鶴翼乃陣[2]
拓真と勘兵衛は装備を整えると、松の丸に設けられた待機所へと足を踏み入れた。小屋の中はすでに石田家の将兵で溢れ返り、湿った鎧の匂いと人いきれが重く淀んでいる。その喧騒の片隅に、龍仙寺衆は固まるようにして陣取っていた。
「あれが……龍仙寺衆か」
「何じゃ、あの装束は」
「胴丸も着けぬのか? まるで素肌者ではないか」
ひそひそと囁き交わされる声が、露骨な好奇と戸惑いを帯びて飛んでくる。石田家の将兵にとって、完全装備の龍仙寺衆を目にするのはこれが初めてだった。無理もない。彼らの装いは、誰もが慣れ親しんできた武者の姿とは、あまりにも異なっていた。
袴は一見すると忍び装束に近いが、腿回りは無駄なく絞られ、両脇には大ぶりな袋が縫い付けられている。その姿は、袴というよりカーゴパンツに近い。脛はゲートルで固め、足元は皮足袋に草鞋。ぬかるみを踏みしめることを前提にした実用一辺倒の構えだ。
上着はさらに異様だった。筒袖にボタン留め、両腕と胸に配された複数のポケット。肘から先は籠手と手甲で覆われ、腰には革製のベルトが巻かれている。そのベルトには弾丸や手榴弾を下げるための金具が並び、左腰には太刀が一本、無言の威圧を放って揺れていた。
背には弾丸や食料を詰めた革製の背嚢。肩には油紙に包まれた雷振筒を担ぎ、兜は被っているものの、錣も前立もない簡素な形状で、全体を布で覆っている。重厚な鎧武者というより、どこか近代の兵士を思わせる姿だった。
防御力は鎧に遠く及ばぬが、その代わりに、機動性は抜きん出ている。その在り方は、この戦場に並ぶ中世の軍装の中で、ひどく異質に映った。
そして何より、周囲の視線を引き付けたのは色味だった。兜を覆う布から袴に至るまで、濃淡の異なる茶と緑がまだらに染められている。地味で、薄汚れて見える配色。草木や土に溶け込むその模様——迷彩という概念を、この時代の人間はまだ知らない。ただ、本能的に「見慣れぬ」「不気味だ」と感じさせるには十分だった。
やがて出発の刻が近づくと、龍仙寺衆は一斉に雨合羽をまとった。桐油と漆を染み込ませた油紙製の合羽は、頭から被るフード付きで、ポンチョのように身体を覆う。これによって彼らは、さらに周囲から浮いた存在となる。石田家の将兵の視線が、再び好奇と警戒の入り混じった色を帯びて集まった。
午後八時を少し回った頃、軍勢は静かに大垣城を出始めた。闇に溶け込むため松明は灯されず、馬には枚を噛ませて嘶きを封じ、隊列は息を潜めるように進む。
今宵は十五夜の前日。例年であれば、待宵月が空を照らしているはずだった。だが厚く垂れ込めた雨雲が月を覆い隠し、地上には闇と雨音だけが降り積もる。三万三千二百の大軍は、降りしきる雨の中、ただ黙々と暗闇の先に横たわる天満山を目指した。
その動きは、数刻も経たぬうちに東軍の知るところとなる。
徳川家康はすでに軍装を解き、床に身を横たえて休息を取っていたが、井伊直政の報告を受けてゆっくりと上体を起こした。
「いかがなさいますか、上様。清洲様(福島正則)や甲州様(黒田長政)は、夜討ちを掛けると息巻いておりまするが……」
「無用の事よ」
家康の声は低く、揺るぎがなかった。
「彼奴らの行き先など、知れておる。されど佐和山への道には金吾殿がおる。ワシらが中国勢を打ち払ってから追っても、十分に間に合うわ。夜討ちなどで無駄に傷を負っても、つまらん」
「……では、そのように伝えまする」
「万千代」
去ろうとする直政を呼び止め、家康は静かに言い添える。
「どう足掻こうが、敵は袋の鼠よ。今はただ、兵を休ませるが肝要じゃ」
雨音だけが、夜の帳の向こうで絶え間なく続いていた。
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