Last resort[5]
拓真が再び意識を取り戻した時、最初に視界に入ってきたのは、どこか見覚えのある天井だった。
白くくすんだトラバーチン模様の石膏ボードが規則正しく並び、その中央に細長い蛍光灯が埋め込まれている。光はやや白すぎて、目の奥がじんと痛んだ。
(……ここ、どこだ……?)
息を吸おうとして、鼻に違和感を覚える。
細いチューブが差し込まれ、呼吸のたびに微かな音がした。右手を見ると、人差し指にクリップ状の機器が挟まれている。心拍に合わせて、機械的な電子音が一定のリズムを刻んでいた。
状況から判断するまでもない。
ここは病院のベッドの上だ。
だが──。
(……なんで、俺が?)
理由が、まったく思い出せなかった。
喉の奥がひりつく感覚をこらえ、拓真は声を出した。
「あっ……あの……誰か……誰か、いませんか?」
叫ぶには至らないが、無意識に力の入った声だった。
ほどなくしてカーテンが揺れ、女性の看護師が顔を覗かせる。
「大丈夫ですかぁ?」
「あ……と……」
言葉が喉に引っかかり、うまく出てこない。
「お加減いかがですか? 痛いところとか、ありません?」
「あ……いえ、大丈夫です。それより……ここは、どこですか?」
一瞬、看護師は表情を曇らせた。
「あ、そうですよね……。ここは茨城の、夏海総合病院です」
「……茨城?」
耳にした地名が、脳内でうまく結びつかない。
「ちょっと先生を呼んできますね。そのままお待ちください」
そう言い残し、看護師は足早に病室を出ていった。
(茨城……? 夏海……?)
記憶を探ろうとするたび、頭の奥に靄がかかる。
目覚めたばかりのせいか、思考が定まらない。
ぼんやりと天井を見つめていると、ほどなくして初老の医師が病室に入ってきた。
「どうも。ここの内科医の佐々木です」
柔らかな口調だった。
「失礼ですが、まずお名前を教えていただけますか?」
「え……あ、工藤です。工藤拓真……です」
「工藤さんですね……っと」
医師は手元の書類に目を落とし、小さく頷いた。
「お名前が分かるものを何もお持ちじゃなかったので。失礼しました」
「いえ……あの……それで……」
拓真は躊躇いながら尋ねた。
「……どうして、私はここに?」
一瞬、佐々木医師は言葉を選ぶように視線を伏せた。
「……被災されたことは、覚えていますか?」
「被災……?」
一拍置いて、記憶の底が揺れる。
「あ……地震、ですか?」
「そうです」
医師は穏やかに頷いた。
「大変な目に遭われましたね。工藤さんは救助された時から昏睡状態でしたから、目が覚めて驚かれたでしょう」
胸ポケットからペンライトを取り出し、覗き込む。
「意識が戻って本当に良かった。ちょっと失礼しますね」
強い光が瞳を刺す。
「……それで、今日は何日ですか?」
「今日は十五日ですよ。地震は四日前です。工藤さんがここに運ばれたのは、地震があった日の深夜でした」
「……」
「はい、少し口を開けてください」
(……津波に浚われて、その後に救助された……?)
断片的な説明が、ようやく一本の線になる。
だとすれば──。
(……あれは、全部……夢だったのか?)
タイムスリップ、安土桃山、関ヶ原。
現実として受け止めるには、あまりにも荒唐無稽だ。
そう考えた方が、心は楽だった。
「特に大きな問題はなさそうですね」
診察を終えた佐々木医師は、カルテを閉じた。
「来週、念のため精密検査をします。それで異常がなければ、すぐ退院できますよ」
看護師にいくつか指示を出し、医師は病室を出ようとした。
「あのっ……先生」
気づけば、拓真は声を張り上げていた。
「どうしました? どこか痛みますか?」
「いえ……そうじゃなくて……」
一度、息を整える。
「……すみません。先生って、日本史とか詳しいですか?」
あまりに唐突な質問に、佐々木医師は目を瞬かせた。
「日本史、ですか? いやあ……特別詳しいわけじゃないですよ。大河ドラマは欠かさず見てますけどね」
「あ……それで十分です」
拓真は、ほとんど祈るような気持ちで続けた。
「一つだけ、教えてください。変な質問ですみません」
「……はあ。私に答えられることなら」
「……一六〇〇年の、関ヶ原の戦いなんですが」
喉が鳴る。
「勝ったのって……徳川家康と、石田三成……どっちでしたっけ?」
一瞬、身構えていた佐々木医師は、拍子抜けしたように肩の力を抜いた。
「それは……」
やれやれ、といった表情で、あっさりと言う。
「石田三成の、西軍に決まってるじゃないですか」
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