謀議[3]
家康討伐軍が決起したその日──。
当の徳川家康は、江戸城で石田三成挙兵の一報を受け取っていた。
通報者は増田長盛。
密やかに届けられた書状には、十二日に佐和山で行われた謀議の内容が、簡潔ながらも要点を外さず記されている。
文面に目を走らせた家康は、すぐさま決断を下した。
──上杉征伐は中止。
二日後の十九日、家康は福島正則を呼び出し、彼の居城、清洲城を固めるよう命じる。表向きは淡々とした指示だったが、畿内の動乱が一気に現実のものとなった瞬間だった。
以後、家康は畿内から刻々と届く情報の分析に没頭する。
武蔵から下野に展開する諸大名へ、いつ、どのように命を下すべきか。
その“間”を、家康は慎重に量っていた。
七月二十四日。
伏見城を預かる鳥居彦右衛門元忠からの書状が届く。
鳥居元忠は、徳川家中でも最古参の家臣の一人だ。
家康が九歳の頃から仕え続ける幼馴染であり、木訥、実直、忠義に厚い──まさに「三河武士の鑑」と称される男。家康にとって、最も信頼できる家臣の一人。
その元忠の手紙には、家康討伐軍の陣容、そして伏見城への攻撃がすでに始まったことが、簡潔な筆致で記されていた。
この日、家康はただちに謀議を開いた。
座には、上杉征伐に従軍していた大名達も顔を揃えている。
「……いよいよ、西が騒がしくなって参りましたな」
本多正信が、家康の耳元に声を落とした。
だが家康は応じない。
三成挙兵の報に接した直後、小躍りせんばかりに喜んでいた時とは違う。今、家康の視線は、手にした書状に深く縫い止められていた。
──討伐軍の陣容。
そこに記された名の列が、家康の表情を曇らせている。
毛利輝元 安芸広島 百十二万石
島津義弘 薩摩鹿児島 六十万九千石
宇喜多秀家 備前岡山 五十七万四千石
小早川秀秋 筑前名島 三十五万七千石
鍋島直茂 肥前佐賀 三十五万七千石
長宗我部盛親 土佐浦戸 二十二万二千石
青木一矩 越前北ノ庄 二十一万石
小西行長 肥後宇土 二十万石
増田長盛 大和郡山 二十万石
毛利秀元 周防山口 二十万石
石田三成 近江佐和山 十九万四千石
蜂須賀家政 阿波徳島 十七万三千石
生駒親正 讃岐高松 十七万一千八百石
吉川広家 出雲富田 十四万二千石
立花宗茂 筑後柳河 十三万二千石
小早川秀包 筑後久留米 十三万石
丹羽長重 加賀小松 十二万五千石
織田秀信 美濃岐阜 十二万三千石
安国寺恵瓊 伊予国内 六万石
大谷吉継 越前敦賀 五万石
長束正家 近江水口 五万石
他
西国を代表する大大名たちが、ほぼ漏れなく名を連ねている。
三成が挙兵すること自体は想定の範囲だった。
だが、これほどの数の大名が呼応するとは、正直、予測を超えていた。
「……いくら頭数を揃えようと、音頭取りが治部では、所詮は烏合の衆でござろう」
伊予板島八万石の領主、藤堂和泉守高虎が、諸将に動揺が広がらぬよう、気休めを口にした。
内政に秀で、外交に通じ、戦場にあっては自ら采配を振るう──武将に求められるあらゆる資質を余すところなく備え、一介の足軽の身からついには大名へと成り上がった男である。
その歩みは才覚と努力の積み重ねに裏打ちされており、戦略眼の確かさは折り紙付きだった。幾多の大名が言葉を弄する中にあっても、彼の一言には地に足のついた重みがあり、聞く者は自然と耳を傾けずにはいられない。
しかし、家康はそれを一顧だにしなかった。
合戦において、数字は力そのものだ。
家康討伐軍に名を連ねた諸将の石高をざっと積み上げるだけでも、七百万石に迫る。兵力に換算すれば、二十万を下ることはない。
しかも、その多くが、わずか二年前まで朝鮮の戦場で血を浴びてきた歴戦の兵である。
烏合の衆──確かに、統制の面ではそう言える。
だが、この数字を前にして、平然としていられるほど、家康の精神構造は単純ではない。
丹念に積み上げてきた天下取りへの道筋が、ここへ来て、かすかに──しかし確かな軋みを上げる。
胸の奥で、冷たいものが広がっていくのを、家康ははっきりと自覚していた。
──だが。
ここで弱気を見せるわけにはいかない。
周囲に不安を悟られた瞬間、秩序は崩れ、疑念は連鎖する。
恐怖を抑え、場を掌握する方法は一つしかなかった。
「……惜しいな」
家康は、心底残念そうな声で、ぽつりと呟いた。
即座に、正信がその言葉を拾う。
「『惜しい』とは、いかなることでございましょうか、上様」
「治部のことよ」
家康は顔を上げ、あえて感嘆を滲ませて言った。
「このわずかな間で、これほどの大名衆をまとめ上げるとは……さすがは太閤殿下の懐刀じゃ。天下広しといえど、この芸当が成せるのは、石田治部少輔ただ一人であろう。まったく、見事な働きぶりよ」
「……確かに、仰せの通りにございますな」
「彼奴が、もしワシの元に参じておれば……どれほど天下の役に立ったか。惜しい男よ」
家康は三成を激賞することで、余裕を演じた。
そして同時に、見下すことで、自らの内に生じた震えを押さえ込む。
──江戸大府様は、まったく揺らがぬ。
少なくとも、そう見せることには成功した。
*
その夜も、家康は正信を側に置き、灯明の揺れる奥座敷で静かに謀議を重ねていた。
障子の向こうでは池の蛙が鳴き、遠くで篝火の炭が爆ぜる音が聞こえる。世は眠りにつこうとしているが、この一室だけは、明かりが灯り続けている。
「それにしても、奉行方はなかなかの勢にございますな」
正信の言葉に、家康はゆっくりと顎を撫でた。老獪な眼差しが、炎の先にある何かを測るように細められる。
「泉州殿も申しておったが、所詮は烏合の衆よ。……だがな」
言葉を切り、家康は低く息を吐く。
「ここまで数を集めれば、もはや侮ってはならぬ。勢いというものは、一度つけば手がつけられん。早々に手を打たねばな」
その言葉には、経験から滲み出る実感があった。
かつて、自らも対峙した羽柴秀吉。あの男もまた、烏合の衆を束ね、時流に乗って一気に駆け上がった。明智光秀を討ち、織田家臣団を糾合し、天下を掴み取った秀吉を、家康は小牧長久手で破った。しかし、勢いに乗った秀吉は、もはや誰にも止められなかった。
最終的に頭を垂れたのは、自分だ。
勢いの怖さは、骨の髄まで知っている。
「では……どこから崩されますか?」
正信の問いに、家康は迷いなく答えた。
「毛利よ。出雲侍従(吉川広家)ならば、恵瓊坊とも渡り合える」
吉川広家。独立した大名ながら毛利家の重臣。毛利輝元を補佐する要。三成が挙兵した直後から、大坂の動きを密かに家康へ伝えてきた男だ。同じ毛利の一門でありながら、安国寺恵瓊とは明らかに一線を画していた。
「毛利であれば、甲州殿(黒田長政)が御取次でございますな」
「甲斐守か」
家康は鼻で小さく笑った。
「あの男は、なかなか使える」
その声には、もはや恐れの色はなかった。
今度、烏合の衆を率いているのは秀吉ではない。油断はせぬが、怯える理由もない。家康の胸中には、冷えた計算と確信だけが残っていた。
やがて謀議も終盤に差しかかった頃、正信はふと話題を変えた。
「そういえば上様。昼間は随分と治部殿をお誉めになっておられましたな」
「あぁ……あれか」
家康は少し間を置き、火影に照らされた顔を緩めた。
「半ば本音よ。治部が、あれほど人を集めるとは思わなんだ。誠に殿下は、良き家臣を持たれた」
ふっと、口元に笑みが浮かぶ。
「佐渡よ。治部は虎であろう」
正信もまた、片頬に薄い笑みを刻んだ。
「小柄ではございますが、確かに虎でしたな」
「あの虎がな……ワシに天下をくれる」
家康は静かに、しかし確信をもって言った。
「殿下は、最後の最後まで、良き男を残してくだされた」
その言葉は、皮肉とも感謝ともつかぬ、不思議な重みを帯びていた。
──そして謀議から二日後。
家康は従軍する諸大名に対し、上杉征伐の延期と、畿内への転進を命じる。
天下の流れは、静かに、しかし確実に、西へと向きを変え始めていた。
読んでくださり、本当にありがとうございます!
この作品を「続きが気になる」と思っていただけたら、
ぜひブックマークとポイント評価をお願いしますm(_ _)m
応援が増えるほどヤル気が爆上がりします……!
感想も一言でもくれたら即返信+X(旧Twitter)で感謝ポストします!
次回もよろしくお願いします!




