第28話 セリオの帰国。
殿下のもとに残りたいと希望を述べたチロだけを残して、私たちは予定通り出立した。
昨日のうちに、ビダルの貴族院でお二人の結婚は承認され、帝国宛の婚姻の承諾書に私がセレドニオ様のサインを入れた。これで晴れてお二人は夫婦になられた。
婿入りの支度金と持参金を相殺させようと提案したが、カミロが金貨100枚の分の金塊をもう一つよこした。出兵してこの利なら、まずまずか。
国境を抑えていた残りの兵と合流して、ビエイトを呼んで、事の次第を説明した。
「セリオ様…ありがとうございます。」
そう言って奴は私の手を取って、男泣きした。
この男との付き合いも長くなった。セヴィリアーノ様と共に戦場を駆け回った男。もちろん、帝国内でのあの方の立ち位置も理解していたのだろう。
「さて、ビエイト、帰ろう。しばらくは私が将軍職に就く。いいな。」
「はい。」
「あの方は顔の右側は爛れて、右半身は不自由だ。馬に乗れない。剣も持てない。いいな?」
「はい。承知いたしました。」
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「へえ…あいつ、そんなになっちゃったんだ。あははははっ。無残だね。まあ、いいんじゃない?最後に役に立ったんなら。そんなになった男でも、婿に欲しいって、笑っちゃうよな。」
セレドニオ様の執務室に報告に向かうと、例によって、まあ…あまり言葉にしたくないありさまだった。女人同士を絡ませて、それを見ながら酒を飲んでいる。
ビエイトに話した通りのセヴィリアーノ様のご容態を、セレドニオ様に説明した。
鵜呑みにしてくれて、助かる。まあ、本当にどうでもいいと思っていらっしゃるのだろう。あの方と同じ顔で笑うセレドニオ様を見る。
「それで?うちの将軍職はどうする気だ?セリオ?」
「ええ。後任が決まるまでは私が代理で動きます。」
「そうか。まあ、いい。お前にも権力欲があったんだな?」
「いえ。そんなわけではございません。」
探るようなセレドニオ様の目が、私をじっと見ている。
冷や汗をかいた。変に勘繰られるのはかなわない。そう思いながら、執務室を後にする。
セレドニオ様は皇帝陛下に似ている。
皇帝陛下は今はもう、公的な場所にはほとんど出てきていない。昨年の夏に避暑地でおくつろぎのところを、ネレアの反帝国主義者にアルコールの入った瓶に火をつけたものを投げつけられた。幸いにして、皇帝陛下の近くにいた側室殿が何人か軽いやけどをするくらいで済んだ。
警備にあたっていた兵にすぐに犯人は捕まり、四肢を切られるという拷問の末、殺された。
…セヴィリアーノ様がネレア国で国王の四肢を切った、という噂は、ここからきているようだ。あの方は…そんなことはしない。
それ以降、そうでなくとも公の場に出ることを嫌っていた皇帝陛下は、ほとんど後宮にこもって、あのセレドニオ様のような毎日を送られている。
子供に命を狙われる恐怖からなのか、双子のお二人以外に子は成さない。女たちは皆、娼館で使う避妊用のお茶を飲まされ続けている。
ネレアを討って来いと言う勅命は、すぐに出された。当時、春先の洪水で大被害を受けていた南西部のオーラ国に、1000の兵を率いて災害支援についていたセヴィリアーノ様が呼び戻された。災害の復旧が滞っていたので、兵は動かさず、師団長にゆだねて、あの方は10名の近しい者だけを連れて、二週間かけて帝国を縦断してネレアに向かった。
ここでセレドニオ様の執務を進めていた私も、ネレア国境付近で合流した。
…そして、まんまと罠にはまった風を装って、反帝国主義の貴族連中を一掃して…当時の国王を退位させて、幽閉した。気の小さい、おどおどとした国王だった。いいように使われたか、祭り上げられたか…嫡男を即位させた。もちろんその前に、よく観察されたようだ。
事を治めて…すぐに報告に帝都に戻り、皇帝陛下に謁見した。
早業だった。そう皆は思ったが、陛下は許さなかった。移動に掛かった2週間を…遅すぎるとなじった。まあ、よほどネレアが怖かったのだろう。それにしても…
そうして、セヴィリアーノ様は文句も言わずに、陛下に命ぜられたまま、ビダル国の調査に向かった。火傷を負ったチロや、ケガをした側近は置いて行ったので、あの方の連れた部下は5人しかいなかった。
…自分は…ネレアで負った火傷の治療もろくに受けれないまま…
セリオは自分の執務室に戻り、滞っているセレドニオ様の業務を片づける。セレドニオ様そっくりなサインを次々と書類に書き込んでいく。
そうそう、忘れないうちに、セレドニオ様名でビダル国にこの度の婚姻のお祝いも贈る。
いったいいつまで…こんなことが続くのだろう。
セリオはペンを止めて、窓の外を眺める。そして…
短い間でも、セヴィリアーノ様がくつろげたらいい、そう思って…。
そう思った自分を…らしくもないな、と口の端だけで笑った。




