第7話 秋。
朝、サティシュにご飯を食べさせて、薬を塗って、汚れた布切れを近くの湧き水できれいに洗って、古い鍋で煮てから、乾かす。
彼がここまで着てきたらしい膿のついたブラウスと上着も洗ったが、物は良いものだった。こんないいものを着る人が、ろくに治療を受けれなかったのも不思議だ、と思いながら。
シミは残ったが、まあなんとか綺麗になった。
ささっと朝ごはんを食べて、大きな籠をしょってサハジと山に薬草取りに出かける。
3回目ともなると慣れたもんである。
お昼ご飯に一度帰って、サティシュの様子を見て、お昼ご飯を作って食べさせる。
午後はまた籠をしょってサハジと山に出かける。
「ねえ、サハジ?ここは外の人を寄せ付けない場所なのに、よくあんなどう見ても軍人みたいなのを拾ってきたわね?」
「…おばあが、サティシュ、だから丁寧に扱え、って。」
「ん?」
「サティシュ…えーと…真実の、主。王?」
わさわさと足元に密集して生えている薬草を摘みながら、サハジが教えてくれた。
「真実の主?ねえ…」
右半分の顔は火傷で赤く腫れてはいるが、整った顔。あちこち焼け焦げているが長いきれいな黒髪…立派な体躯…思い当たる人が、一人だけいて、ディヤが身震いする。
帝国の将軍、と呼ばれる男。セヴィリアーノ。
ただ…ただ、もしあの火傷がここに来る前に見たネレア国でのものだとしたら…。
帝都で治療を受けているだろう。どう考えても。
しかも、帝都に寄ってからビダルに入っていたとしたら…ろくに治療も休息もなく派遣されてきたことになる。それで、あの膿のついたブラウスか…。
「ありえないだろう…。」
「ん?何が?ディヤ?」
「いや…まあ、その…」
政務をとっているのは、その双子の兄の方だと聞く。
主、ねえ…ヴァミばあさんがそう言うなら、そうなのだろうが…これはどう見ても弟の方。
いやいや…この扱われ方からしたら…影武者?影武者、ねえ…。
ぽきっ、と茎を折ると何とも言えない匂いがする。
ディヤは丁寧に薬草を摘みながら、ここにかの人がいることが、ビダル国にとって幸か否か…を考えた。
この国を後にしてから、もうじき3年になる。
自分が真剣にビダル国の行く末を考えていることが…滑稽だな…。
いや、それだけではないな。フール国と帝国の火種になる。ビダル国は両大国の緩衝材としての機能も持っていたことを考えると…ここは戦場になる。
ディヤは黙々と薬草を摘んだ。
*****
…暗い…暗いな。
自分の体が、暗闇の中に落ちて行って、もう二度と上がってくることができない気がして…セヴィリアーノは手を伸ばそうとして…あきらめる。いつも繰り返しだ。
「……帝国の安寧のために、お前の力がいるんだ…出来るな?」
…父上…
ずぶずぶと黒い闇に飲まれて…手足の自由も、目も、鼻も、口も、耳も…何もかもを覆いつくしていって…息ができない。
「…私は太陽で、お前は月だ。自分の力だと思いあがるな。」
…兄上?
沢山の殺めてきた者の手が…私の両足を闇に引きずり込む。
…ああ、息ができない…。
「はいはい。おはよう!いいお天気よ!」
そう言って、褐色の肌をしたディヤがカーテンを開けると、木々の隙間から覗く朝日と一緒に風が入る。
そいつの結んだ髪が、秋の早朝の冷ややかな風に揺れている。金色だ。
真っ暗闇にいた俺の目に、いろいろな色が飛び込んでくる。
かがんで俺の額に手を乗せる。目は青か。明るい色だな。俺と違って…。
「どれどれ、熱は下がったかな?」
水仕事をしていたのか、冷たい手だ。ひんやりとして気持ちがいい。
このレマ族のディヤが言うには…俺は随分と眠っていたらしい。
情けないことに、いまだに寝たり起きたりだ。眠ると…あの夢を見るので、寝たくはないが…
ディヤがベッドの脇に椅子をよせて、スプーンでご飯を食べさせてくれる。
今日はソバの実のよく煮て柔らかくなったやつ。独特の香料の匂いがする。
「そうそう、炎症が収まってきたから、いよいよあのもんのすごい匂いの塗り薬は終わって、違う薬になるらしいよ。はい、あーん。」
俺の口元に朝食のお粥を運びながら、ディヤがいろいろと話しかけてくる。声が高めで…女みたいだ。
この家はどうも、俺が偵察で入ったビダル国のはずれにあるようで…気が付いたらここにいたから…一緒にこの国に入った5人の部下たちはどうしただろう?正規ルートは通らずに、夜に紛れてこの国に入って…乗っていた馬が、獣におののいて走り出して…。
この家の主のばあさんと孫息子。使用人は大男と、このディヤ。
窓から見る限り、道らしい道もない。どうやって暮らしているんだろう?
温かい朝食で腹がいっぱいになったからか…俺はまた眠ってしまったようだ。
真っ暗な大海原に浮いている。不思議と寒くはない。ああ、また夢を見ているんだな、と自分で思う。
ずぶり、と体が沈みかけて…遠くでディヤの声が俺を呼んでいるのが聞こえる。
「サティシュ?ねえねえ、お薬飲んでから、寝てよネ。」
薄っすらと開けた俺の目に、光が差し込む。




