第5話 初秋。
帝国の東にあるネレア国に入った頃は、もう初秋の風が吹いていた。
帝都に近い村からの移動だったので、東街道が使えた。ネレアに入ってしばらくすると、かなりの大きさの屋敷が燃え落ちた跡があった。周りにあったらしい付属する小屋や使用人用の建物らしい家も燃えたようだ。
「火事かねえ?」
荷馬車に揺られながら、皆で眺めていた。
「火付けだな。」
「え?」
パヴァンが言うには、大きな屋敷を取り囲むように油が撒かれて火がつけられたらしい。なるほど、そう言われてみれば、藁の燃えカスのような黒い跡が丸く取り囲んだ跡がある。
「随分と大掛かりな火付けだねえ…」
さすがのウマばあさんも驚く規模だ。スミタに至っては、
「油がもったいない!」
と叫んでいた。笑うしかないな。
…と、なると、屋敷跡の周りに残る馬や人の踏み跡も、火消しのためではなく、よく燃えるように、か?何があったのかな?
次の町はずれにテントを張る。かまどを作って、火をつけるとみんな集まってきた。
昼間はまだ暑いぐらいだが、夜になると肌寒いからな。
先に次の町でのテント場を確認に行っていたヨギが、火事の詳細を教えてくれた。
「どうもな、訪れた将軍一行を快く思わない者たちが、歓待のふりをしてあの屋敷にご一行を泊まらせて…ご馳走して、酒を飲ませて…夜半に火をつけたらしい。高い火柱が、ここの王都からでも見えたと、町の人たちが話していた。」
「え?じゃあ、将軍は?」
食い気味にスミタが身を乗り出す。
「それがな?驚いたことに、すっかり焼け落ちた屋敷跡で将軍の焼死体を探そうと翌朝にやってきたその犯人たちは次々と切り殺されて…将軍はその首をすべてぶら下げてネレアの王城に向かったらしい。誰も近づけなかったってよ。」
「……」
「ネレア国王は、俺は知らないことだったと、泣いて謝ったらしいぞ?その場で跡取り息子に王位を譲って、ことを収めようとしたらしいがな…」
「……」
「将軍はその新王に帝国に忠誠を誓わせて、父王はそのあとすぐ手足を切られて幽閉されたらしい。」
「うっ」
「その王の国璽の指輪が付いたままの右手を持って、帝都に帰ったらしいな。もちろん、ネレアには自分の息のかかった部下を何人か残したらしい。」
「……」
「…かっこいい!…けど…さすがに怖くて付いて行けないや。」
…スミタ?どこに付いて行く気だったの?
それはほんの数日前のことらしい。
ネレア国を歩いても、民衆は恐れるわけでもなく、本当に普通に生活しているようだ。
「確かにな…下手に帝国に反旗を掲げて戦場にされたら、庶民はたまんないからな…。何もなくてよかったと思ってるぐらいなんじゃないか?」
「前国王も臣下に頭が上がらないような気弱な奴だったみたいだし。これまた将軍様の株が上がっちまうよな?あはは!」
かまどに集まったみんなが、思い思いのことを言う。確かに、そうかもな。
そうだな。争いごとはしない方がいいに決まっている。
結局犠牲になるのは、畑を荒らされ火をつけられ、踏みつけられる庶民なんだ。
かまどにかけた大きな鍋からいい匂いが立ちのぼる。ソバの実のスープだ。香辛料が効いている。
それぞれが好きなだけ皿にとって、質素な晩御飯が始まる。
ネレア国の秋祭りは、新王の即位のお祝いも兼ねてなかなか盛大だった。そう考えると…なかなか肝の据わった新王だな。何もなかったかのようだ。
私たちはそこに2週間滞在し、結構儲けて、移動を始めた。もう、10月に入っていた。
帝国からビダル国に入る時、検問がある。
役人がめんどくさそうに、目的地を聞き、頭数を数える。
私たちのような旅のレマは、正式な通行証も持たないので、どこを通るのもそんなものだ。何か問題を起こしでもしたら、切って捨てればいい人間、というわけだ。人間、と思われているのかさえも…。
「へへへっ、毎年だがな、ビダルの秋祭りに。」
そう言って、ウマばあさんが役人に袖の下を渡す。
「あー、いつも通りだな。」
ほとんど見向きもされないで、無事に検問を通る。
ビダル国の国境近くの森で、今日のテントを張る。
いつも通りだ。かまどを組んで、火をともす。
毎年のようにここまで来るが、毎年のように王都には私は入らない。
「んじゃあ、ディヤとパヴァンはヴァミばあさんのところに薬を貰いに行っておくれ。ここに来るのは3週間後だよ。何かあったら知らせる。」
パヴァンは、これも毎年のことだが、かなり大きなリュックに詰めれるだけたくさんの食糧を詰め込み、両手には彼の妻であるミーナが作ったスカートなどの衣料品や反物を詰めた袋を持って、黙って頷く。
暗くなりかけた森の中を、まるで道が見えているかのように歩いていく。私は、彼の姿を見失わないように追いかける。
私は長いスカートは邪魔になるので、レマの男衆と同じシャツにズボンだ。そこに上着とショール。
ヴァミばあさんはこの森の奥に隠れるように住んでいる。世話をする娘と孫がいたが、その娘は去年行ったときはもういなかった。理由は聞かなかった。
枯れ枝を踏んで、足元でパキッ、と音がする。
久しぶりに耳に入ってきた音だ。それぐらい静かな森。
訪れるのは3回目になる。毎年、おばあの孫のサハジと薬草取りをして3週間過ごす。
パヴァンはおばあのところの鍋を直したり、屋根を直したり、木を切ったり、一人で山に登って行ったりしているようだ。
2時間ほど歩いたところで、小さな明かりが見える。
サハジが小さなランタンを持って、迎えに出てくれていた。
「よくわかったわね?」
「ん。おばあが、もうすぐ来るって言うから。」
サハジの大きな瞳に、ランタンの火が揺れる。




