第27話 女王陛下の求婚。
セリオ様にセヴィリアーノ様の部屋で待つように言われて、応接用のソファーに腰かけて、待つ。
ガイスカに、
「陛下…プロポーズする時くらい女装したら?」
と言われたので、侍女に見繕ってもらって一番着やすそうなデイドレスに着替えてきた。髪も下ろした。
この後はお疲れでしょうから、今日はこのまま休んでいいと言われた。正直、眠い。
あ…プロポーズするなら指輪がいるんだったかな?花は?手ぶらで来てしまった。
そんなことを考えながら待っていた。
窓からは春の日差しが差し込んでいる。ぽかぽかだ。
セリオ様は賛成してくださったが、サティシュ…あ、セヴィリアーノ様はどうだろう?帝国の将軍をなさっているくらいの方だ…女性遍歴もすごいに違いない。あの美貌だし…行く先々で…スミタみたいな胸の大きなかわいい女性に…
いやいや、そこはそれ、政略結婚だと割り切ってもらっていい。
なんなら、愛人を囲ってもらってもいい。愛人との子供は困るが。
うつらうつらしていたら、ドアの前で警備兵がざわついている。
何かなあ、帰って来たかな?と思って、構えていると、入ってきたのは…
こぼれるばかりの大きな胸をしたプラチナブロンドの美しい女性。ふんわりとしたシフォンの薄いブルーのドレス。豪奢なネックレスとイヤリング。とてもよくお似合いだ。
部屋に入って不思議そうに私を見て、首をかしげてにっこりと笑う。
「……」
「……」
え?さっそく愛人?サティシュの恋人?…美人過ぎる。胸もデカすぎる。あいつ、セリオ様の目を盗んで、こんな美人と…。
ふと我に返って、自分の格好を見ると…侍女みたいよネ?急いで席を立って、その美女に椅子を勧める。
慌てて部屋を出ようとしたところで、サティシュ、あ、セヴィリアーノ様が帰ってきた。修羅場か?いや…修羅場にもなんないか…。私とこいつは、何の関係もないしな。
「ディヤ!」
と嬉しそうに私を呼ぶサティシュを見上げて睨みつける。
まあ…確認もしないで、先走った私のせいだから、これはれっきとした八つ当たりだ。なんか…すごくいいことを思いついた気がして浮かれてた自分がバカみたいだ。
「なんだ?俺に何か言いたいことがあるんだろう?」
ある。あるけど、言わない。言えなくなったってば。にっこり笑うサティシュを張り倒したくなる。でも、そんなことしたら、国家間の問題になるかも。そう思って我慢する。
そうか…変な噂が立って困るのは…お前だったのか?
「客人が…中でお待ちです。殿下。私はこれで失礼いたします。」
「え?ちょっと待て」
奴に手をぎっちりと握られて、振りほどこうとしたが、放してもらえなかった。
ドア前の警備兵が、目を白黒させて…それでも懸命に聞こえないふりをしている。そりゃそうだな、今さっき、ものすごい美人が殿下を訪ねてきたばかりだしな。
「恋人がいる人に、どうこうする気はないから安心してよ。」
「は?」
「なによ?はい、お幸せに。こんなところまで訪ねて来てくれる人がいるなら、私のことなど抱かなきゃよかったでしょ?まあ、あんたは抱き枕ぐらいにしか思っていないんでしょうけどね!貧相な胸で悪かったわね!」
「は??」
ああ、これは本格的な八つ当たりだな。そうは思ったが止まらない。
なんだか無性に腹が立って…涙まで出ちゃうじゃないの!
「放してよ!さっさとあの人と帰ればいいでしょう!」
「ディヤ?」
何を言ってるんだ?みたいな顔で、私のことを覗き込む顔に、これまた腹が立つ。
「何やってんだ?あんたたち?」
すごく冷静な声がする。カミロだ。珍しく正装している。
「痴話げんかは部屋の中でやれよ。丸聞こえだぞ?」
「……」
開きっぱなしのドアから、カミロがさっさと中に入っていく。
「フアナ!殿下の部屋、じゃない、陛下の部屋、って言っただろう?」
「あら、まあ。」
「陛下の部屋に行ったらいないから、心配したじゃないか!さ、さっさと挨拶済ませて家に帰ろう。お前は相変わらず、おっちょこちょいだな。」
カミロがソファーに座った美女を、そっとエスコートしている。語調とは違って、小鳥を扱うみたいなしぐさだ。
「え?フアナ?」
カミロと並んだフアナが、スカートを引いて挨拶する。
「アインゲル殿下、いえ、アイーダ女王陛下でございましたのね?失礼をいたしました。フアナでございます。ご無沙汰いたしました。」
そう言って、にこやかに笑った。そういわれれば面影が残っているか?でも、一緒に野山を駆け巡っていたお転婆な少女は、今は…大輪の花のようだ。
「苦労を掛けたね、フアナ。困ったことがあったら、何でも言ってきて。」
「無いですよ、陛下。俺が幸せにしますから!さ、行こうフアナ。帝国の将軍を見て惚れたりするな?お前は俺の嫁なんだからな!」
「まあ、カミロ。」
カミロはサティシュをフアナの視界から遮るように去っていった。うふふっと二人の笑い声が聞こえる。幸せそうで、何よりだ。
「で?なんだって?」
「え?」
部屋に入って、後ろ手でドアを閉めたサティシュに壁際に押し付けられる。逃げ場はない。結構真顔で怒っている。
「それで?俺の恋人が、どうしたって?」
「あ…それは…あははっ、ちょっと誤解して…でも、でも、あんただって本当は、あんな大きな胸の方がいいんでしょ?」
「…逆ギレか?」
「…だって…。」
「ディヤ、お前の肌が褐色でも…平民だったとしても…まあ、胸が小さくても。さすがに男の子ならどうかだけど。」
そう言いながら、私の片手を離さないまま、サティシュが口づけを落とす。息が苦しい。こいつに食べられそうだ。
「ディヤ、俺に…言うことはないか?」
「ん…さ、あ、セヴィリアーノ様、私と結婚していただけませんか?私の全力であなたをお守りします。」
「…ああ。ありがとう、ディヤ。…抱いてもいいか?」
「ん?いいよサティシュ。今更でしょ?寝よ、寝よ。」
眠いよね?私も眠いよ。サティシュに抱えられて、ベッドに入る。
…私が、抱き枕と、抱く、の意味の違いを知ったのは…そのすぐ後だ。




