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第34話 セルブロ帝国へ。

4月の中旬から始まるセルブロ帝国の建国祭に向けて、一行がビダル国の王城を出発したのは、セヴィリアーノ殿下の体調を考えて、3月中旬だった。通常、2週間ほどでつくところを、3週間の日程を取った。


ビダル国の国境近くで、野営になった。

野営と言っても、大きな丈夫なテントにベッドや応接セットまである。なんなら風呂まである。

ここまではどうしても、と言って、カミロが付いてきた。


夕刻にカミロがトフッ、トフッ、とテントを叩く。

「なんだ?カミロ。どうした?」

「陛下、客人をお連れしました。」


ランタンのいるような時刻になった。カミロが案内して来たのは、ビダル国軍の制服を着た男だった。


「パヴァン!元気だったか?」


見慣れた顔がのぞく。


「ええ。サティシュ様もディヤもお変わりなく。」

「みんな元気か?ウマばあさんも、ヴァミばあもサハジも。」

「はい。ヴァミ様に、サティシュ様の護衛を申し付かりました。」


「そうか…相変わらず、あの方には何でも見えるんだな?」


「…サティシュ様にはこれを。」

そう言ってパヴァンが小瓶をサティシュに渡す。首を傾げた彼に、


「解毒剤だそうです。要る時に迷わず使え、と。」


「…ああ、わかった。」


ありがちなことなのか…サティシュはさほど驚いている様子ではない。


「ディヤにはこれを。全て終わってから見るように、と。」


私は一通の封筒を渡された。ヴァミばあが手紙なんてなあ…と思いながらありがたく頂戴する。


「じゃあ、俺はパヴァンを父上に預けてくる。」

そう言うカミロと、早々に引き上げて行った。あの二人は…これからテントで酒を飲むに違いない。なんだかんだと、仲良くなったようだから。


私たちもほんの少しお酒を飲んで、早めにベッドに入る。

「眠れそうか?ディヤ。」

「貴方がいればね、サティシュ。」


私はいつも通りサティシュに抱えられて眠った。この私の安眠のためにも、無事に二人で行って、無事に二人で帰って来ようと思った。


背中にサティシュの体温を感じながら、ゆっくりと眠りに落ちる。



*****


帝国内に入ると、帝国軍の一師団が迎えに来ていた。


師団長らしい男が、私たちの馬車に近づいてきて、敬礼をした。サティシュが左手で手を振る。驚いたことに…その男は真顔のまま涙を落として、礼をして去った。

髪で右半分を隠したサティシュが痛々しかったからか…いや、嬉し泣きを我慢したような、そんな風にも見えた。


帝国に入って、サティシュがあまり笑わなくなった。

セヴィリアーノ様、に戻っていっているようだ。


馬車の隣に座る我が夫の手を、ぎゅっと握る。

はっ、とした顔で私を見たサティシュが、柔らかく笑った。



セルブロ帝国の宮殿に着いたのは、それから2週間後だった。


帝国内はほとんど通った。大きな国も小さな国も、この宮殿のある帝都も。レマの荷馬車に乗って、だけれど。

建国祭には一度だけ来たことがある。ウマばあさんが余りにおおきなお祭りなので、めんどくさがって毎年は来ていなかったから。

馬車から眺めていると、レマの民があちこちでテントを張っている。ウマばあさんたちのテントを探すが、よくわからなかった。身を乗り出して探すわけにもいかないし。


宮殿の周りは、かなりの数の兵が固めていた。


祭りで人の出入りが多くなるので、より厳重な警備なのだろう。

私たちの馬車が城門を通る際に、警備の兵士が皆、槍を左手に持ち替えて、右手を左胸に付けた。敬礼なのだろうか?


宮殿に着いて、当然来賓用の迎賓館に通されるのかと思っていたら、案内されたのは、本宮の客間だった。夫の体調を加味してくれたのか、一階の部屋だったのは幸いだった。


我が夫は…もうすっかりセヴィリアーノ様になっていた。表情はもう無い。


私も…アイーダ女王にならなくちゃね。


専用の低床の馬車から先に降りて、ガイスカと一緒にセヴィリアーノに手を貸す。

杖を突きながら降りてきた夫を支えて、杖を預かって、私の左肩を貸す。

夫の右手は白い手袋をしたままだ。長い髪は、右の顔半分を隠している。


ゆっくりと2人で歩き出す。

「大丈夫でございますか?セヴィリアーノ様?」

「ああ。ありがとうございます、アイーダ陛下。」


そんなことをささやき合いながら。


本宮の客間は大層な広さだった。

隣の客室にガイスカが、控室に私の侍女が入った。

客間に次々と荷物が運び込まれる。ドアの前にはパヴァンとチロが立った。


夫をそっとソファーに座らせて、控えていた宮殿の世話係の侍女にお茶を頼む。

「殿下?お茶をいかがですか?」

私が先に口をつけて、熱さを確認する。大丈夫そうね。

「ああ。」

そう言いながら、私が持ったカップから、夫がお茶を飲む。慣れたものである。

「ああ。美味しい。」


私たちには珍しくもない、カミロに言わせるといい加減にしろ!とそしられるいつもの光景を…その侍女が、ちらっと見ていた。


まあね…伊達じゃないし、付け焼刃でもないのよねえ。これは。


今後の予定を確認してきてくれたガイスカが、戻ってきた。


「今日はお疲れでしょうから、このままおくつろぎください、とのことでした。明日、セリオ様から詳しい日程の説明があるそうです。」


「わかったわ。では、食事も部屋に運んでもらって。セヴィリアーノ様のお世話はいつも通り私がしますので、宮殿の侍女は不要です。お風呂のお湯は今のうち用意しておいてください。他の方の立ち入りは許可しません。いいですね。」

「はい、かしこまりました女王陛下。」


ガイスカが、部屋の隅で待機していたその侍女を連れて部屋を出ていく。


お風呂を少し熱めに汲んでもらっておいてから、夕食を運び入れてもらう。

まあ…誰かに何か言われていたんだろう、さっきの侍女がお手伝いを申し出てくれたが、きっぱりと断る。


「セヴィリアーノ様のお世話は私が一人で致しております。必要なことがあれば呼ばせてもらいますので、ご遠慮ください。よろしいですね?」


そこまで言うと、侍女はさすがに恐縮して部屋を出て行った。

誰かに報告に行って…叱られたらごめんね、とは思う。


侍女が立ち去ってから、パヴァンとチロを部屋に入れて、パヴァンには部屋の隅々まで確認してもらう。ベッドマットの下はもちろん、お風呂のお湯から、衣装室の中まで。

チロには運び込まれた二人分の食事の毒見。なかなかに危険な仕事だが、チロ自身が申し出てくれた。水差しの水や、コップまで。ビダルにいる時には考えもしなかったことだが、ヴァミばあさんがよこしてくれた解毒剤、を見て、私の認識が甘すぎたことを悟った。そこまでか?自分の弟に?


今回は何事もなかったようね。


二人に礼を述べて、ドアを閉める。













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