第33話 帝国からの手紙。
ビダル国の冬は静かだ。
年末年始は基本、家族で過ごす。雪が多いので、諸侯を集めての舞踏会などは基本的にグリーンシーズンに行うから。
城門は閉ざされている。使用人も、兵士たちも交代で休暇に入っているし。
「去年の今頃は、狩りに行っていたわね。」
「ああ。お前は弓が下手くそだったな。くくっ。」
「…それは…まあ、そうね。」
暖炉は暖かい。曇った窓ガラスの向こうで、もさもさと雪が降っているのが見える。
笑いながらサティシュが入れてくれた紅茶を飲む。
食事も部屋に運んでもらって、二人でのんびりと過ごした。
休暇が明けて、使用人たちもぼちぼち戻り、明日からは役所も動き出す、という日。
セルブロ帝国から、伝令が一通の手紙を持って来た。
「ビダル国女王陛下並びにセヴィリアーノ様に、セレドニオ皇太子殿下からお急ぎのお知らせでございます。」
「……」
返事を持って帰りたいと希望した伝令に、取り急ぎ客室と食事を供して、今日一日ゆっくり休んでもらう。この雪の中…よく来たものだ。
アイーダ女王陛下は執務室で、ハサミでその手紙の封を切ろうとして、自分の手が震えているのがわかった。
【セルブロ帝国 建国祭へのご招待】
要するに…1年たってセヴィリアーノの病状も落ち着いただろうから、この春に行われるセルブロ帝国の建国祭にビダル国女王陛下ご夫妻をご招待いたします。
皇帝陛下もこの度の婚姻のお祝いをしたいと申されておりますので…絶対来いよ。って感じかしら。
セレドニオ皇太子殿下のサインが書き込まれている。
メモのようなものが一緒に入っていて…ここまでしか伸ばせませんでした、と走り書きがしてあった。セリオ様からね…。
黙って手を伸ばしてきたサティシュに、そのメモと一緒に手紙を渡す。
ドア前に控えている護衛騎士に、至急、ガイスカとカミロ、宰相のエリサルドを呼んでくるように伝える。
ドアを閉めて、窓際に立って手紙を握りしめている我が夫に、
「サティシュ、離縁は受け付けられないわ。」
そう伝える。
「ディヤ…。それでも…。」
「いいえ。帝国はどうかわからないけど、この国は離縁は認められていないのよ。残念だったわね、サティシュ。」
表情をなくしているサティシュに笑いかける。(嘘だけど。)
動揺していたが…自分よりも動揺している人を見ると落ち着くものね。そう思った。
サティシュの手を取って、ソファーに座らせる。この人の手を取ったときに、覚悟はできていた。
「私はあなたにプロポーズする時に言ったでしょ?私が全力であなたを守るって。」
珍しく指先の冷えているサティシュの手を握りしめる。
「私は小国と言えどビダル国の女王よ?軽々しく傷つけられるものではないわ。」
「……」
「それに…貴方の手を放す気もないの。諦めて。ね?」
「……」
*****
揃ったみんなに、陛下が帝国から来た手紙を見せた。いつか来るかも、と、陛下がおっしゃっていた。
カミロが手紙から目を離して言う。
「病状を理由に、お断りするわけにはいきませんか?」
「無理でしょうね。しかも先方さんは、お祝いをしたいとまで言っているんですもの。」
「…伝令を処分する、書簡は届かなかった、とは?」
「…そうね、そんなことをしたら、直接乗り込まれるかもよ?お祝いをしに。」
小さい子を脅すように、陛下が私の提案を否定する。
「しかし…セヴィリアーノ様を前にこんなことを言うのは何ですが…セレドニオ様の良い噂は聞きません。」
「そうね。だからこそ、行くしかないでしょう?」
「……」
帝国内でのセヴィリアーノの扱いについては、このメンバーは情報を共有している。セレドニオ皇太子の情報も。
「離縁を…希望する。」
黙って聞いていた殿下が口を開く。
「せっかくビダルは落ち着いてきたんだ。ここで、女王陛下はまだやることがある。みすみす危険に身を置くことはない。私が一人で向かう。」
「そこで、貴方にもしものことがあったら、貴方を取り戻すためにビダルは軍を出しますが?それも、貴方の望むことではないでしょう?」
「ディヤ…」
「貴方がいなければ、私はここにはいません。今も流浪の民と旅をしておりました。旅先で自国の王がフールに傾いたと聞いたでしょう。貴方がいなければ、ビダルのこの平和もありませんでした。今頃はフール国に侵略されていましたでしょう。武力衝突も起きていたかもしれません。」
「……それでも…貴女の身に危険が及ぶかもしれない。それは私の望むことではない。」
苦悩に満ちた顔で、殿下がぽつりとつぶやく。
「まあ。」
と、アイーダ女王陛下は大げさに驚くふりをなさった。
「私が半身の不自由な夫を軽々しく見捨てる妻だとお思いで?」
…これは…殿下が折れるしかないな。この方はどこまでも殿下と一緒に行く気だ。
カミロがそっと隣に座る父、ガイスカを見ると、目が合った。読み切れない表情、父上も迷っていらっしゃるんだろう。…肯定でも否定でもないような…。
「では、私が護衛でご同行します。」
そうカミロが切り出すと、陛下にきっぱりと否定された。
「カミロは困るわ。あなたは今、王位継承権2位なのよ?私に何かあったら、あなたが王になりなさい。いいですね。」
それは、まるで命令の様だった。いや、命令だ。否という発言を許さない威厳があった。
「ガイスカ、近衛から10名ほど選んで、貴方が同行してください。あんまり大人数でも警戒しているみたいで面白くないでしょうから。エリサルドはカミロを補佐して、留守を頼みます。」
私たちは陛下に片膝をついて首を垂れた。これは決定事項だ。
退出しようとした私を呼び止めて、陛下が言う。
「そうそう、カミロ。フアナに言って私がフールでも見劣りしないドレスを何着か作ってもらって。セヴィリアーノの正礼装も合わせて作ってね。他のご婦人方にセヴィリアーノを取られるわけにはいかないからね?」
「あ…はい。」
「それから、それがひと段落したら、私にレディとしての礼儀作法を教えに来てねって伝えて頂戴。」
そう言って、豪快に笑った。
*****
「さて。忙しくなるわね。」
3人を見送って、ドアを閉めて、ディヤが俺を振り返って笑う。
「まず、ヒールのある靴に慣れなくちゃね。あとは、物凄いドレスを着た時の足のさばき方。あと…ダンスもかな?女性パートは踊れないんだ。」
はしゃぐディヤ。
それじゃまるで、もうすぐ社交デビューする女の子みたいだよ?
「あとは、そうね。サティシュ、私に短剣の使い方を徹底的に教え込んで頂戴。」
「……」
俺は…この小さくて偉大なわが妻を、思わず抱きしめる。




