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第36話 午後3時15分。

「セヴィリアーノ様にお伝えいたします。皇帝陛下が謁見なさることになりました。本日午後3時、謁見の間においでください。そこで、お出になるのをお待ちいただきます。」


その翌日、一人の侍従が、客室のドアを叩いた。


連絡事項はセリオが窓口になっていると思っていたが…陛下直々の侍従なのだろう。本人がそう言うので…。

頻繁に陛下も兄上も侍従が変わるので、把握はしていない。まだ年若い者だったが、きちんとした佇まいはある。


「まあ、それでは私も…」

と、言いかけたアイーダの話にかぶせるように…


「この度は、陛下が直々にご子息に対するお言葉になられるようですので、護衛を連れても構いませんが、アイーダ女王陛下はお部屋でお待ちいただくように、とのことでございました。」

「……」


伝えることを伝えて、ヒューゴと名乗った侍従が、退出した。


皇帝陛下が私だけにお言葉を?…とは思ったが、アイーダの耳に入れにくいことが話されるのかも、と、思い直す。

訝しげな顔のアイーダをなだめる。


「ご挨拶したら、すぐに戻りますよ。アイーダ陛下。」

「…では…ガイスカとパヴァンをお連れください。ここは鍵をかけてお留守番いたしますから。」

不本意そうに彼女はそう言うと、私の謁見用の正礼装を揃えに、衣裳部屋に入っていった。


謁見の間は、宮殿の大ホールの奥になる。

ここからだと…この体で歩くとなると…結構時間がかかりそうだな。


何の期待もしていない、と思う端から…ひょっとしたら今までのことを労わられたり、素直にこの婚姻を祝福していただけたり…そんな…何万回も裏切られてきた期待が頭を持ち上げる。ひょっとしたら…帝国のために、皇帝陛下のために戦ってきた私を…いや…


ため息を一つついて、セヴィリアーノは窓の外を眺める。


どこかでいつも、父上にささやかな期待をしている自分にあきれる。


綺麗に整えられた中庭は、柔らかな新緑に包まれている。


宮殿の中庭は…こんなにも美しかったのかと…今更ながら気が付く。



*****


ガイスカとパヴァンを伴って、セヴィリアーノが謁見の間に向かった。

3時からということだったが、2時半には部屋を出た。


すぐに戻ります、とセヴィリアーノは言ったが…不安で仕方がない。

「宮殿内で、めったなことは起こりませんよ。」


そんなことを言っても…私の父母は王城のティールームで殺害された。


…まあ、ガイスカもパヴァンもいるし…


そう思いながらも、アイーダは落ち着かなくて客間をうろうろする。


ソファーにセヴィリアーノがひざ掛けに使っていたショールを見つけて、いてもたってもいられず、ドアの前にいたチロに、謁見の間の控室まで届けるよう頼む。警護の控室にいた兵に声をかけてから、チロが長い廊下を走っていくのを見送る。


「お茶をお持ちいたしました。」

チロに用事を頼むのにドアを開けたタイミングで、宮殿のあの侍女がお茶のセットを持ってきた。

テーブルにお茶を出してもらう。予定を把握していたのか、初めから私の分のカップしか用意がないようだ。


「薬草茶かなんかなのかしら?」

独特なにおいがするそのお茶は、初めて出されたものだ。

「宮殿の貴婦人方がお飲みになるお茶でございます。」


それだけ言って、侍女が退室した。

念のために内鍵をきっちりかける。


席に戻ってそのお茶を飲もうかと思ったが…なんとも臭い。帝国で流行っている薬草茶?飲む気にならずに…中庭の見える席に座る。


なんだろう…落ち着かない。



*****


セリオはセレドニオ皇太子殿下に依頼された書類を作成していた。


…このタイミングで、譲位か…。


昨日、あの後、まるで思いついたように依頼されたが…。


「ああ。私が皇帝になるから、書類を作っておいて。」

いとも簡単に…。


まあ、告知するにはいいタイミングと言えなくもない。建国祭の帝国皇帝の挨拶にもその後の舞踏会にも…諸侯も各属国の王族も出席する。しかも、弟君であられるセヴィリアーノ様もいらしている。


この書類はさすがにいくら似たサインが書けると言っても、私がサインするわけにはいかない。皇帝陛下のサインとセレドニオ皇太子殿下のサインが書きこまれれば、譲位の成立である。話は通っているらしい。


なら…もっと早く準備できたものを。


このところ、公の場に姿を現さない皇帝陛下の代わりに、玉座に座っていたのは、セレドニオ皇太子殿下。まあ、なんの問題も…ない、か…。

皇帝陛下の生活も、御隠居なさっても変わりもしないだろう。後宮ごと、離宮に引っ越せばいいことだし。


さて…。と気合を入れてセリオが立ち上がる。


譲位の誓約書もきちんと皇室典範を読み直して正式なものを作った。宰相殿にも念のために確認いただいた。戴冠式を行う場合の建国祭のタイムスケジュールも仕上げた。昨日遅くまで草案を練った甲斐あって、思ったよりも早く仕上がった。なにせ、時間がない。建国祭まで、あと3日しかない。


セリオは、セレドニオ皇太子殿下に確認していただこうと、殿下の執務室に向かい、ドアを叩く。部屋に入ると、殿下は不在の様だった。珍しく女たちもいないようだ。


「セレドニオ殿下はどちらに?」


尋ねると、執務室の奥の休憩用のベッドを整えていた侍従のヒューゴが、面白くなさそうに言った。

「殿下は、新しい女を迎えに行っております。」


「へえ…。新しい女、ねえ…」


珍しいことでは決してないが…そんな予定は把握していなかったので…ふと、不安になる。


新しい…女?


「…それはまさか、ビダルから来た…?」

「それはいかがでしょう?そこまでは私は聞いておりません。」


ヒューゴが、真っ白なシーツのしわを伸ばしている。


昨日のセレドニオ様の、ニヤッと笑った顔が思い浮かんで…思わず総毛立つ。


思わず、しれっとベッドメイキングを続けるヒューゴの胸ぐらをつかむ。


「…何をした?」


「さあね。お前、セレドニオ様に信用されて無いんじゃないの?」


へへっと軽薄そうに笑ったヒューゴが、壁の大きな時計をちらりと見た。


3時15分。










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