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Last resort  作者: 蒼了一


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92/103

閃光[2]

「……尾張の者どもは、一体何をしておるのじゃ?」


 戦況報告を聞き終えた徳川家康は、床几に深く腰を沈めたまま、吐き捨てるように言った。声には苛立ちよりも、むしろ呆れが色濃く滲んでいる。老獪な狸だけあって、その顔から余裕はいささかも削られていない。


「備前様も治部様も、死に物狂いで働いておられるのでしょうな」


 静かに応じたのは、本多正信の嫡男、本多上野介正純ほんだこうずけのすけまさずみである。父譲りの冷静な眼差しで、戦の先を見据えていた。


「ただし……それも、いつまで持つか。で、ございますな」


「ふん……」


 家康は鼻を鳴らす。


「それにしても、ここまで手こずるとは不甲斐ない。荒大名が聞いて呆れるわ」


 桃配山の徳川本陣に届いている認識は、あくまで「先陣衆第一軍がやや押されている」という程度のものだった。だが実態は、すでにその段階を遥かに超えている。


 十分ほど前、黒田勢は崩れ、散った。続いて加藤、長岡、藤堂ら、先陣衆第一軍の主力が龍仙寺衆の激烈な攻撃を受け、陣は見るも無残な混乱に陥っている。隊列は寸断され、指揮は届かず、各所で潰走が始まりかけていた。


 主将、福島正則だけが前線に踏みとどまり、血路を切り開くように戦っている。しかし、その正則が引き受けているのは、三倍近い兵力を持つ宇喜多勢である。押し返しているのではない。ただ、辛うじて“持ち堪えている”に過ぎなかった。


「……中書の手勢を後ろに付けよ」


 家康は短く命じる。


「まさか総崩れとはなるまいが、尾張の連中を助けてやろう」


 南宮山の西、十九女池(つづらいけ)付近に布陣する本多忠勝の軍に加勢するよう指示が飛ぶ。家康の判断は、まだ戦局を制御できるという前提に立っていた。


 ——その前提を、無慈悲に打ち砕く報が届いたのは、その直後である。


「小早川様造反! 我が勢に打ち掛かってきました!!」


「……何?」


 一瞬、家康の目が見開かれた。


「血迷うたか、あの孺子(こぞう)!」


 怒声が本陣に響く。流石の家康も、この報せには感情を抑えきれなかった。手にしていた漆塗りの鞭を力任せに握り締めると、乾いた音を立てて真っ二つに折れた。


「兵部に伝えよ!」


 怒気を孕んだ声が次々と命を吐き出す。


「まず総掛かりで、あの孺子(こぞう)を討て! 佐和山への道を塞ぐのじゃ!」


 さらに畳みかける。


「中書もそちらに回せ。清洲殿(福島正則)の後ろには吉田殿(池田輝政)を当てよ!」


 指示は矢継ぎ早に飛び、本陣はにわかに慌ただしさを増していった。陣幕の内外を行き交う伝令の足音、武具の擦れる音、緊張に張り詰めた空気——。


 戦が始まって、まだ三十分ほどしか経っていない。


 それにもかかわらず、桃配山の徳川本陣には、じわじわと「想定外」という名の影が忍び寄り始めていた。


 そして家康は、まだ知らない。


 この先に待つ事態が、今この瞬間をはるかに上回る“最悪”であることを。


 *


 垣屋勘兵衛が率いる龍仙寺衆は、桃配山を見下ろす稜線で、音もなく動いていた。


 眼下には徳川本陣。背後は急峻な斜面となっており、守備は手薄だ。とはいえ、完全に無防備というわけではない。斜面と本陣の間には、なお三十名ほどの将兵が散開している。


 ——十分だ。


 勘兵衛は海老名外記に視線だけで合図を送り、守備隊を標的に定めさせる。次いで、右拳を高く掲げた。


 その動きに呼応するように、隊士たちは一斉に銃口を桃配山へと向ける。風の音すら遠のいたような、張り詰めた静寂。誰一人として息を乱さない。


 勘兵衛はゆっくりと左右を見渡した。


 ——敵も、味方も、全てを見下ろす位置。


 視線の先には、白幕に囲まれた徳川本陣がある。


 迷いはない。


 拳が、勢いよく振り下ろされた。


 次の瞬間、山が裂けたかのような轟音が響き渡った。


 衝撃に木々が震え、枝から枝へと鳥たちが悲鳴のような羽音を残して一斉に飛び立つ。


 初回攻撃は三連。


 六十八挺の銃が、わずか一分ほどの間に一千二百二十四発の弾丸を吐き出した。


 銃声は重なり合い、もはや音ではなく圧力となって徳川本陣を叩き潰す。


「降れ! 囲むぞ!」


 勘兵衛の号令と共に、龍仙寺衆は一気に斜面を駆け降りた。


 阿鼻叫喚——その言葉すら生温い惨状が、本陣を包み込む。


 隊士たちは本陣を円形に囲み、桃配山へ登ろうとする徳川の将兵に容赦なく弾丸を浴びせた。


 山裾には無数の死体が折り重なり、血が土を黒く染めていく。それでもなお、徳川の将兵は必死に距離を詰めようとするが……。


 ——その執念を、完全に断ち切る。


 次の瞬間、山を囲むように三十あまりの手榴弾が一斉に投げ込まれた。


 徳川の兵たちは、足元に転がる握り拳ほどの玉を見て首を傾げた。


 それが何であるかを理解する暇は、与えられなかった。


 爆発。


 衝撃と炎に包まれ、百名を超える将兵が宙を舞った。


 叫び声は途中で断ち切られ、肉と鎧の破片が雨のように降り注ぐ。


 本陣に向けて飛び道具は使えない。


 かといって、山頂にも近づけない。


 この一撃で徳川兵の足は完全に止まり、戦場には重苦しい膠着が生まれた。


 勘兵衛は自らの伍を率いて、幔幕の内へ踏み込んだ。


 そこに、戦の指揮を執る場であるはずの光景はなかった。


 巨大な床几卓を囲むように、武将たちが折り重なって倒れている。息のある者もいるが、手足をわずかに動かすだけで、起き上がることすらできない。


 そして——ただ一人。


 小太りで白髪頭の老将だけが、床几に腰掛けたまま、生きている。


 小姓たちが身を挺して庇ったのだろう。致命傷は免れている。だが足元には血溜まりが広がり、呼吸は浅く、苦しげだ。


 青ざめた顔で、虚空の一点を見つめたまま、勘兵衛が入ってきたことにも反応しない。


「……内府様にございますな」


 勘兵衛は淡々とそう告げ、家康に近づく。


 太刀の柄に、静かに手をかけた。


「拙者、石田治部少輔が臣、垣屋勘兵衛元綱。御首級(みしるし)、頂戴つかまつる」


 その言葉で、ようやく家康の瞳に光が戻った。


 驚愕に歪んだ表情が、勘兵衛を捉える。


「なっ……」


 何かを言おうとしたのだろう。


 だが、その一言が形になることはなかった。


 刃が閃き、家康の首は胴を離れ、鈍い音を立てて地面に転がった。


 勘兵衛は(もとどり)を掴み、幔幕を跳ね上げる。


 山の下に群がる徳川の将兵へ向け、その首を高々と掲げた。


「江戸内府様ぁーー討ち取ったりぃーー!」


 魂を叩きつけるような咆哮と同時に、金扇の馬印が引き倒される。


 さらに、三色の狼煙火箭(のろしびや)が天を裂くように打ち上がった。


 ——家康襲撃、成功。


 その報は、天満山に布陣する西軍へと、確実に伝えられた。

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― 新着の感想 ―
桶狭間どころでない逆転劇。さてこの後どう歴史は動くのでしょうかな?BGMは『パリは燃えているか』。
\(^o^)/
今までこのサイトで読んだ関ケ原の戦いの中でも一番激しい激戦になっていますね、これは!
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