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第23話 フアナ。

「あら、随分と久しぶりじゃないの?カミロ。忘れられたのかと思ったわ。」


そう言って、ふわっと笑ったのは俺の幼馴染のフアナ。今の名前はダリアだ。

秋のはじめ、心地の良い風が吹いている。


「雑兵の給金なんかで、そうしょっちゅうはお前に会いに来れないんだよ。」


今の俺には半年に一回で精一杯。なにせ、フアナとこうして向かい合わせで1時間お茶を飲むだけで、金貨一枚かかる。

一緒に隣でお酒を飲むとなると…金貨5枚で2時間。あのばばあ…金の亡者だな。

まあ、だからこそ、フアナはこうして笑っていられることを考えると、感謝しなければいけないのかもな…。


フアナが娼館に来た当初、初老の貴族が、ばばあに随分と大金を積んだらしい。時期が来れば迎えに来るので、置いておいてほしい、と。


以来、フアナは娼館に身を置きながらも、客は取らず、こうしてお客とお茶を飲んだりしてばばあが小銭を稼いでいる。気の利いた会話は商売に直結するので、教育も受けさせてもらっているとフアナに聞いた。


俺は…初めのうちは家から多少持ち出した貴金属を売って、月に一度は来ていたが、それもあっという間に底をついた。あとは、給金をこつこつためてお茶に来ている。そのほかにも…こいつを身請けするために貯金しているが…百年たっても無理かもしれない。そうは思うが、続けている。アインゲル殿下は救えなかった。せめて、フアナは救い出したい。


娼館の中庭に出されたテーブルにお茶のセットがしてある。少し離れて用心棒が3人もいる。


お茶を出してくれるしぐさも、相変わらず無駄がなく綺麗なものだ。

薄いブルーのドレスは胸を強調した襟ぐりの空いたもの。でも、下品には見えない。白い肌に、流れるように銀髪がかかっている。


出されたお茶を飲みながら、近況とかを聞いて、大体一時間終わってしまう。


「そう言えばね、新しい女の人が入ってきてね…」

「ふーん。」

「昔、王城に勤めてた、って言うんだけど、見たことはない人だったわ。」

「……」


それはな…俺とフアナと一緒に小さな時からアインゲル殿下の遊び相手として王城に上がってはいたが、働く人は何百人といるからな?


「元々は髪結いをしていたらしいんだけどね、乞われて、王子のお世話係をしていたらしいんだけど、粗相があって首になって、商家に嫁に行ったんだけど、今度はそこが破産してしまって…流れ流れて、此処までたどり着いたみたいなの。」

そこまで言って、フアナがお茶を飲む。


「じゃあ、王子、と言ってもアベリオ様の離宮かな?」

「そうかもね。」


あれから…もうすぐ3年になる。

俺もフアナも18歳になって…生きていらっしゃればアインゲル殿下も…もうすぐ18歳になられたはずだ。


「粗相って、何があったんだろうね?」

「何でもね…髪を染めていたら、王子がかゆいと暴れたらしいわ。」


フアナが面白そうに笑っている。あり得ない作り話だと思っているんだろう。


「…髪?」

「ね?何の話なのかしら?その方、綺麗な金髪なんだけど、お詫びとして髪を切って置いて行けと言われたらしいの。不思議な話でしょう?」

「……ああ。」


昔、王城に勤めていた、なんて昔話はよく聞く。

そう言う俺だって、フアナだって、貴族の令息・令嬢だったわけだしな。傍から見たら、何夢のようなこと言ってんだって思われるだろうな。


用心棒の男が、俺に目配せする。

もう時間か。軽くうなずいて、承諾を伝える。


「ねえ、カミロ。今度はいつ来る?」

フアナが珍しくそう聞くので…


「来年の春になるかな?元気で暮らせよ?」

「…そうね、あなたもね?カミロ。来年の春には、私はいないかもしれないわ。もう18歳になったし。そろそろお迎えが来るんじゃないかって、言われてるの。」


「……」


並んで歩くことは許されていないので、席を立ってお暇する。


中庭の出口で、一度だけ振り返ったら…フアナは空を見上げていた。抜けるような青の、綺麗な空だ。



*****


私は小さなころから王城に上がって、アインゲル殿下とその従兄の公爵家の息子のカミロと3人で、一緒に育った。

お勉強も、剣術も馬も…皆で一緒に学んで、のびのびと育った。お転婆だった私は、女だからという理由で置いて行かれるようなこともなく、そう…いつも3人だった。


大きくなるにつれて、どうも私はアインゲル殿下の婚約者候補なのだろうと、親戚のおばさま方のお話を、ちらっと聞いてしまった。そう言うこともあるのかもしれない。そう思った。


何事もそつなく、アインゲル殿下は優秀な方だった。

礼儀作法も完璧で、素敵な方ではあったが…私はそんなアインゲル殿下のためにひたすら努力を続ける、やんちゃで正義感の塊のようなカミロが…好きだったのになあ。


「俺が父上の後を継いで将軍になって、殿下のこともお前のことも守ってやるからな?」


小さなころからのカミロの口癖だった。


あの事件があって…私は殿下の婚約者どころか、娼館に身を落とし、

カミロは…自分の父と決裂して、平民の雑兵になった。



今は亡きお母様が嬉しそうによく言っていらした。

「フアナはね、大きくなったら国母になるって、占いで言われたのよ?」


お母様?…私は国母どころか…随分遠いところに来てしまいました。



秋の空は抜けるように高く、青く…去っていくカミロを視界に入れないように、フアナは空を見上げる。











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