Last resort[2]
「このタイムスリップを仕掛けたのは、四〇五二年の世界連邦政府。私の仕事は、クドウタクマを二〇一一年から一五九八年に送り、一六〇〇年から二〇一一年に帰すことなの」
「……………………はあ?」
思考が、一瞬で停止した。
言葉の意味は理解できる。理解できてしまうからこそ、脳が追いつかない。
二〇〇〇年以上も未来の政府が、自分を過去に送り込んだ?
そんな話が、現実であっていいはずがない。
「いきなり言われたら、ビックリするよね」
「それは……そうだけど……」
拓真は額を押さえた。身体はいつの間にか動くようになっている。
「……何で、そんなことを……?」
「一言で言うなら──『地球を救うため』かな」
「…………地球を、救う?」
あまりにも突飛だった。
自分一人を過去に飛ばすことと、地球規模の危機。どう考えても釣り合わない。
「何だよ……それ……」
困惑が滲む声を聞いて、アイはわずかに首を傾げた。
「詳しい説明の前に、四〇五二年の話をさせて。そっちの方が、分かりやすいから」
「……ああ」
「四十一世紀ではね、二十一世紀の人類が抱えている問題のほとんどは解決してるの」
アイの語り口は、静かで淡々としていた。
「国家の枠組みは残っているけど、残っているのは民主国家だけ。そして世界連邦による統治が確立された。大きな争いのない、安定した世界だよ」
まるでおとぎ話だ、と拓真は思った。
だが、二〇〇〇年という時間を考えれば、不可能だとも言い切れない。
「もちろん、問題がゼロになったわけじゃない。でも大抵のトラブルは、イグノランスが解決するの。武力衝突や恒常的なテロは、数百年も起こっていない」
「……イグノランス?」
「世界連邦政府が管理している人工知能。イグノランスが未来を予測して、解決策を提示するから、世界はかなり安全になったの」
戦争も、宗教対立も消え、飢餓や貧困、疫病さえ克服された世界。
自然災害は防げなくても、被害を最小限に抑える技術は確立され、犠牲者が出ることもほとんどない。
「……ずいぶん、出来すぎた世界だな。人工知能に支配されたディストピアみたいだ」
「支配じゃないよ。イグノランスは提案するだけ。決定するのは、あくまで人間」
「じゃあ……『地球を救う』って話は、それとは別なのか?」
「もちろん。むしろイグノランスは、この危機の原因について、何百年も前から警告していた」
「原因って?」
「人口増加」
「人口増加? ウソだろ……」
二十一世紀では、少子化が深刻な問題として語られている。未来に影を落とす不安の象徴だ。それなのに、二〇〇〇年後の人類が、人口増加で悩んでいる?
到底、実感が湧かなかった。
「子孫を残すのは、人の本能だからね」
アイは静かに続ける。
「タクマの時代では人口減少が問題だけど、安全で安定して、子供を持つことにリスクもコストもない社会が実現すると、人の関心は自然と子孫繁栄に向かったの」
「……そう、なのか……」
怪我も病気もなく、生活の不安もない。そんな世界なら、人は未来を恐れずに命を繋ぐだろう。
きっと、娯楽も文化も今とは比べ物にならないほど充実しているはずだ。それでも最後に人を突き動かすのは、新しい命──自分の血を引いた存在なのかもしれない。
二〇〇〇年先の社会は、拓真にとって雲を掴むように曖昧だった。
だが、不思議と「あり得ない」とは思えなかった。
少なくとも──想像することは、できた。
「けど……宇宙移民とかはしないのか? スペースコロニーみたいに」
拓真の問いは、半ば現実逃避に近かった。人口が増えすぎるなら、外へ広がればいい。人類史の延長線上にある、ごく素朴な発想だ。
「宇宙移民はあったよ」
アイは即座に答えた。
「宇宙に居住空間を作る試みは、二十九世紀から百五十年ほど続けられた。でも、最終的には全部失敗しちゃったの」
「……なんで?」
「人体への負担を、どうしても無くせなかったから」
アイは淡々と続ける。
「疑似重力があっても、宇宙での生活は寿命を極端に縮める。結局ね、人間は巨大な質量──つまり惑星から離れて生きるのに向いてない生物なんだよ」
その言葉に、拓真は無意識に足元を見た。
この“地面”に体重を預けられる感覚。重力という当たり前の存在が、どれほど人を縛り、同時に守っているかを、今になって突きつけられた気がした。
「じゃあ……他の星に移るとか?」
「地球に近い環境の星はいくつか見つかってる。でも距離を考えたら、移民なんて現実的じゃない」
「まあ……そうか……」
銀河を跨ぐ移動。言葉にすれば簡単だが、現実はあまりにも遠い。
「だからね、三二七八年に──『もう一つ地球を作ろう』って構想が提案されたの」
「……もう一つの地球!?」
思わず声が裏返る。
「そんなこと出来るのか? い、いや……誰だよそんなぶっ飛んだこと考えたの!」
「世界連邦に所属する人口問題研究チームの提案だよ」
アイは少しだけ肩をすくめた。
「イグノランスは反対した。でも、この構想は“人類を救済する福音”だって、大多数の人が支持したの」
「そりゃあ……そんなの出来るなら、夢みたいな話だけどさ……」
拓真は頭を抱えた。
「どうやって実現するんだよ、そんなもん」
「そんなに難しい話じゃないよ」
「いや難しいだろ」
「人類にとって最適な生命居住可能領域である地球の公転軌道上に、もう一つ天体を持ってくるだけだから」
「……“持ってくるだけ”って……」
思わずツッコミが漏れる。
「そんな簡単に……」
「簡単じゃないけど、技術的には可能だから」
「可能だからって……そもそも、そんな天体どこから持ってくるんだよ?」
アイは、当たり前のことを告げるように言った。
「地球の近くに、地球とほぼ同じ大きさの星があるでしょ」
「近くの星……火星? 水星? いや……」
そこまで言って、拓真は息を呑んだ。
「……金星か!」
「そう。天体衝突とガス噴出を利用して、金星を地球の公転軌道に持ってきて、惑星改造するの」
「マジかよ……」
思わず乾いた笑いが出る。
「凄えこと考えんな……惑星改造って、てっきり火星の話だと思ってた」
惑星改造──特定の条件下にある惑星を人為的に変化させ、人類が居住可能な環境にする構想。二十世紀半ばに提唱され、現代では火星を対象とした研究が主流だ。
「もちろん、火星の改造もやったよ」
アイはうなずく。
「でも火星は天体自体の質量が少ないし、太陽からも遠い。正直、あまり上手くいかなかった」
「じゃあ……失敗?」
「完全な失敗じゃないよ。蓄積した技術や経験は、全部金星で活かせたから」
「それで……その計画は成功したのか?」
「まだ途中」
その一言に、拓真は眉をひそめた。
「三三〇二年から始まった金星移動は、七五〇年後に地球の公転軌道に到達する予定だったの」
「七五〇年後……」
気の遠くなるような時間だ。
「ってことは……ひょっとして『地球を救う』って話と関係あるのか?」
「あるよ。っていうか、それが本題」
「マジで!?」
拓真は思わず身を乗り出した。
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