなずき、ニコエラを連れてそそくさと冒険者ギルドをあとにした。
冒険者ギルドを出て、俺とニコエラは顔を見合わせて、腹を抱えて笑い出した。
「受付の子、例えが的確すぎて驚いた!」
ニコエラも目に溜まった涙を拭きながら笑っている。
「焦ったな。顔が引きつったよ」
ひとしきり笑い終えた俺は、ニコエラに言った。
「さて、昼食を食べに行くか」
俺たちはアンカースの街を歩き出した。
それから、三日ほど歩いたところに目的地であるアニエス村があった。小さな農村で、のどかな村だ。
俺は行き会った男性に声をかけた。
「村長にお会いしたいのだが、家はどちらだろうか」
男性は人のよさそうな笑みを浮かべながら言った。
「冒険者の方かな? ご案内しましょう」
そう言って、男性は踵を返した。
村の中心にいくと、家がいくつか立ち並んでいて、中でも立派な家の扉を男性はノックした。
「ごめんください。村長にお会いしたいという方がいらしてますよ」
すると、扉が開き、中から初老の男性が出てきた。こちらも穏やかそうな雰囲気をしている。
「どちらさまかな?」
俺は一礼し、挨拶をした。
「アルと申します。ぜひアニエス村に移住させていただきたく、ご相談に参りました」
村長はうなずき、俺たちを中に通してくれた。リビングに案内され、キッチンにいる奥さんに村長は声をかけた。
「移住希望者だ。お茶を入れて差し上げて」
奥さんは嬉しそうに俺たちに笑みを向けた。
「まぁ。ようこそアニエス村へ。どうぞお座りになって。紅茶でいいかしら?」
俺は遠慮がちに手のひらを奥さんに向けた。
「おかまいなく」
村長に椅子をすすめられて、俺とニコエラは座った。すると、村長は申し訳なさそうに話し出した。
「移住をご希望とのことなのだが、あいにく村に空き家がなく……」
すると、お茶を持ってきた奥さんが口を挟んだ。
「あなた、森の小屋はどうです? たまに冒険者の方に貸すあの小屋ですよ」
「ああ、あの小屋か。――森の方に、以前、木こりが住んでいた小屋ならありますが、獣や魔獣も多くいる森です。住むにはどうでしょうか……」
俺は冒険者カードを村長に見せた。
「その小屋でかまいませんよ。俺たちSランクの冒険者なので、問題ありません」
村長は冒険者カードを真剣に見つめたあと、表情が明るくなった。
「Sランクの冒険者様がこの村に移住してくださるとはありがたい。小屋でよければ、自由に使っていただいてかまいませんよ」
「ありがとうございます。実は仕事も探していまして、冒険者ギルドに依頼する際はこちらに回していただくことは可能でしょうか?」
「もちろんです。一番近い冒険者ギルドがアンカースなもので、依頼から達成までに時間がかかっていた。なので、こちらとしても助かります。――それで、お二人はご夫婦ですか?」
俺とニコエラは顔を見合わせたあと、俺はうなずいた。
「そうです。俺は剣士をしていて、妻のニコは魔法使いなんですよ」
ニコエラははっと俺に視線をやって、しばらく目を泳がせたあとうなずいた。
村長はにこやかにうなずいた。
「そうですか。――では、ようこそ、アニエス村へ。困ったことがあったらいつでも相談してください」
村長から小屋の場所の詳細を聞いて、俺たちはおいとました。
村を出て、森を進んでいく。人の出入りがあるのか道は舗装されており、木漏れ日が差していて明るかった。
村から五分ほどのところに一軒の小屋があった。小さな二階建てで、手入れはされているようだ。前の住人が使っていた日用品も残っている。
俺とニコエラは小屋の中を見て回り、俺は満足して顔を綻ばせた。
「二人で住むにはちょうどいいな」
ニコエラも気に入ったようでうなずいている。
「掃除用具もあるし、軽く掃除するか」
ニコエラは室内をほうきで掃除して、その間に俺は外の物干し竿で掛布団を日干しした。
日が暮れる前には終わり、リビングで少し休憩することにした。
俺はニコエラが入れてくれたお茶を飲みながら、一息ついた。
「この村には俺が勇者だと知る者はいない。新しい生活をいちからはじめるんだ。――あらためて、これからよろしくな、相棒」
「ああ、こちらこそ。アルバート」
俺たちはマグカップで乾杯した。
それからニコエラは少し顔を赤らめながら尋ねた。
「……それで、夫婦というのはどういうことだ?」
すっかり忘れていた俺は、ニコエラに言われて思い出し、勝手に設定を決めたことを怒っているのだろうかと急に不安に思った。おそるおそる尋ねる。
「ああ、男女で住むのに一番疑われないだろう? ……いやだったか?」
ニコエラは真っ赤な顔でマグカップを握りしめ、小さく首を横に振った。
「なんだ。そういうことか。……別に嫌じゃない」
こうして俺たちのアニエス村での生活は、はじまった。




