第26話 女王陛下の提案。
国内を巡視させていた兵がぼちぼち戻ってきている。セヴィリアーノ様は報告を聞き、問題がありそうなところは、兵を増員させてフール兵の排除を行っている。
殿下の言った通り、もう3日もすれば、ビダル国内からフール兵は撤退しそうな勢いだ。
セリオは一連の報告書を書きながら、執務室として使っている自分に割り当てられた客室のソファーで、寝不足なのか、目の下に隈を作って横たわるセヴィリアーノ様をちら、と見る。
「お疲れなら、自室にお戻りになればよろしいのでは?」
「…広すぎて、落ち着かない。」
横になりながら、仕上げた分の報告書に目を通している。
帝国の宮殿にある殿下のお部屋は、今滞在している貴賓室よりもっと広い。まあ…ほとんど使うことはないけれど。
「セリオ様、よろしいですか?」
思いもしない客が訪れたので、思わず席を立つ。
「どうされましたか?アイーダ女王陛下?」
何時もの軍服姿で、後ろに将軍ガイスカを従えている。少し、警戒する。
「単刀直入に申し上げますね、」
「え?はい?」
「私、セヴィリアーノ様と結婚したいと思いまして。」
「え?」
正直に戸惑う私に、控えていたガイスカが補足説明してくれた。
「ビダルはごたごたがあって、国力が落ちております。偽造金貨の件もあり、体制を整えるにはあと2年はかかるでしょう。」
「……」
「その間に、フールにまた狙われる可能性もあります。かといって、ビダルが帝国の属国になった場合、帝国はフールと国境を接することになり、今より緊張状態になることでしょう。」
「…そうだな。セヴィリアーノ様も同じ考えだ。」
「そこで、ビダルが中立を保ちつつ、帝国の影響下にあると知らしめるためにも…アイーダ女王とセヴィリアーノ殿下の婚姻は大きな意味を持ちます。いかがでしょう?」
「……」
「帝国のお立場としても、堂々とフールをけん制する手段になりますでしょう。万が一の時は、帝国に害が及ばないように、フール軍はビダルが止めます。」
「…なるほど…悪い手ではないな…。」
セリオは人差し指の爪を噛みながら…セレドニオ殿下のことを考えていた。
あの人を納得させることが?…まあ、できなくはないか。
そもそも皇帝陛下は、セヴィリアーノ様が近くにいることを厭われていることだし。
手っ取り早い政略結婚ということだろうな。
「このことは、セヴィリアーノ様はご存じで?」
「いえ。連絡はすべて、セリオ様を通じてからにしろと、申し付かりまして。あの…あの方に婚約者殿や好いた方がいたりするなら、無理にとは申しませんが…。」
どうしたことか、女王陛下がほんの少し憂い顔でそう言った。この人も忙しいんだろう、寝不足のような顔だな。
「いや、そのような方はおりません。しかし…求婚まで私が窓口になるのもどうかと思いますので、直接お願いいたします。部屋に戻るよう伝えておきますので、殿下の部屋でお待ちください。」
そう伝えると、深々と頭を下げて、二人は出て行った。
帝国から来たとはいえ、ただの側近の私に、あんなに頭を下げるものか?
ソファーの背でこちら側からは寝転がる殿下は見えないが、まあ、一部始終は聞いていらしただろう。
「どうされますか?ビダルの提案を飲みますか?」
「できるのか?セリオ?」
固まったまま、殿下がそう言う。
「まあ、私がなんとかします。ただ…セレドニオ様から呼び出しが来るでしょうけれど。それを留め置けるのは、私の力では1年が限界だと思いますので。それでもよろしければ。」
「…よろしく頼む。」
そう言った殿下は両手で顔を覆ていて、表情が見れなかった。声の質から言うと、安堵、だろうか。1年限りだが。しかも、わかりやすい愛もない政略結婚だが。
…あの地獄よりはいい。
「それではお二人でよくお話されてください。殿下は、火傷の後遺症で右半分のお顔が爛れて髪でおおわれており、右半身も自由に動かせず、剣も持てず、馬にも乗れないので馬車に乗った。長旅にはこれ以上耐えられないだろうということで…よろしいですね?」
「…ああ。」
「ビエイトにも伝えて…それゆえ、連れて帰れなかったと。こんな筋書きで。」
「ああ。だが…お前は大丈夫か?」
こんな時にまで…他人の心配か…相変わらずだな。
「うまくやっておきます。」
「いや…お前の母御に危険は及ばないか?」
…まさか、今、母の話が出るとは想像もしていなかった私は…心底驚いた。
「…ご存じでしたか?」
「まあ、セレドニオのやりそうなことは見当がつく。お前も…大変だったな。俺には力が無いし。」
この双子の兄弟の乳母だった私の母は…私たちが12歳の時に、後宮に事実上幽閉された。表向きは、後宮の侍女に召し抱えられた形だが。
私が母の命と引き換えにセレドニオ様に脅され、服従する日々が、その時から始まった。
私は…セヴィリアーノ様の行動を常に把握して、常にセレドニオ様に報告した。
そうすることでセレドニオ様は…この方を支配し続けてきた…。
「このぐらいのことは、問題ないですよ。馬に乗れない殿下を、セレドニオ様は欲しないでしょうから。」
「そうか…。ありがとう、セリオ。」




