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Last resort  作者: 蒼了一


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螺旋[2]

 佐和山から北へ四里(約十六キロ)──秋の風に稲穂が揺れる田畑を抜けると、鍛冶の村、国友が姿を現す。遠くからでも、金床を叩く鉄槌の響きが微かに伝わってくる。澄んだ空気の中に、金属が焼ける独特の匂いが混じり、それだけで「ここは武器の村だ」と告げていた。


 国友は堺と並び称される鉄砲の名産地であり、数百の職人を抱えた一大鍛冶集団だ。独立した力を持ちながら、領主の石田三成から扶持を受ける統領、国友藤二郎の存在もあり、石田家との関係は安定していた。村全体に漂う静かな繁栄は、その良好な結び付きに守られているものだろう。


 そんな職人たちの中でも、ひときわ異彩を放つのが若き鍛冶師、又蔵だった。二十四歳という若さにもかかわらず、その腕前は老職人たちからも敬意を集めるほど抜きん出ている。島左近がその技量に惚れ込み、石田家専属の鉄砲鍛冶として召し抱えたのも頷ける話だ。左近の下で又蔵は、従来の火縄銃にとらわれない“新しい鉄砲”の開発を任されている。


 新作ができるたびに又蔵は大岩山へ赴き、左近に試し打ちを披露していた。その際の取次役を務めていたのが垣屋勘兵衛であり、あの日──拓真が現れた日も、三人は同じように山中で轟音を響かせていたのだった。


 その又蔵がいま、拓真の前で腕を組んでいる。作業台には、見慣れぬ線が幾重にも引かれた図面。彼は眉を寄せ、まるで未知の呪符でも前にしたかのような表情で紙面を見つめた。


「これは鉄砲でごぜえやすか?」


 図の意味を探るような声音だった。


「鉄砲というか……ほとんど銃身だけです。でも、加工できるかどうかをどうしても又蔵さんに見てもらいたいたくて持って来ました」


 拓真は緊張を隠せず、声がわずかに上ずっていた。この世界で初めて本格的に“技術”を求める場面。彼の胸の奥に灯っている焦りと期待が、わずかな仕草に滲み出ている。


 又蔵は図面に顔を近づけ、唸り声を漏らした。


「こりゃあ……どうしたもんか」


 描き込まれているのは、簡素な機関部と新しい形の銃身、そして釣鐘型の弾丸。従来の火縄銃とは似ても似つかない設計だ。むろん、このままでは武器として成立しない。しかし、拓真が欲しているのは“完成品”ではなく“第一歩”だ。


 その核心にあるのが、銃身内部に刻まれた螺旋状の溝──ライフリングである。


「この筒の中に刻んだ溝をライフリングと言います」


 拓真は指先で銃身の断面図を軽く叩く。


「このドングリみたいな弾丸を、ライフリングのある銃で撃つと……今までの火縄銃より、はるかに強力で、正確な武器になるんです」


 言葉に込めた熱意は、又蔵にも、傍らの勘兵衛にも伝わった。


 だがその革新がどれほどの変革をもたらすのか──この場にいる三人の胸中には、それぞれ違う形の興奮と不安が静かに広がっていった。


 *


 ライフリング──。


 国友の天才職人、又蔵が見たこともない溝は、実のところ欧州では既に姿を現していた技術だ。だが当時の目的は、命中精度などではない。弾丸を素早く押し込むための工夫、筒内を掃除しやすくするための構造──理屈としては簡単だ。しかし口径より大きい弾を押しこむ必要があり、結局は装填が遅くなるという本末転倒な結果となる。さらに、ライフリングの加工には高度な技術が求められ、結果として“存在はするが普及しない技術”という曖昧な場所に留まりつづけた。


 けれども、この不可思議な溝は、時代が巡るにつれて真の価値をあらわにする。火薬の爆風が生むガスは、溝に導かれ、弾丸に横回転──スピンを与える。射程が伸び、命中率が跳ね上がる。それを悟った欧州諸国は技術を磨き、アメリカ独立戦争、ナポレオン戦争へと続く戦火の中で、ライフリングはついに武器の顔を変えた。


 決定的な変革をもたらしたのは十九世紀──ミニエー銃。


 その誕生は日本史さえも揺るがす。戊辰戦争、官軍の圧倒的火力。幕府軍の古びたマスケット銃は次々と撃ち負け、徳川の時代は音を立てて終わりを迎えた。


 ミニエー銃は徳川幕府を終わらせた銃──。


 拓真の胸中には、その“未来の銃”の姿が鮮やかに浮かんでいる。


 いや、ただ浮かぶだけではない。この世界で具現化させようとしている。


 一六〇〇年九月十五日──。


 桃配山に本陣を置く徳川家康。


 その背後、南宮山からライフル銃を携えた精鋭部隊が逆落としのように襲いかかれば──。


 歴史は、違う結末へと傾く。


 拓真はその可能性を見てしまった。


 徳川幕府が生まれる前に、家康を討つという禁忌の未来。


 胸の奥がざわつく。


 ただの思いつきではない。実行可能で、しかも決定的だ。


 想像するだけで、背後の世界史が軋む音さえ聞こえてくる。


 もちろん、歴史を変えることへの罪悪感はある。


 自分の一挙手一投足が、日本という国の形を変えてしまう。


 時代を間違えれば、救われるべき命が消え、失われるべきものが残る。


 それでも──人は死ぬのが怖い。


 伏見で死を間近にした時、その恐怖は骨の奥にまで染みついた。


 石田家の庇護を失えば、次は自分の番。


 不介入などという、綺麗ごとだけでは生き残れない。


 歴史は大切にしたいと思うが、そのために命までは捧げられない。


 そしてもうひとつ、胸の底に巣食う“別の動機”があった。


 自分をこの時代に送り込んだ“何か”。


 偶然なのか、意思を持つ力なのか。


 もし関ヶ原で家康を討つなどという、歴史の核を揺さぶる行いをした時──その“何か”は黙って見過ごすのか?


 それとも正体を現すのか?


 図面を引いたとき、手は少しだけ震えていた。


 それは恐怖ではなく、挑む者だけが抱く高揚に近いもの。


 拓真が描いた線は、ただの設計図ではない。


 それは未来への扉であり、この世界に挑むための武器であり──自分の運命を変えた“何か”への、宣戦布告でもあった。

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