表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last resort  作者: 蒼了一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/103

Last resort[4]

「そもそもさ。こんなことしたら……二〇一一年に戻っても、俺は消えるんじゃないのか?」


 一瞬の沈黙。その問いの重さを量るように、アイはわずかに首を傾けた。


「ああ、タイムパラドックスの心配? 因果が消えて自分の存在がなくなるってやつ?」


 軽い調子とは裏腹に、その言葉は拓真の胸に鈍く突き刺さる。


 タイムパラドックス──過去に干渉することで、未来に矛盾が生じる現象。


 過去に戻り、まだ生まれていない自分の親を殺せば、自分は生まれず、結果として親殺しそのものが成立しなくなる。


 いわゆる「親殺しのパラドックス」。


 工藤拓真が“今ここにいる”ためには、何千、何万という先祖が一人残らず生き延びていなければならない。


 だが、自分はすでに歴史を大きく歪めてしまった。


 そんな奇跡的な条件が、なお成立するとは思えない。


「その点は大丈夫だよ」


 アイは即答した。


「というか、それはタイムマシンが完成した直後に、真っ先に検証された問題だから。結論も出てる」


「……マジで?」


「マジマジ」


 あまりにもあっさり言うものだから、逆に現実感がない。


「実験はね、マウスを使ったの。過去にマウスを送って、そのマウスを過去で殺したらどうなるか、っていう実験」


「……うん」


 嫌な話だ、と思いながらも、拓真は静かに耳を傾ける。


「じゃあ問題。未来からマウスが送られた“あと”で、過去に送る予定だったそのマウスを殺したら、どうなったと思う?」


「…………いや……未来から来たマウスが消えた……とか?」


「消えなかった」


 アイは淡々と告げる。


「過去に送る予定だったマウスは確かに死んだ。でも、未来から送られたマウスは、生きていたの」


「……へぇ……」


 思わず間の抜けた声が漏れた。


「入念に検査して、二匹が同一個体であることも確認された。だから、タイムパラドックスに関する検証は、そこで一応の終わりを迎えたの」


「……ってことは、つまり……どういうことだ?」


「簡単に言うとね」


 アイは、指を一本立てた。


「時間を逆行したじょ……物質は、因果律から切り離される、ってこと」


 因果律──すべての結果は原因から生じ、原因がなければ結果は存在しない、という法則。


 時間が過去から未来へと流れる限り、世界はこの法則から逃れられない。


「……もうちょっと、分かりやすく頼む……」


 拓真は再び頭を抱えた。


「過去に送る予定だったマウスが死んだ瞬間、未来そのものは変わった。でもね」


 アイは一拍置き、拓真を見た。


「“生きていた未来”の記録は、未来から送られたマウス自身に残ったままだった、ってこと」


 拓真は、なおも首を傾げている。


「つまりね。歴史がどう変わろうと、因果律から分離した存在──クドウタクマは消えない」


 その名を呼ばれ、胸が微かに跳ねた。


「そして、タクマが知っている一五九八年から二〇一一年までの歴史は……タクマ自身にしか残っていないの」


「俺にしか……?」


「そう。具体的には、記憶としてだけ」


 アイの声は穏やかだったが、その内容は残酷だった。


「帰る先は確かに二〇一一年。でも、拓真が知っている二〇一一年とは違う歴史を持つ世界。その“違い”を知っているのは、拓真だけなの」


「……じゃあ」


 喉がひくりと鳴る。


「二〇一一年は、俺の知らない世界、ってことか」


「簡単に言えば、そう。でもね」


 アイは少し考えるように視線を逸らした。


「そこまで劇的には変わらないはずだよ」


「そんな馬鹿な!」


 思わず声が荒らがる。


「江戸時代が丸々なくなるんだぞ!? 日本史的に見て、致命的だろ!」


「……これはシミュレーションと検証実験で分かったことなんだけど」


 アイは気圧されることなく続けた。


「時間って、川みたいなものなの。上流でどんなに大きな波紋を作っても、下流に行くほど影響は薄れていく」


 確かに、一六〇〇年から百年ほどは大きく歴史が変わる。


 だが、それ以降は急速に収束し、四百年も経てば──。


「ほとんど差のない世界に落ち着く、ってわけ」


「……じゃあ、二四〇〇年後なんて、まったく同じじゃないのか?」


「変化は収束しても、消えるわけじゃない」


 アイは静かに言った。


「イグノランスの計算では、テロを防ぐために必要だった変化は……ほんの僅かだった」


「……それだけのために……」


 拓真は言葉を失った。


「……ここまで、やったのか」


「仕方なかったの」


 アイの声は、初めて感情の色を帯びた。


「これが、私たちのLastラスト resortリゾートだったから」


「ラスト……リゾート?」


「この計画の名前。日本語で言えば……『最終手段』かな」


「…………」


「私たちは、生き延びるための方法を選べなかった」


 アイはまっすぐ拓真を見つめる。


「それは、タクマだって同じでしょ」


 全てに納得したわけではない。


 だが、自分がなぜここに立たされているのか、その輪郭だけは掴めた気がした。


 そして──佐名の元へ帰る道は、もう存在しない。


 そう理解した瞬間、視界が暗く沈んだ。


「……なあ」


 しばらくして、拓真は掠れた声で尋ねた。


「これが終わったら……アイはどうするんだ?」


「私の仕事は、まだ終わってないからね」


 淡々とした答え。


「オーダーが完了するまで、私は仕事を続ける」


「……そっか」


 喉の奥が痛む。


「じゃあ……もう、会うことはないな」


「未来がどうなるかなんて、私には分からないよ」


 アイは少し困ったように笑った。


「断言はできないけど……多分、そう」


 そして、付け足すように言う。


「さっき、タクマが知ってる歴史はタクマしか知らないって言ったけど。私の中にも、記録としては残ってるから」


「……慰めにもならないな」


「だよね」


 ほんの一瞬、沈黙。


「……アンドロイドのくせに、気ぃ遣ってんのか?」


「だって、落ち込んでるみたいだったから」


 どれほどの時間が経ったのか、拓真には分からなかった。


 長かった気もするし、瞬き一つ分だった気もする。


 ただ、全身に重たい疲労が広がり、まぶたが鉛のように重くなる。


 口を開くのも億劫だったが、最後に一つだけ、どうしても聞きたかった。


「……なあ」


 声は、ほとんど囁きだった。


「これで……良かったんだろうか。俺のやったことは……正しかったのかな……」


「それは、分からないよ」


 アイは即座に答えなかった。


「私に言えるのは一つだけ」


 静かな、しかし揺るぎない声。


「四〇五二年の地球は、タクマのお陰で救われる。──それだけ」


 その言葉を最後に、拓真の意識は急速に遠のいていった。


 アイが言葉を言い切るよりも早く、世界は白く溶け始める。


 音も、重さも、思考も──すべてが曖昧になり。


 やがて拓真は、真っ白な混濁の中へと、静かに沈んでいった。

読んでくださり、本当にありがとうございます!


この作品を「続きが気になる」と思っていただけたら、

ぜひブックマークとポイント評価をお願いしますm(_ _)m


応援が増えるほどヤル気が爆上がりします……!


感想も一言でもくれたら即返信+X(旧Twitter)で感謝ポストします!


次回もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ