第41話 早朝。
早朝、まだ日も登り切らないうちに、開門してもらう。
見送りに来てくれたビエイトに手を振る。
さて。帰ろう。
帰り道は国境まで、迎えに来てくれた一師団がまた護衛してくれることになった。
来るときは二人で乗ってきた低床の馬車。動きやすいように軍服を着たアイーダは、振り返って宮殿を眺めて…馬車に乗り込んだ。一人で乗ると、妙に広いな、と思いながら。
時間が早いので、人もほとんどいない。
馬車は大きな街道を、北に曲がった。
宮殿から離れるにつれて、日も登りだした。来るときは極力ゆっくり来たが、帰りは15日もあればたどり着きそうだ。
アイーダは、流れる景色を見るとは無しに見ていたが、馬車の小物入れに入っている封筒を見つけた。元々そこに置いていたものだが、すっかり失念していた。
「ああ。ヴァミばあさんの…」
パヴァンがヴァミばあさんから預かってきた手紙。ことがすべて終わったら見るように、と言っていたな…。手に取って、封を開ける。
古いカードが、一枚だけ入っていた。
世界。
…正位置。
「…一つの物語の…終焉…か…。」
ヴァミばあさんには見えていたんだろうか。私の幸せは、ビダルの民と共にある。そう言うことね。私はビダル国の女王なのだから。
昨晩のうちに、流せるだけの涙は流した気がしていたが…アイーダはそう思いながら流れ落ちる涙を拭きもしなかった。
サティシュとのことは、本当に終わったんだ。
もうそんな風に呼ぶこともないんだ。私がディヤと呼ばれることも。
*****
白々と明るくなるころ、政務の人事案がなんとか出来上がった。
早めに手を打つ必要がある。変に流言を流されたり、徒党を組まれたりする前に、まず内政を綺麗にしてしまいたい。
「宰相は…どうしますか?」
「ああ。切ろう。」
「誰が適任ですかね…」
セリオがこめかみを抑える。圧倒的な人材不足、というか…長い間、皇帝や皇太子の機嫌取りが一番大事な事項になってしまっていた、そんなところだ。上手に機嫌を取ることができる者が出世して来た。
「セリオ、お前で良いだろう。」
「え?」
「お前がやれ。将軍職はビエイトに譲れ。あいつの爵位を上げれば問題ないだろう。次はなんだ?」
事も無げにセヴィリアーノ様にそう言われ…慌てる。
「いえ…私は…長いことセレドニオ様に仕えてきましたし。」
「それがなにか、問題があるか?」
「私の見聞きしたことは…筒抜けだったのを御存じですよね?」
「ああ。だが、お前は真実しか言っていない。私はお前の見聞きして来たことを疑ったことはない。」
「…陛下…。」
押し寄せてくる…驚きと、後悔と…
「泣いてる暇などないぞ?セリオ。やることが山のようにある。後宮の解体も公表する。帰せる女人は、国元に慰謝料付きで戻そう。帰れない女人は…」
白々と夜が明け始めるころ、今日の昼過ぎに全員を集めて、公布することに決めて…陛下は昼まで休むことになった。
「アイーダ女王陛下は迎賓館に移っていただいています。」
「ああ。ありがとう、セリオ。」
そう言って、皇帝陛下用の執務室から、セヴィリアーノ様が急ぎ足で迎賓館に向かっていく後姿を見送る。
「さて、では今日の段取りをするか。」
セリオは妙にすがすがしく感じるこの朝に、一つ深呼吸をした。
新しい朝が、始まったんだ。
そう思った。




