表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last resort  作者: 蒼了一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

82/103

鶴翼乃陣[3]

 大垣城を発ってから、すでに四時間余りが過ぎていた。


 夜気は肌にまとわりつくほど重く、雨に濡れた地面からは土と草の匂いが立ち上っている。軍勢は疲労を押し殺しながら進み、関ヶ原へと差しかかったところで、不意に前方の闇がざわめいた。


 そこにいたのは、大谷吉継が率いる一隊だった。


 思わぬ遭遇に三成は即座に全軍へ小休止を命じ、自らは馬を降りて吉継の本陣へと向かう。胸の内には、説明のつかぬ違和感が小さく芽生えていた。


「刑部殿、随分と東に陣を移されましたな」


 挨拶もそこそこに、三成は切り出した。


 本来であれば、吉継は山中に布陣しているはずだった。それがいつの間にか、関ヶ原の南部まで進出している。想定外の展開に、三成の声にはわずかな硬さが滲む。


「実は……」


 吉継は落ち着いた声音で答えた。


「日暮れ近くに金吾様が参られて、今宵、松尾山から山中へ降り、後備えに入ると申されました。それ故、我らも陣を前へ移した次第。なにも大事が出来したわけではござらぬ」


 その言葉を聞き、三成はようやく胸の奥の詰まりが解けるのを感じた。


「では……金吾様も、いよいよお腰を上げられたのじゃな」


 旗幟を鮮明にしなかった小早川秀秋が、ついに戦線参加の意思を示した。


 それは、三成にとって疑いようもない吉報だった。


「ええ。随分と昂ぶられておりましてな」


 吉継は微かに苦笑を浮かべる。


「『東山道はお任せあれ。敵は一人も通しませぬ!』などと、実に勇ましく申されておりました」


 その言葉に、三成の顔がぱっと明るくなる。


 もちろん、その“敵”が自分たちを指している可能性など、二人とも夢にも思っていない。


「おお、それは頼もしい。ならば、我らの勝利はもはや疑い無しじゃ」


 三成は思わず声を弾ませ、柄にもなく大言を口にした。


「そうと決まれば、一刻も早く金吾様と策を練らねばなるまい」


 しかし、対照的に吉継の表情は硬いままだった。その視線は地に落ち、どこか重苦しい。


「その策でござるが……治部殿」


 低く、しかしはっきりとした声。


「中入は、お止めなされよ」


 三成の顔から、先ほどまでの緩みがすっと消えた。


「……刑部殿は、中入に反対か?」


「反対にござる」


 吉継は即答した。


「青野原はすでに敵の掌中。そこへ我らが押し出すは、火中の栗を拾いに行くようなもの。あの広野にうかうか踏み込めば、四方から囲まれ、袋叩きに遭いましょう」


 苦肉の策とはいえ、必死に絞り出した案を正面から否定され、三成は思わずこめかみを押さえた。


 自分よりも遥かに軍才に優れた男——吉継の言葉は、何よりも重い。


「……では」


 三成は顔を上げ、静かに言った。


「刑部殿の策を、お聞かせ願おう」


 吉継は無言で小姓に命じる。


 ほどなく、半畳ほどの大きさの紙が広げられた。関ヶ原一帯を描いた地図である。心得ていたのか、小姓たちは手際よく軍勢に見立てた駒を配置していく。


「治部殿は天満山へ向かわれると申されたな」


 目の見えぬ吉継の代わりに、小姓が指先で地図をなぞる。


「そこから北の笹尾山まで陣を広げ、北国街道を塞ぐのです。山中には金吾様、関ヶ原にはそれがしが陣取っております。これで……」


「鶴翼乃陣を敷く、というわけじゃな」


 三成が静かに言葉を継いだ。


「左様にござる」


 吉継は頷く。


「内府様がここへ至るのは、早くとも明日の夕刻。それまでに逆茂木を巡らし、陣を固めれば——数は劣れど、五分に渡り合えまする」


「では……南宮山の中国勢は、いかがいたす」


「時を稼いでいただきます」


 吉継の指が、地図の背後を示す。


「頃合いを見て、大垣城へ入るよう、今すぐ使者を立てるのです。これならば、総崩れにはなりますまい」


「ううむ……」


 三成は唸り、地図を睨みつけた。


 鶴が翼を大きく広げた形を模した鶴翼乃陣。野戦においては必勝と謳われる陣形である。右翼、中央、左翼、そのいずれに敵が攻め寄せようとも、三方から包囲することができる。


 吉継の言う通りだ。


 この形なら、たとえ兵数が劣っていても、互角に戦える。


 黙考する三成の前で、吉継は静かに指を三本、突き出した。


「三日」


 その声には、決意が宿っていた。


「三日、持ちこたえるのです。さすれば、大津の勢も、北国の勢も必ず参ります」


 近江方面には、数万の味方が点在している。


 彼らが関ヶ原で合流すれば、数的不利は解消される。時間は、西軍の味方だった。


 だからこそ、あらゆる手段で時を稼ぐ。


 それが、吉継の描いた戦略だった。


「……そうか」


 三成は深く息を吐き、ゆっくりと頷いた。


「ならば、明日。天満山にて評議を開こう。そこで刑部殿の策を示し、陣と役目を定める」


 腹を決めた三成の声には、迷いがなかった。


 そう告げると、彼は吉継に一礼し、本陣を後にした。

読んでくださり、本当にありがとうございます!


この作品を「続きが気になる」と思っていただけたら、

ぜひブックマークとポイント評価をお願いしますm(_ _)m


応援が増えるほどヤル気が爆上がりします……!


感想も一言でもくれたら即返信+X(旧Twitter)で感謝ポストします!


次回もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ