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第32話 新年。

何事もなく新年が開けた。


帝国軍ももっとざわつくかと思っていたが、セヴィリアーノ様が子飼いから育てた師団長たちがよく統率を保っていた。形式上は私が将軍代理を務めていたが、実質はビエイトに丸投げである。南東部の相続問題も問題なく解決したし、オーラ国の災害復旧のための人員の入れ替えもスムーズに行われた。


軍内部での何らかの問題が生じた場合の対策も徹底しており…正直、セヴィリアーノ様の能力の高さを再確認するだけだったな。


セリオは新年の祝賀会の出席者名簿に目を通しながら、この調子で日々が過ぎて行けば…あるいはセレドニオ様からの呼び出しなど杞憂であったか…そんな風に考えていた。


が、しかし、その時の思いを、セリオ自身が悔いることになる。



*****


ガシャン!


ヒュッ、と左頬のすれすれを飛んで行ったグラスが、今しがたセリオの入ってきたドアに当たって砕け散る。思ったより大きなその音に、セレドニオ様の後ろに媚びを売るように控えていた女たちが息をのんだ。


「セリオ、なんで呼ばれたかわかっているよね?」


ローブは外したらしいが、先ほど新年の祝賀会に臨まれたままの格好で、長い黒髪を流し、足を組んでひじ掛けに頬杖をついている。つまらなそうなお顔だ。そんなお顔も美しいが。




昼過ぎから始まった新年の祝賀会は、国内の貴族と属国の国王の挨拶を受けるだけの、セレドニオ様には酷く退屈な時間。陛下は例によってご出席されていない。


「セルブロ帝国の太陽であられますセレドニオ皇太子殿下にご挨拶申し上げます。」


陛下の代わりに高い椅子に座って、ローブを付けたセレドニオ様が挨拶を受ける。今と姿勢はさほど変わらない。つまらなそうにひじ掛けに頬杖をついていた。


挨拶から始まって、一言二言、お世辞を言うくらいの新年の恒例行事。

よほどの事情がない限り、諸侯も属国も顔を出す。変に反意があるなどと思われるといけない、と、びくついているから。


セレドニオ様はここ数年は陛下の代わりをお勤めになっていらっしゃる。


私はビエイトと並んで殿下の後ろに立って、一部始終を見ていた。

もちろんその後ろには皇太子付きの近衛兵が、城の周りとありとあらゆる出入り口には兵が配されている。これも毎年のことだ。


「…この度はセヴィリアーノ様のご婚姻、おめでとう後御座います。セルブロ帝国にますますのご繁栄を。」


私も最初は聞き流していた。ありがちな社交辞令だし、ご兄弟の婚姻に世辞を述べるなどありがちなことだと。


ビダル国のごたごたも、今はそれが落ち着いていることも、弟御が婿に入ったことも…もうとうに周知の事実なのだし。


「ああ。」


なんのお気持ちも籠っていないだろう返事をする殿下。これも毎年のことだ。


次々と身分と名を呼ばれて、御前に現れる人々が…ほとんどセヴィリアーノ様の婚姻のお祝いを口にした。


…まずいか…。セリオは表情をまったく崩さないまま、まっすぐ前を見た。


…まずいかもしれない。



おおよそ、この方がどこでどんな風にご機嫌が変わるのか、わかる奴は誰もいないだろう。ここのところお気に入りで寵愛していた女を「そう言えばお前は、陛下への貢物だったなあ」と、その日のうちに陛下の後宮に送り込んだり。…殿下の機嫌を取るのが上手だった侍従が、いきなり切り刻まれたり…。


私が長くお側付きになっているのだって、いざとなれば私本人より…私の目の前で私の母親をいたぶればいいと思っているから。そんな人だ。




セリオは直立不動のまま、いつものように口の端だけですこし笑った。


「今年も良い新年の祝賀会となりました。陛下がご出席いただけないのは残念ではございますが、セレドニオ皇太子殿下はもはや、皇帝陛下の貫禄でございました。何か問題がございましたか?」


「へえ…セリオも腹芸がうまくなってきたじゃないか。さすがに、将軍職を狙ってるやつは違うねぇ。」


女に新しく注がせたワインをグラスを持ったまま、ゆっくり立ち上がった殿下に、赤ワインを頭から掛けられる。

濃いワインの匂いがまとわりつく。


「どいつもこいつもセヴィリアーノの話だ。」


「…皇太子殿下の弟君が婚姻されたのですから、世辞を言うのはおかしなことではありません。」

「…へえ。そうか。じゃあ、セリオならどうする?」


そう言いながら、殿下が、空になったグラスを、床にたたきつける。

ポタリポタリッとワインが髪から滴ってくる。


「…セレドニオ様も正妃を娶られれば、弟君の婿入りよりはるかに大きな慶事となりましょう。」

「へえ。正妃ねえ…。じゃあまず、弟君の正妃殿にお会いしてみてから考えようかなあ、なあ?セリオ。」

「……」


私の顔を覗き込んで…楽しそうにセレドニオ様がそう言った。


「いいな。すぐ呼べ。」


「すぐは無理です。」

「…は?なぜだ?」

「殿下もご存じの通り、ビダルは雪多き国です。今の時期は馬車が動かないかと…」


私の髪を鷲掴みにして持ち上げた殿下の白い手袋が、赤く染まる。


「へえ…。口答えできるほど偉くなったんだ、セリオは。」

「……」

「じゃあ、いつがいいかなあ?あいつも呼べ。そうだなあ…皇帝陛下が婚姻のお祝い会を開く、と言っていると言え。建国祭で良いか。」

「……はい。」

「まあ、いいか。諸侯も漏れなく呼んで置けよ。嫁を貰って立派になった弟君をお披露目しなくちゃいけないからな。くふふっ。あははははっ。」


髪をつかまれたまま、蹴り倒される。倒された先で、割れたグラスで手がざっくりと切れた。もう、ワインなのか血なのか区別がつかないほど床を汚す。


「ヒューゴ、着替えるぞ。皆様をお待たせしてしまうからなあ。」


今、お気に入りの侍従を呼んで、殿下が執務室を出ていく。赤く汚れた手袋を脱ぎ捨てながら。

















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