第8話 晩秋。
せっせと森の奥から薪を運んでいたパヴァンがおばあに呼ばれた。
私とサハジはお天気のいい日を選んで、干して使う薬草を広げて干していた。
「……」
「サティシュにはここで冬を越していただく。」
いつものように、サハジが低い声で話し出す。
「パヴァンもディヤも春まで残るように。パヴァンはウマにそう伝えて来い。冬のためのたくわえを今のうちに準備しろ。」
パヴァンは頷く。ヴァミばあさんがどこからか布袋を取り出してパヴァンに渡している。それを受け取ると、パヴァンはそっと出て行った。
「……」
「サティシュ、この冬は無駄ではない。帝国もフールも冬は軍を動かさない。焦らず…自分のことを考える時間になる。いいね?」
サハジがおばあの声を伝える。
サティシュはようやく起き出して、少しの間なら、おばあのいる居間で暖を取るようになった。暖炉はここしかないし。ぐるりと右腕と右わき腹は布で抑えてあるので、シャツはまだ着れない。すっぽりと毛布をかぶっている。
ぎょっとした顔でヴァミばあさんを睨みつけて、あきらめたようにため息をついた。
「俺はいつ頃、馬に乗れる?」
「…」
「春まで待て。」
一テンポ遅れて、サハジが答える。
私に向けてヴァミばあさんが差し出したのは、革の入れ物に入った短剣だった。
「……」
「それから、ディヤ。これをお前に。」
「…はい。」
「パヴァンに研いでおいてもらった。これでお前は、サティシュとお前自身を守れ。」
「…はい。」
*****
パヴァン、という大男が男衆と冬ごもり用の食糧や毛布を運んで帰ってきたのは、3日ほど後だ。踏み跡が残るのを警戒したのか、みな違うところから現れた。
ジャガイモや小麦粉、蕎麦、豆、塩…でかい干し肉。冬用の着替え。大男の嫁に預かったという袋の中には、焼き菓子と飴が入っていて、ディヤが小躍りする。子供か。
さっそくサハジと飴をなめていた。
男衆はおばあのところから薬をたくさん買い込んで、また、方々の方向へ歩いて行った。ディヤがいつまでも外で手を振っている。こいつも帰りたかったのかな。
ディヤがいたレマの集団は、冬になる前に南下して、暖かい国に向かうらしい。
「同じ冬でも、こうも違うものかね、と思ったよ。暖かいし。こっちの冬は暖炉なしじゃ居れないよネ。これから雪が降るよ。このあたりは森の中だから、そんなにひどくはないかな?」
飴玉を俺の口にも一つ放り込んで、ディヤが部屋の掃除を始めた。
冬用に暖かい毛布を一枚、シーツ代わりに敷くらしい。ディヤがいつも寝ている椅子には、温かそうなショールが掛けてある。そこに座らされて、掃除をしている大きなエプロンをしたディヤを眺める。
俺も…似たようなもんだな。父上に言われるがままに南でも北でも出かけていく。この十年近く、ほぼ旅暮らしだ。家に帰って、自分の布団で寝た日は1年の内、数えるほどしかない。
こんなふうに…穏やかに、同じところに長逗留したこともない。
…俺の口に飴玉を放り込んでくれるやつもいない。
体が治ったら…春になったら…こいつらと旅をするのもいいかもしれない。
帝国には…父上には、俺はもう死んだものだと報告が上がっていることだろう。
あの火傷で、酷い熱で…それでもビダル国へ行くように勅命が出た。副官のビエイトと側近のセリオだけが抗議してくれたが、父上も兄上も首を縦には振らなかった。
「賜りました。行ってまいります。」
俺が他に言える言葉があっただろうか?
俺は…死ぬために戦いをしてきたのではないか?
父上も、兄上も…それを望んでいたのではないか?
俺が死んだと聞いたら…少しは…ほんの少しぐらいは悲しんでくれただろうか?
ディヤが掃除のために窓を開け放っている。
常緑樹に巻き付いた蔦が、赤に染まっている。
「サティシュ…どうした?傷が痛むのか?」
俺を覗き込んだディヤの青い瞳がぼやけて見える。
「痛むのか?大丈夫か?お薬飲むか?」
軽く頭を振る。
「寝ろ。今日は随分と起きていたから、疲れたんだろう。な?」
敷いたばかりの毛布の上に横たわる。ようやくあおむけで眠れるようになった。
そっと、俺に毛布を掛けてくれたディヤが、ベッドのふちに腰を下ろして、俺の頭をなでる。
「痛いときは痛いと言ってくれないとわからないんだぞ?な?」




