第35話 序章。
「ビダル国アイーダ女王陛下並びにセヴィリアーノ王配殿下にご挨拶申し上げます。」
翌日、昼前に迎えに来たガイスカと来賓室を訪れたセリオは、下げていた頭をゆっくりと上げた。
「遅くなりましたが、ご成婚、おめでとうございます。」
ブルーのデイドレスを着たアイーダ様と、色をそろえた上着を着た殿下が、椅子に座って私を待っていた。
アイーダ様は長い金髪を緩い三つ編みにして前に流し、殿下は黒髪で右半分の顔を隠し、杖を左手に持ったまま膝に暖かそうなショールをかけている。
「ありがとうございます、セリオ様。その節はお世話になりました。」
アイーダ様がにこりと笑って、椅子を勧めて下さった。
1年前は、まだ…少年のようにも見えたアイーダ様が、すっかり落ち着いた女性になっていた。ビダル国から連れてきた侍女が、お茶を出して下がる。ガイスカはドア前に控えている。
「それでは早速、今後のお二人のご予定なのですが…建国祭の皇帝陛下の諸侯へのご挨拶が4日後に予定されております。その後、舞踏会になりますので、セヴィリアーノ様には椅子をご用意する予定です。」
「ああ。ありがとう、セリオ。」
久しぶりに聞いたセヴィリアーノ様の声は、低く落ち着いている。いつも通りの声なのだが…懐かしいと思ってしまった。
「…その前に、日程を調整いたしまして…皇帝陛下への謁見となります。この度のお二人のご成婚を祝う言葉が…述べられるかと。」
「…ああ。」
「これにつきましては、時間等わかり次第、ご連絡申し上げます。」
「…ああ。また、世話になるな、セリオ。お前は息災か?」
はっとして見る。
…この人は…相変わらず…こんな時まで、そんな言葉をかけるんだな。
「はい。おかげさまで、元気にやっております。それでは、またご連絡に上がります。」
立ち上がって一礼して、ドアに急ぐ。
セリオの左手の…割れたグラスでざっくりと切った、ようやく塞がった傷が、ズキリッ、と痛んだ。
*****
昼過ぎに、セリオがセレドニオ様の執務室に向かうと、今日は女人ではなく…このところお気に入りの侍従のヒューゴが、私を睨みつけてブラウスを直しながら入れ違いに出て行った。
「失礼いたします。ご報告に上がりました。」
「はあ。なに?」
相変わらず、つまらなそうに返事をしたセレドニオ様は、ソファーに横になると、控えていた侍女に酒を持ってくるように言った。おどおどした侍女の顔が赤いところを見ると、先ほどの殿下のお楽しみをそこに立たせて見せていたんだろう。まあ…どうでもいいが。
「昨日夕方に、ビダル国女王陛下ご夫妻が、宮殿に到着なさいました。部屋はセレドニオ様のお申しつけの通り、迎賓館ではなく、本宮の来賓室に通しました。」
「それで?」
「本日、ご挨拶がてら、今後の予定の確認に行ってまいりました。」
「へえ。で、どうだった?奴はもう動けないの?」
侍女の持ってきた酒を飲みながら…。
声が…楽しそうな声に変った。
「ええ。セヴィリアーノ様は杖をお使いの様です。片時も離さず、杖を携えていらっしゃいました。」
「杖、ねえ…あははははっ。面白いねぇ、あれほど民に人気のあった将軍様が、杖かあ。そりゃあ、見てみたいね。」
「……」
「で、奴の正妃、はどうだい?」
「アイーダ女王陛下は…セヴィリアーノ様に付き添っていらっしゃいました。」
「へえ…」
直立で報告する私を見上げて…寝そべった殿下が面白いものを見つけた、という目をして…にやりと笑った。




