第40話 嗚咽。
セヴィリアーノとセリオは、取り急ぎ体制を整えるために動き出した。
パヴァンは離れずに付き従っている。
アイーダは、チロに案内されて、ガイスカと自国の兵を伴って、迎賓館に向かった。
国元から持ってきた荷物は、軍の兵士が運び込んでくれていた。
宮殿も、もちろん迎賓館も、かなりの数の兵士が取り囲んでいる。誰も入れないし、誰も出れない。
控室に閉じ込められていた私の連れてきた侍女も、もう着いていた。
部屋に入ると、侍女の驚きの声で…自分のドレスが血だらけなのに気が付いた。もちろん自分の血ではない。あの時、私に覆いかぶさってきたセレドニオが、セヴィリアーノに刺殺されたときに着いた血。あの人の杖が仕込み杖なのを知っていたのは、私とガイスカぐらいだ。
着替える前に、水を一杯もらう。
…ああ、終わったんだ。
そう思う。
グラスに付いた水滴が灯りを映す。
もうすっかり外は暗くなっており、侍女が厚いカーテンを引く。
…私が、女王に戻ったのも、この日のためだったのかもしれない。
その位大きな出来事が、今日一日で起きた。女王に返り咲いた私の事柄など、なんと小さかったことか…。
侍女に促されて、風呂に入り…
あの男に踏まれた右手と足が、内出血して赤くなっていた。今になって、ぞっとする。あの…セヴィリアーノにそっくりの男に組み敷かれていたら…。
アイーダは自分の体を抱きしめて身震いする。
…終わったんだ。
部屋着に着替えて、ガイスカを呼んでもらう。
「アイーダ女王、大丈夫ですか?」
手や足首に巻かれた包帯を見て、ガイスカが心配してくれた。
「大丈夫よ。」
向かい合って座って、侍女に出してもらったお茶を飲む。少しほっとする。
「ガイスカ。ことは終わったわ。明日にでも、ビダルに帰りましょう。」
「え?陛下?しかし…」
「あの方はセルブロ帝国の皇帝陛下になられたの。もう、小国の女王が出る幕はないわ。帰りましょう。」
「……」
「それにね…私、側妃になってあんな暗い後宮に住む気もないのよ。」
心配顔のガイスカに、おどけて明るく言って見せる。
「陛下…。」
「帰国したら、離縁届を送ればいいかしらね。ね?」
「…それで、よろしいんですか?」
「いいもなにも…。あの方にはふさわしい正妃が必要になるわ。わかるでしょう?荷解きはしないでいいわ。このまま帰りましょう。あの方とセリオ様は忙しいだろうから、ビエイトに通行許可を取っておいて。朝、早ければ早い方がいいわ。ここにいて、足手まといになる方が苦痛だわ。せっかくの慶事なんだから。」
「…はい。承知いたしました。」
何とも言えない顔で…ガイスカが頭を下げる。
ガイスカが出て行ったドアがゆっくりと閉まるのを見ていた。
ドアの前は兵が沢山警護してくれているようだ。
侍女に、疲れたので早めに寝ると告げて、ベッドに入る。
もう、背中を温めてくれていたぬくもりは手が届かないほど遠くになってしまった。
あの人は…皆に慕われる、いい皇帝陛下になられるだろう。
私も、あの人が取り戻してくれたビダル国で、いい女王になろう。そう思う。
そう思いながら…羽枕に顔を埋める。今だけ…少しだけ泣こう。
帰るべきところに、帰るだけなのだから。




