第1話 勇者アルバートの苦難
魔王討伐を成し遂げた俺は、酒場の一角でひとりビールを飲みながら頭を抱えていた。
――いったいこれからどうしたらいいんだ……。
時は三日前に遡る。
長い旅を終えた俺たち勇者一行は、出発地であるコーネル王国の王都に凱旋した。沿道には多くの人々が集まり、歓声で迎えてくれた。
俺が先頭を歩き、その後ろをエルフの魔法使いであるレイチェル、小柄なヒーラーのエレン、がっちりとした体格のタンクであるフランクが歩いている。
俺たちは兵士に先導されて王城へと案内された。
謁見の間にいたコーネル王からねぎらいの言葉をかけられ、十分な額の褒賞をもらい、そのあとは、凱旋パーティが盛大に開かれた。
パーティが終わり、王城の客間に泊まることになった俺たちだったが、エレンは控えめに言った。
「わたしはこのまま診療所に帰ります。みなさん、お世話になりました」
エレンは軽く頭を下げて、ここで別れた。
客室に案内された俺とレイチェルとフランクは寝る支度をしながら話していた。
俺はかばんの整理をしながら二人に尋ねた。
「これからどうするんだ?」
レイチェルは長い金髪を梳かしながら答えた。
「あたしは魔塔に戻って、魔法の研究を続ける」
フランクはベッドに座り、くつろいでいる。
「おれも里に戻って、鍛冶屋を続けるつもりだ」
レイチェルは俺に尋ね返した。
「アルバートは? 故郷に帰るの?」
俺は考えながらそれに答えた。
「実家は弟のヘンリーが継いでいるだろうし、王立騎士団にでも入れてもらうかな」
それを聞いたレイチェルは笑みを浮かべた。
「いいじゃない。明日にでも騎士団長に相談してみなさいよ」
そうして、俺たちの最後の夜は更けていった。
翌日。
俺はレイチェルとフランクと別れ、さっそく騎士団長のクライブのもとへと向かった。
クライブは俺を自身の執務室で出迎えた。クライブとは共に魔王討伐に出兵して、魔王軍と一緒に戦った旧知の仲だ。気心は知れている。
「アルバート、挨拶に来てくれたのか。故郷に帰るんだろう?」
「いや、王都で仕事を探そうと思っているんだ。王立騎士団に入団できないだろうか?」
俺はそう尋ねながら、椅子に腰かけた。
クライブは俺からの提案に困惑したように茶髪を掻いた。
「……すまないが、今は隊長クラスの空きがない」
俺はまさか断られると思っていなかったので、正面に座るクライブに頼み込んだ。
「なんとかならないか? 一般兵でも構わないんだ」
「勇者を一般兵としてなんて……。それに、勇者をコーネル王国の王立騎士団に入団させたとなると、他国との軋轢が生じる可能性もある。申し訳ないんだが……」
俺は当たりが外れたことに内心ショックを受けながらも、笑顔で立ち上がった。
「いや。構わない。クライブの言うことは理解できる」
クライブも立ち上がり、俺に手を差し出した。
「力になれなくてすまないな」
俺はその手を取った。
「またな、クライブ」
俺はクライブの部屋を出て、大きく息を吸った。
――王都は広い。仕事ならいくらでもあるだろう。
そう高を括っていた。
仕事が見つかるまでは宿屋に部屋を借りようと、宿屋に向かって街を歩いていると、食堂に店員募集の張り紙を見つけた。一瞬躊躇したが、意を決して俺は食堂に入った。
「すまない」
すると、男性店員が、
「いらっしゃい。――って、勇者様じゃないですか。こんな食堂にいらしていただけるだなんて」
と、大喜びで出迎えてくれた。
客ではない俺は、気まずさを感じたが、そうは言っていられない。勇気を振り絞って尋ねた。
「表の張り紙を見たんだが、店員を募集しているとか。店主はいるだろうか」
男性店員は驚いた顔をしながらも店主を呼びに、裏へといった。すると、すぐに店主が大慌てでホールに現れて、ぺこぺことしながら俺の対応をしてくれた。
「勇者様、ようこそいらっしゃいました。この食堂で働きたいとお伺いしましたが……」
「ええ。仕事を探しています」
店主は汗を拭きながら困惑した様子で答えた。
「勇者様のような方にホールの接客をしていただくなど恐れ多い。それに失礼ですが、その、あまり接客業には向いていないかと……」
俺は店主の言いたいことを察して、苦笑を浮かべてうなずいた。
「たしかに顔が怖いと言われたことはあるな……」
「いやいや。……申し訳ない」
俺は苦笑しながら、対応してくれた店主に礼を言って店を出た。それから、頬に手を添えた。
「そんなに俺の顔は怖いのか…?」
俺はショックを隠し切れず、ため息をついた。
その後も職業紹介所で仕事を斡旋してもらおうとしたが、『勇者様を雇うのは恐れ多い』という理由で断られた。
そして、今に至る――。
がやがやと騒がしい中、俺はため息をついた。
――王都で仕事を見つけるのは難しそうだ。冒険者という手もあるか。地方の小さな村に行くのもいいかもしれない。そうすれば、俺が勇者であることを知られずに、静かに暮らすこともできる。
今後のことで悩んでいると、隣にローブのフードを深くかぶった客が座った。
「マスター、ビールをひとつ」
俺がまた大きなため息をついたと同時に、隣の客も大きなため息をついた。俺は思わず隣の客に視線をやると、相手もこちらを見ていた。紫色の瞳と目が合って、その顔に見覚えがあった。思わず指を差してしまう。
「ま……」
隣の客は慌てて俺の口をふさぎ、口元に人差し指を当てた。
「ばかやろう。その名をここで叫ぼうとするやつがあるか!」
俺はその手を払いのけ、小声で尋ねた。
「……魔王がどうしてここにいる」




