第25話 独り寝。
「入ってよろしいでしょうか、セヴィリアーノ様。」
ビダル国女王陛下が俺の部屋を訪ねてきたのは、もう随分と遅い時間になっていた。ここのところ、忙しいのだろう。当然だ。
「ああ。」
「失礼いたします。」
そう言いながら、入ってきた彼女はまだ軍服を着ていた。
「やっと抜けてきたヨ!遅くなっちゃった!もう眠いでしょ?サティシュ?お風呂は?」
「入った。」
暖炉の前のソファーに腰かけていた俺の隣に腰を下ろす。このところ、執務の合間を見て抜け出してきては、俺におやすみを言って、また戻っていく。
「もう少しで何とか片付きそう。人も集まったしね。」
「…そうか。大変だな。」
そう、これからも、な。
「俺は5日後に出立することになった。今、ビダルの兵とうちの兵が合同でフールの残党がいないかどうか調べているだろう?それが終わり次第、去ることになった。」
「…あ…そうか…。」
「それに、もうここには来るな。パヴァンが帰ったから、今日から護衛がビダル国の兵になった。変な噂はない方がいいからな。いいな?」
「…そ…そうだね?私たち、何でもないんだけどね?疑われちゃうか?あははっ。」
「あの、カミロという男もなかなか使えそうだな。」
「え?ああ、うん。」
「では、女王陛下、お帰り下さい。今後すべての連絡事項は、俺の側近のセリオを通してくれ。もう、今までとは立場が違うし、それを許してくれる人も、もういないんだ。わかったな?」
「…あ、はい。では…」
「……」
「では、失礼します。セヴィリアーノ様。」
パタン、とドアが閉まる。
…セヴィリアーノ様、か…。
4月になったが、ビダルの夜はまだ冷え込む。
火の入った暖炉の薪が、パチッと音を立てる。
*****
きりがないので夜半にようやく自分の部屋に戻る。久しぶりにベッドの上で寝れるぞ。ここのところ、執務室で仮眠生活だったから。
はあ、一人でのびのび寝るなんて久しぶり、と、明るい声で独り言を言って、ディヤは布団に潜り込んだ。
寝返りを打つのも自由にできる。大の字になっても文句を言うやつはいない。
でも…少しも寝れないうちに、外が白々と明るくなってきた。
窓に背を向けるように、ディヤが何十回目かの寝返りを打つ。
*****
「アイーダ様?」
「……」
「アイーダ女王陛下?」
「…は…?」
執務室にガイスカが来ていて、私を呼んでいたようだ。上がってきた新しい人事案を確認していたが、少し、ぼーっとしていた。
「あ、どうした?」
「実は、フアナのことなんですが…」
「あ…」
ガイスカが昨夜自分の屋敷で、久しぶりに城から帰ってきた息子、カミロに、いきなり土下座されたらしい。
「父上、一生かかっても必ず返します!俺に、金を貸してください!」
この親子は和解して、今回の生誕祭の時も情報を共有していた。カミロの貴族籍も早々に戻した。カミロは今、財務大臣を兼ねて造幣部の長になって、新しい金貨を作る段取りをしている。
「金?なんだってまた?」
「私もそう思いました。どうも、フアナを娼館から身請けしたいらしい。」
そう言ってガイスカが、楽しそうに笑った。
「フアナのいる娼館のばあは、中々がめつくてね、大金を積まなければいけないらしくて。あははっ。あいつのあんな真面目な顔を見たのは、3年ぶりですね。自分でもこつこつ貯金していたらしいんですが、そんなはした金で動くようなばあではありませんしねえ。」
「……」
失念していた。フアナの侯爵家は国預かりになっているので…
「そうだな、ガイスカ。離宮の、あの側室殿の持ち込んだ家具やら貴金属やらの処分に困ると言っていたから…それをみな競売にかけて、侯爵家の慰謝料にして…足りないか?…再興するには、フアナを貴族籍に戻して…。でも…娼館…フアナには苦労をさせてしまったな。」
「そうですね。でも、カミロはフアナを身請けして、嫁にしたいと言ってきましたので。」
「え?嫁?…結婚するのか?」
「はい。今朝早く、屋敷にある金をあるだけ持って、もう向かっております。うちにはカミロの下にまだ弟が3人もいますのでね、うちの嫁にでもいいし、侯爵家の婿に出してもいいと思っております。その辺は…またご報告いたします。フアナのことはご心配には及びません。娼館のばあに私がぎっちりと金を握らせて、客を取らないように頼んでございましたのでね。息子は…カミロは交流があったらしくて、今回のカツラの情報も、フアナからの物だったようですよ?」
「そうか…結婚するのか。」
「はい。幼いころから好きだったと、たとえ傷物になっていたとしても嫁にしたいと申しましてねぇ…。」
ガイスカは嬉しそうだ。嫡男が戻って、良い嫁まで来る。
「そうか…結婚か…。そんな手があったか…。」
「は?どうされましたか?陛下?」
「…ガイスカ叔父様!私も結婚することにする!」
「え?は?」




