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第30話 陛下と殿下の日常。

「サウロ国王から、お祝いが届いたわ。」


ディヤとサティシュが並んでソファーに座って、同封されていた手紙を開く。


【友よ!ご成婚おめでとう!心ばかりのお祝いを贈る。いつかまた一緒に酒でも飲みたいな。体調に気を付けて、末永くお幸せに!】


豪快な直筆で、お祝いの言葉を書いてくださっている。お祝いは、大量のオレンジマーマレードの瓶詰と、帝国内でも評判のオリーブオイル。これまた大量。このほかにサウロ特産のシェリー酒とシャンパンのようなカバというお酒。


「食い物を送ってくるあたりが、あいつらしいな。」


そう言って、サティシュが笑う。噂には聞いたが、本当に友人であるらしい。


二人でグラスを合わせて、カバを飲む。口当たりがよく、美味しいお酒だ。

酒を飲みながら、この国の将来のことを話す。

今、ビダルで高等の専門教育を受けようと思うと、帝国に留学するしかない。国内の学校を手直しして、もっと専門分野も学べるようにできないかな、そんな話。



…こんなふうに、この人がかかわったであろう帝国内の国々から、セヴィリアーノ様宛に贈り物が届くようになった。帝国で公式発表でもあったのかしら?考えにくいけど。私が礼状を書いて、サティシュがサインを入れていく。


朝起きてから、眠るまで。正確には寝ている間中も、私はサティシュとともにいる。


彼の側近だったセリオ様との約束事で、彼はいまだに公の場では右半身が不自由な態を装っている。婚姻後に熱を出して寝込んで、病状が悪化した。そう公表してある。


顔の右半分は髪を下ろし、見えないようにして。歩くときは私の肩を常に抱いて、あたかも、支えられているように…。馬車は低床に作り直したものを移動に使い、国内の視察も鉱山の視察にも一緒に行った。どうしても一人で歩かなければいけないときは、左手で専用の杖を使っている。


こんなことで、この人を守れるなら、お安い御用である。


私と彼の私室は、唯一自由な空間だ。続き部屋になっているサティシュの部屋は家具をよせて広々とさせてある。運動不足解消のために、時折、ガイスカかカミロを呼んで、そこで剣を合わせている。彼のもとに残ったチロにさえ、その本当の状態を見せてはいない。


サティシュはヴァミばあさんの家にいた時のように甘えん坊に戻り、表情も随分柔らかくなった。


一緒にいてから1年。結婚してから半年になる。

不満があるとしたら…彼が慎重に…子供を作らないようにしていることだろうか。



公務の休みの日にサティシュがカミロと剣を合わせる時には、フアナも一緒についてくる。

小さな女子会、開催である。お茶と、フアナの持参してくれるお勧めのお菓子とで、ゆったりした時間になる。


カミロはフアナと生きていくのに、二人で話し合って、侯爵家への婿入りを決めた。財務大臣をしながらでは大変だろうが、奴は頑張ってくれている。公爵家はカミロの弟が継ぐことになった。



「あら?うちもそうよ?」


ここだけの話だが、と、子供を作らない話を他の人の相談事としてフアナに聞いてみた。なんてことないように、フアナが言った。


「カミロがね…どっかで聞いてきたらしくて、20歳未満の出産は母体に負担がかかるから、ってね。子供を作るのは20歳過ぎたらね、って言うのよ。あと一年ね。まあ、だからと言って、すぐすぐ子供ができるわけでもないでしょうけどね。」


そ…そう言うこともあるのか。妙に納得する。が…。


「…でもね、私としては…ある日突然、何もかも無くす、そう言うことを経験したでしょう?」


フアナが綺麗な仕草でカップをソーサーに戻す。


「明日のことなんかわからないから…本音で言うと、一日でも早くカミロの子供が欲しいわ。」


そう言って、プラチナブロンドの髪を少し揺らして、ほんの少し寂しそうにフアナは笑った。


ああ…。


他人の話…そう切り出したのに、涙があふれてきた。私の隣に座りなおして、フアナが私の頭を抱えて背中を撫でてくれる。


「男ってバカよネ。相手のことを思えば思うほど、かけ離れたことを考えてるのよ。本当にバカで、優しくて、愛おしいわよネ?」


そう言いながら…撫でてくれる手が優しくて…涙が止まりそうにない。



いいところ1年で、帝国から呼び出しが来るかもしれないと、セリオ様が言った。それ以上の保証はできないと。


あの人は、そっと生きていくのも許されないのだろうか?


もし…セリオ様の言う通り、あの人が1年で呼び戻されるようなことがあったら…。

多分、いや、きっと、それであの人は子供を作らないのだろうと…。


それで、終わりだと、思っている?ねえ、サティシュ?

それともあなたは…まだ父親に必要とされたいと欲しているの?



私があなたを守ると、言ったじゃないの。



隣の部屋から汗を拭きながら、二人が帰ってきた。

私がフアナに抱きかかえられて泣いているのを見て、サティシュがわかりやすく慌てている。


「なんだ?どうしたんだ?体調が悪いのか?ディヤ?」


「まあ、殿下、陛下を大事にしないからですわ。うふふふっ。さ、カミロ、私たちはもうお暇いたしましょう。」

キョトンとしたカミロの手を取って、フアナが立ち上がる。


「甘やかすばかりじゃなくて、貴女も甘えてごらんなさい。ね?」


耳元で、そうつぶやいて。


「なんだ?どうしたんだ?お腹が痛いのか?」

「……」

「…サティシュ…」

「ん?」

「貴方を食べたいわ。」

「え?」


隣に座ったサティシュの首に腕を回して口づける。



まだ来てもいない不幸を嘆くのはやめよう。

その時はその時に…二人で考えよう。



サティシュにしがみついて泣きながら、そう思った。

珍しくおろおろしているサティシュが妙にかわいくて、泣き笑いになってしまう。



そしていつか、貴方に似た子供を…この手に抱くんだ。


たとえ貴方があきらめても、私は諦めない。


貴方を守ると、そう誓ったから。





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