第21話 ビダル国へ。
3月も末に近いが、ビダル国内はまだ雪が残っていた。
帝国はもうすっかり春めいていたので、薄手のコートしか持ってこなかったセリオは思わず身震いする。寒い。
滞在していた借り上げた領主館から、100名だけ兵を率いてビダル国に入る。
ビエイトは残りの900の兵と国境を固める。
セヴィリアーノ様は侍女を連れて馬車に乗った。
私は一番後ろの馬車で荷物を積み込んで後に続く。ビダル国の王太子の誕生祝である偽金貨100枚も一緒だ。
殿下が護衛だと言って連れてきた男二人は帝国軍の制服を着て、馬に乗っている。あまり詳しいことは聞いていないが…よほど信用しているのだろう。あの女も。
ただものではないようだが…今回の、駒、なのかもしれない。
ビダル国にはフールの兵がかなりの数いる、と聞いていたが、今のところうろうろしている奴はいない。国境沿いに帝国軍が1000も入ったのだ、警戒はされているだろう。
この国の、今の王太子の母は、フールから送られた王女だ。正妃は既にいたので、側妃で入った。
…あのごたごたがあってから…もう3年以上過ぎた。
正妃が国王を刺殺するという、驚くような事件があり、当時の第一王子も反逆罪で処刑された。それでも帝国は静観した。
ビダルは完全なる独立国であり、しかも、帝国にもフールにもなびかない中立国として存在していた。そのままの立場を保っていさえすれば、帝国が干渉することはない。もちろん、この国を取ってもいいが、そうすると山脈越しとはいえフールと帝国は隣接してしまう。フールとの国境沿いに大軍を配し続ける必要が出てくる。
…そんなことをするよりも、ビダル国に頑張ってもらった方がいい。
3年前、セヴィリアーノ様はそう言った。
今回、セヴィリアーノ様が動いたのは…ビダルが王太子の即位のタイミングで大きくフールに傾くから…あたりだろう。
我々は3日をかけて、ビダル国の王城に到着した。
*****
「緊張しているのか?ディヤ?」
「え?そりゃあ、まあね。」
心配そうに、私の顔を覗き込む黒曜石のような瞳。
馬車の中はずっと二人きりだ。かつて見慣れた景色が流れていく。
緊張、ね…。
ビダルの王城が近づくのもそうだが、目の前のサティシュの正装姿にめまいがする。黒髪は右目を隠して流されて、黒字に銀糸の刺繍の入った正装。いい男過ぎて眩しい。
…そりゃあ、スミタも惚れるわけだ。
しかも…こんな男といつも同衾していたのかと思うと…自分で飽きれてしまうほど恥ずかしい。私の知っているサティシュは…もっと、こう、甘えん坊の脳筋男だったが。
サティシュが、座っていた向かい側の席から私の隣に座りなおすと、ひょいっと私を膝に乗せた。
ん?
おもむろに…左手で器用に侍女服のボタンを外して…
「え?なに、ちょっ…」
有無を言わさず…いつものように私の下着の上から、私の胸を大きな掌で覆う。
「はあああ…落ち着く。」
は?あんたが落ち着いてどうする?
「……セヴィリアーノ様?」
「は?普通に呼んで?ディヤ。」
「…サティシュ?」
「ん?ディヤ、こっち向いて?」
「え?」
思いもしない本格的な口づけをされて、頭がパニックになる。
ようやく離されたとと思ったら、首筋と、そのまま下がって鎖骨の下に吸い付かれた。
「ちょ!!!!サティシュ!」
顔を押し戻すと、奴はいたずらっぽく笑って…言った。
「どう?緊張ほぐれたでしょ?」
…は?
この野郎!からかいやがったな!




