第2話 再会
魔王はふんと不機嫌そうに顔を逸らした。
「お前たちに倒されて魔王の座を追われた。魔族領にも居づらくなったので放浪している。――それで、お前はなんでため息をついていた?」
俺はビールを一口飲んでから答えた。
「仕事が見つからなくてな……」
それに魔王はおかしげに笑った。
「勇者も用済みとなれば、ただの人か」
「そういうことだな。まぁ、しばらく生活する金はあるからゆっくり考えるさ」
魔王のもとにビールが届き、魔王はそのビールを一口飲んだ。
「金があるならいいじゃないか。私は無一文だ」
俺は魔王の手にあるビールに目をやり、首を横に傾げた。
「お前、そのビール代はどうする気だ?」
「……茶碗洗いをさせていただくつもりだ」
魔王が小さくなりながら答えたので、俺は笑った。
「ここに俺よりもかわいそうな人がいた。――ここまでどうやってきたんだ?」
「野宿しながら、たまに食堂で茶碗洗いの代わりに食事をいただいたり……」
俺はさっきから気になっていた魔王の匂いを嗅いだ。
「たしかにお前、少し臭いぞ」
魔王は俺からわずかに遠ざかった。
「嗅ぐな! 失礼なやつだな。川で水浴びくらいしかできてないんだよ」
それを聞いた俺は腹を抱えて笑った。魔王は顔を真っ赤にした。
「笑うな!」
「悪い、悪い。これもなにかの縁だろう。ここの代金と、今日は俺が泊まっている宿屋に泊めてやる」
それを聞いた魔王は、紫色の瞳を輝かせた。
「いいのか? お前、いいやつだな!」
そうして、俺は魔王を連れて、宿屋へと戻った。カウンターに出てきた女将に声をかけた。
「ひとり追加で泊めたいんだが、いいか?」
「かまいませんよ。追加のパジャマとタオルをご用意しますね」
「頼んだ」
俺たちが部屋に向かって歩いていると、魔王はタオルとパジャマを抱え、上機嫌に言った。
「久しぶりに屋根のある場所で寝られるな」
その様子が微笑ましく、俺は小さく笑った。
部屋に入り、魔王がフードをとると、そこから紫色の短い髪が現れた。髪と同じ紫色の瞳が興味深そうに部屋を眺めている。
「随分と狭い部屋だな」
「こんなもんだろう」
風呂に入る支度を終えた俺は魔王を振り返った。
「さて、大浴場に行こうか」
「大浴場があるのか!」
俺たちは部屋を出て大浴場に向かった。男湯と女湯に分かれていて、魔王は女湯の暖簾を潜ろうとするので、それを慌てて止めた。
「そっちは女湯だぞ。男湯はこっちだ」
すると、魔王は顔を真っ赤に染め上げた。
「私は女だ!」
俺は驚きが隠せず、思わず魔王の全身をゆっくりと眺めた。紫色の短い髪に、今はローブで隠れていて服装はよくわからないが、魔王城で戦ったときは軍服のような格好でズボンを履いていたのは覚えている。
魔王は胸元を隠し、叫んだ。
「悪かったな! 小さくて!」
俺は不躾だったことに気がつき、謝った。
「すまない。そういうつもりではなかった」
魔王は真っ赤な顔のまま、女湯の暖簾を潜っていった。
残された俺は気まずさを感じながら頭を掻き、男湯に向かった。
部屋に戻った俺は、ひとり悶々と考えていた。
――まさか魔王が女だったなんて……。
すると、部屋のドアが開き、魔王も戻ってきた。ほのかに顔は赤く色づき、パジャマ姿は小柄で可愛らしかった。
「……女だな」
「だから、そう言っている!」
魔王は窓を開けて、初春の少し冷たい風を受けながら窓際の椅子に腰かけた。その横顔は憂鬱そうだった。
「これからどうするかな……」
そう呟いた声が頼りなくて、あの激闘を繰り広げた魔王なのかと疑いたくなる。
俺はベッドに腰かけたまま魔王に言った。
「俺はこれからどこか違う場所で暮らそうと思っている。――お前も一緒に来るか?」
魔王は揺れる紫色の瞳を俺に向けた。
「……いいのか? 私は魔王だぞ」
「元だろう。お互い立場が変わったんだ。それに俺も連れがいると心強い。ひとりは寂しいからな」
「じゃあ、頼む。私は人間の国に疎いから、すごく助かる……」
俺は立ち上がり、魔王に手を差し出した。
「俺はアルバート。よろしくな」
魔王も立ち上がり、俺の手を取った。
「よろしく。私はニコエラだ」
「じゃあ、さっそくだが、行く場所を決めよう。――そうだ。ニコエラ、杖を持っていただろう」
ニコエラは手をかざし、杖を出した。
「ああ。持っている」
俺はかばんから地図を取り出し、床に置いた。そして、ニコエラをその前に立たせた。
「目を瞑って五回、回って」
「こ、こうか?」
ニコエラはぐるぐると五回、回った。俺は次の指示をする。
「目を瞑ったまま杖をついて」
ニコエラは言われた通りに杖を地図の上にコツンとついた。
「……そこは海だから住めないな」
ニコエラは目を開き、杖がついた場所を見て笑った。俺が何をしたいのか理解したようだ。
俺はニコエラに視線を向けた。
「もう一回だ」
ニコエラは同じ動作をして、また杖をついた。二人で地図を見る。その場所に満足して、俺は微笑んだ。
「アニエス村か。俺と縁もゆかりもない土地だ。ここで決まりだな」
こうして、居場所をなくした俺と元魔王ニコエラは、共に知らない土地で暮らすことになった。




