中入[3]
軍議は大垣城でも始まっていた。
しかし、その場を覆う空気は赤坂の本陣とは対照的だった。
昼過ぎに、大垣城と赤坂の中間地点にある杭瀬川で、島左近と宇喜多家の明石全登が東軍の一隊を破った。両軍の緊張が高まる中での勝利に、城内は一時的に沸いた。
だが、それは傷口に貼った薄い布に過ぎない。誰もが理解していた──根本的な劣勢は、何一つ変わっていない。軍議の場では勝利の余韻はすでに薄れ、代わりに沈鬱な重さが広がっている。
焦燥は静かに士気を蝕み、言葉の端々に滲み出ていた。
「兎も角……如何いたすべきか」
備前宰相、宇喜多秀家は腕を組んだまま、低く唸った。若さゆえの精悍さは残っているが、顔には疲労の色が濃い。重責に押し潰されかけているのは、誰の目にも明らかだった。
「城の守りを、さらに固めるのでござる」
静かに口を開いたのは、小西摂津守行長。声は落ち着いていたが、その内容は時間稼ぎを前提とした苦しい策だった。
「大蔵殿(毛利大蔵大輔元康)の軍、ならびに北国の諸将も、いずれ参りましょう。何より、内府が姿を現したとあらば、大坂の中納言様(毛利輝元)も必ずやご出馬なされる。二位様とともにこちらへお越しになれば、敵も観念する他ありませぬ。それまで、何としても持ちこたえる策を講じねば」
だが、その言葉が終わらぬうちに、低く押し殺した声が割り込んだ。
「そげんこつ、内府も重々承知しておいもす」
惟新入道──島津義弘である。老獪な武将は、静かな眼差しの奥に鋭い警戒を宿していた。
「先に手を打たんと、取り返しのつかん事態になりもす」
さらに前へ出たのは、維新入道の甥、島津中務大輔豊久だった。
「俺は城に籠もるこつは好かん。いっそ城を空にして、皆で赤坂に討ちかかるちゅうのはいけんでしょうか?」
若さと血気が、そのまま言葉になっていた。正面から打って出る──それは潔いが、戦術とは呼べない。
議論は続いた。だが、いくら言葉を重ねても決定打は出ない。案は堂々巡りを繰り返し、時間だけが無情に過ぎていった。気づけば、障子越しの光はすでに傾き、城内に長い影を落としている。
誰もが疲弊していた。
「……治部殿」
ついに秀家が、縋るような視線を向けた。
「治部殿は、どの策が良いと思われる?」
軍議の中心にいながら、三成はこれまで聞き役に徹していた。机上の地図を睨み、指先で静かに陣の配置をなぞる。その沈黙は、思考の深さを示すと同時に、決断の重さを物語っていた。
「左様……」
三成はゆっくりと顔を上げ、重く口を開いた。
「内府は、まず南宮山の中国勢を討ちにかかるでしょう」
淡々とした声だったが、その内容は冷酷な現実だった。
「これを助けに出たとしても、数で劣る我らに勝ち目は薄い……しかし、何もせぬわけにも参りませぬ」
自ら言葉にしながら、三成の眉間には深い皺が刻まれていく。整理すればするほど、選択肢が狭まっていくのが分かる。しばし、彼は地図を見下ろしたまま、苦悶の表情を浮かべて沈黙した。
──家康がこれほど早く大垣表に現れるとは、三成は想定していなかった。
それどころか、一月以上にわたり徳川勢の動きが見えなかったことで、家康は上杉に足止めされ、江戸を動けずにいるのだと信じ込んでいた。今思えば、あまりに都合の良い想像だった。それでも三成は、内府の到来はまだ先だと周囲に語り、その前提で動いてきた。
だからこそ、大垣城に固執した。
美濃、尾張に展開する東軍は六万二千。各地に散った兵が集結すれば、西軍は二十万を超える──そう踏んでいた。大垣に兵を集め、数の力で敵を圧倒する。諜報よりも机上の計算を拠り所にした結果、その見込みはいつの間にか揺るぎない戦略方針へと変わっていた。
三成は、作戦計画の立案や補給路の構築には比類なき才を持つ。だが運用の段になると、「こうあるべきだ」「こうあるはずだ」という理念が先に立ち、現実を後ろへ押しやってしまう。
敵を理念で規定するのではなく、まず実像を掴む。戦に先立ち、緻密な諜報網を築いていれば──こんな事態は招かなかった。
その一点においてだけでも、三成は戦略家として、家康に遠く及ばなかった。
状況は、もはや誰の目にも絶望的だった。
それでも三成は、わずかな活路を掴もうと、思考の奥底をかきむしるように策を絞り出した。沈黙が重くのしかかる中、彼はふいに顔を上げる。
「──ならば、いっそ今宵の内に城を出でる」
その声に、居並ぶ諸将の視線が一斉に集まる。
「南宮山の南を回り、天満山まで進むのです」
三成は棒を取り、地図の一点を強く指した。
関ヶ原の西、天満山。南には東山道、北には北国街道の脇往還が走る、要衝とも呼べる小高い山である。
「天満山……?」
秀家が眉を寄せた。
「それでは二重引で佐和山へ退くのか?」
「否でございます、宰相様」
三成は首を振り、棒先を天満山のさらに南──松尾山へと移した。
「先ほど、この山城に金吾様(小早川秀秋)がお入りになりました」
「……金吾様が?」
場に小さなざわめきが走る。
「左様。金吾様の勢は八千。麓の山中には、刑部殿の七千四百が陣取っております」
三成は再び棒先を動かし、大垣城から南宮山の南縁をなぞるように天満山へと線を引いた。
「我らは城に六千六百を残し、三万三千二百でここに落ち合う。これで数は四万八千六百」
次に、南宮山の北側──青野原一帯へと棒先が跳ぶ。
「合流の後、青野原まで出て、敵の横腹を突きます」
それは、大垣城の籠城軍と小早川、大谷軍が、中国勢の後詰として動き、東軍を挟撃する構想だった。
「見たところ、敵はおよそ十万……」
三成は天守の望楼から見た光景を思い返すように言う。
「この城を囲む勢が五万余り。南宮山へ回せるのは、恐らく五万」
小田原、朝鮮──数十万の軍勢を見てきた経験が、兵数の感覚を裏打ちしていた。
「南宮山の一万四千九百と……我らの四万八千六百」
秀家は地図の南宮山を睨みつけ、低く呟く。
「六万三千五百で、五万の敵に中入を仕掛けるのか……」
中入。
敵の注意を正面に引きつけ、別働隊で側面や背後を突く。織田信長が好んだ戦術だが、指揮官の冴え一つで成否が決まる、極めて危険な賭けでもある。
「左様にございます」
三成は迷いを振り払うように頷いた。
「これで敵を破れば良し。もし叶わねば──大垣城に火を放ち、中国勢と共に佐和山へ退く。その上で中納言様のご出馬を待つのでございます」
その瞬間、低い声が割って入った。
「あいや、治部殿」
惟新入道である。
「そん前に、本当に金吾様は俺達の味方ばしてくるるのか?」
核心を突く問いだった。
西軍の諸将の間に、小早川秀秋への不信は深く根を張っている。すでに「寝返った」という噂すら蔓延し、徳川より先に小早川を討てという声さえ上がり始めていた。
「入道様のご懸念、ご尤もにございます」
三成は穏やかに、しかし言い聞かせるように続けた。
「なれど金吾様は、物事をハキと申されぬお方ゆえ、心得違いをされやすい。然れど此度は松尾山まで出張られた。そこへ我らが赴き、顔を合わせて物語れば、必ずや同心なされましょう」
一拍置き、三成は言葉を強めた。
「何より金吾様は二位様の御一門。この期に及んで、内府の御味方をされるはずがございませぬ」
(──金吾様は、もはや敵にござる)
三成の背後で、左近は奥歯を強く噛みしめた。
秀秋の寝返りが確定していることを知っているのは、この場では左近ただ一人。だが、それは決して口にできない。ここで余計な一言を発せば、かろうじて組み上げられた策そのものが瓦解する。
もし拓真から真実を聞いていなければ、左近自身も、苦い思いで三成に同意していただろう。
冷静に見れば、この策は無理を重ねている。
夜陰に紛れて三万三千余が出陣し、夜明けまでに十八キロ先の天満山へ辿り着く。さらに八キロ以上を長駆して合戦に及ぶ──隠密行軍が成功したとしても、兵の疲労は計り知れない。
本来、戦略的に最善なのはこうだ。
南宮山の中国勢に退却を命じ、大垣城の軍勢と合流して佐和山まで撤退する。当然追撃は受けるが、致命傷は避けられる。
だが──。
家康が戦場に現れた今、一戦も交えずに退くことはできない。
それはさらなる士気低下を招き、辛うじて保たれている西軍の結束を、完全に崩壊させかねなかった。
左近は、破滅へと歩を進める三成の背を見つめ、背筋が凍るのを感じていた。
「……いずれにせよ、何もせぬではどうにもならぬ」
秀家が重々しく口を開く。
「方々、治部殿の策に、申したき儀はござるか?」
そう言って一同を見回す。
不安を隠しきれぬ顔はあった。
だが、他に示せる案は誰にもない。
沈黙こそが、この策への同意だった。
読んでくださり、本当にありがとうございます!
この作品を「続きが気になる」と思っていただけたら、
ぜひブックマークとポイント評価をお願いしますm(_ _)m
応援が増えるほどヤル気が爆上がりします……!
感想も一言でもくれたら即返信+X(旧Twitter)で感謝ポストします!
次回もよろしくお願いします!




