薬室[1]
龍仙寺の静寂を切り裂くように、雷鳴にも似た一発が境内へと響き渡った。乾いた衝撃が山肌を揺すったのか、塀に並んでいた雀が羽音を立てながら一斉に空へ舞い上がる。火薬の匂いがまだ空気に残る中、反響だけが遅れて耳の奥に残った。
やがて、土塁の裏から小者が二人、慌ただしく飛び出してくる。四尺(約百二十センチ)四方もある旗を抱え、足元の砂利を散らしながら結果を確かめると、白、白、白、赤の順で旗が力強く振られた。
「三発当たった。さすが!」
百間先の小さな的を見事に捉えたその腕前に、拓真は思わず声を弾ませた。距離と風、そして試作の銃。条件は決して楽ではない。だが藤四郎は、まるで生まれつき弾の軌道が見えているかのように撃ち抜いてみせる。
「いえ、正鵠は外してしまいました」
控えめに頭を下げる藤四郎。二十二歳の若者らしい初々しさを残しながらも、瞳には研ぎ澄まされた射手の光が宿っている。
彼──鈴木藤四郎秀勝の背景を思うと、なるほどその眼差しにも納得がいく。紀伊雑賀の出で、父は雑賀衆の中でも十指に入る名手。幼い頃から厳しく、そして誇り高い技を叩き込まれてきた。小早川家に出仕し、その後石田家へ。鉄砲備の中から選りすぐって勘兵衛が口説き落とし、龍仙寺まで連れてきた逸材だ。
「じゃあ次はこっちの弾で」
拓真は試作品がぎっしり詰まった箱から一つを選び、期待を込めて手渡した。藤四郎なら、この弾の欠点を誰よりも早く見抜いてくれる。
ところが──。
「どうも駄目ですね。また中が割れたみたいで……」
藤四郎は冷静にボルトを引き抜き、薬室を覗き込んだ。慎重な指先が、金属のどこかにわずかな違和感を探っている。
「え、もう? しょうがないな~。じゃあ今日はこれで打ち止め!」
拓真は頭を掻きながら、大きく息を吐いた。
*
拓真が龍仙寺へ移り住んでから、いつの間にか八ヶ月が経っていた。季節が二巡するほどの時の流れは、ただ寺の景色を変えただけではない。最初に辿り着いた頃は、わずかな職人たちが煤けた小屋で金槌の音を響かせているだけだった。今ではその面影を探すのが難しいほど、境内全体が活気と鉄の匂いに満ちている。
朝になると、山門をくぐる風に混じって、鍛冶場の火と油の香りが漂ってくる。響き渡る槌音は以前の何倍にも膨れ上がり、寺の敷地はまるで生き物のように脈動していた。気づけば働く者は百名を超え、鍛冶師、鋳物師、大工、書記、雑役にいたるまで、さまざまな人々がこの寺に集い、昼夜問わず手を動かしている。
境内の一角に立ち上がった製鉄所は、かつて荘厳な静けさを湛えていた寺の雰囲気に不釣り合いなほどの重厚さを放っていた。高く組まれた炉の側で火花が散るたび、赤い光が周囲の松の幹を照らし出す。熱気が揺らめいて空気は常に震え、遠くにいても肌の表面がじりりと熱を感じるほどだ。
工房へ足を踏み入れると、さらに異様な光景が広がる。姉川に掛けられた水車を動力とする旋盤やボール盤、中ぐり盤──本来なら二百年以上先の未来に現れるはずの機械たちが、低く唸りをあげながら木の床を震わせていた。鉄を削る音、軸が回転する音、職人たちの掛け声。それらが混ざり合って独特のリズムを刻み、この場所だけが別の時代へと切り離されているようだった。
拓真はその光景を見渡しながら、胸の奥で小さな驚きを噛みしめていた。最初は又蔵と二人で始めた試みが、ここまでの規模に膨れ上がるとは想像していなかった。
嬉しさと責任の重さが同時に押し寄せ、時折足がすくむほどだ。それでも──自分の知識と技術が、この世界で着実に形となり、人々の生活や未来を変えつつある。その実感が、何より彼の背中を押していた。
龍仙寺で響く機械の唸りは、拓真にとって未来へ続く道の音そのものだった。
*
「また薬室ですか。しっかし、これ以上厚みを付けるのも……」
又蔵が顔をしかめながら、ひび割れた薬室を覗き込む。鍛冶場の薄暗がりの中、炉の赤が彼の横顔を照らし、深い皺の陰影を際立たせた。額には細かな汗が滲んでいる。熱気のせいだけではない。職人として、どうにか良い形を見つけ出したいという焦りの汗だ。
ボルトアクション式の雷振筒は、薬室に弾丸を収め、ボルトで密閉し、薬莢内の火薬を爆発させて弾を射出する構造を持つ。薬室はその衝撃をまともに受ける、いわば銃の心臓部。頑丈でなければ命を危険に晒す。だが、頑丈さを優先しすぎれば、別の問題が牙をむく。
「熱が抜けなくなりますか……」
拓真の呟きに、又蔵が深くうなずく。
「左様で……」
薬室を厚くすれば、火薬が発する熱がこもり、次の弾を込めたとき暴発を招きやすくなる。連射を前提としなければまだ回避できるが、それでは雷振筒の存在意義が薄れる。火縄銃に対する雷振筒のアドバンテージだからこそ、連射能力は決して手放せない。
拓真は薬室を手に取ってじっと見つめた。金属の冷たさが掌へ伝わり、胸の内に渦巻く焦燥を少しだけ静めてくれる。しかし表面に走る細かな傷は、そのまま今の課題の深刻さを語っていた。
(ここを突破できなきゃ、雷振筒はただの変わった鉄砲で終わる……)
壁にぶつかったとき特有の、喉の奥に重く沈む感覚。だが同時に、どうしようもなく心が熱を帯びていく。困難が大きいほど、越えたときに手にするものもまた大きい。そう知っているからこそ、逃げられない。
「うーん……薬室は、また別の形状を考えます……」
拓真は言いながら、頭の中で新たな図面がゆっくりと描かれ始めるのを感じていた。炉の炎がぱちりと弾け、その一瞬の明かりが、彼の瞳の奥で灯った決意を照らし出した。
*
いくら龍仙寺の技術が当代随一とはいえ、相手は二百年以上先の未来で完成された機構──ボルトアクション方式のライフル銃だ。
試作段階では、拓真の知識と又蔵の職人技が噛み合い、まるで魔法のような速度で形が整っていった。初めてボルトが滑らかに動いたとき、工房の空気はざわめき、二人の顔に子どものような笑みが浮かんだものだ。
だが、それはあくまで“形”が出来ただけに過ぎなかった。
鉄材の製法も、精錬も、可動部の公差管理も、全てがこの時代の限界と向き合わざるを得ない。金属を削る音は毎日響いているのに、本当に必要な「経験の層」は一朝一夕に積めるものではなかった。
そうして今、龍仙寺の工房は別種の熱気に満ちている。
炉の赤い光が壁を揺らし、職人たちの影が歪む。その影のひとつに立つ又蔵は、仕上げた部品をひとつひとつ指先で確かめるように撫でている。しかしその険しい眉の形は、失敗作を並べた台の前で何度も見たものだった。
特に薬室とコイルスプリング──この二つがどうしても“戦場に持ち出せる水準”に届かない。
薬室は熱と圧力に耐えられず、小さな亀裂を生む。
コイルスプリングは均一性が出ず、数十回動かしただけでへたり、動作不良を誘発する。
いくつもの試作品が棚に積まれ、そのどれもが「あと一歩」まで迫っていながら、肝心の一歩を越えられずにいる。完成品と呼べるものは未だ一挺もない。
拓真は、失敗作の山を前にして静かに息を吐いた。
読んでくださり、本当にありがとうございます!
この作品を「続きが気になる」と思っていただけたら、
ぜひブックマークとポイント評価をお願いしますm(_ _)m
応援が増えるほどヤル気が爆上がりします……!
感想も一言でもくれたら即返信+X(旧Twitter)で感謝ポストします!
次回もよろしくお願いします!




