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第16話 カミロ。

その雑兵を抱え起こして、安宿に戻る。パヴァンが肩を貸してくれた。

パヴァンの部屋に運び込んで、床に寝かせる。上着を脱がせて、傷を確認する。

まあ…大丈夫そうか?


顔が腫れて、口元が切れて血が出ている。

ハンカチを濡らして押さえる。


「カミロ、水を飲むか?」

「……」


手当中も、私の顔を驚愕のまなざしで見ている。まあ…だろうな。

少し体を起こして、コップから水を飲ませる。


…その間も…目を見開いて視線をそらさない。


「誰だ?お前の知り合いか?かかわって大丈夫なのか?」

サティシュが訝しげな顔で言う。


「私の…従兄で、幼馴染だ。公爵家の嫡男で、カミロ。次期将軍だ。」

「は?いや、しかし、こいつの着てた制服は、平民用の雑兵の物だぞ?逆に怪しくないのか?」

同じことを考えていたのだろう。パヴァンが構えている。

「パヴァン、剣から手を放せ。信用に値する者だ。私が保証する。」


まるで化け物を見るような目で…カミロが口を開く。


「…殿下?アインゲル殿下?…」

「ああ。久しぶりだな、カミロ。」


跪いた私にしがみついてきた。思わずバランスを崩しそうになって、なんとか踏ん張る。

「カミロ、大きな図体で、泣くな。」

「い…生きて…」

「ああ。」


金髪の短いくせ毛も変わらない。顔は殴られて腫れているが。

私が知っている頃より、はるかに身長も伸び、筋肉も付いたようだな。3年離れるって、その位変わるんだな。あの頃はそんなに体躯も変わらなかったのに。


私にしがみついて泣くカミロの背中を支える。


「…いつまで引っ付いている気だ?離れろ。」


サティシュ?


「ことによっては処分する。なぜ大公家のお前が雑兵の格好でうろうろしていた?」


珍しくイライラした声だ。無駄に威厳があって怖がるでしょ?


まだ涙目のカミロが、チラリと視線をサティシュに向けて、私に戻す。

「ああ。私の護衛だ。フールの制服は便宜上着ているが、私が保護されていたのは帝国だ。」

「…保護?」

「ああ。まあ、私もいろいろあった。カミロ、お前は何があった?」




あの日、人生が変わったのは、私だけではなかった。


牢で反抗したアインゲル殿下は将軍ガイスカ、カミロの父に蹴り殺された。それが正式発表だった。貴族院での遺体の確認も行われた。顔は崩れるほどのありさまだったらしい。

ガイスカは側室殿の信頼を得て、殿下を蹴り殺してもなお、将軍職にとどまった。


カミロは父に抗議し、憎んだ。正しいことを言っているのがどちらかもわからないのか、と。

結果、父に廃嫡され、貴族籍を抜かれ、平民の雑兵に落ちた。それでも王都にいたのは、いつかこの虚構を暴くつもりだったから。それと…フアナのことがあったから。


同じく一緒に育った、侯爵家令嬢のフアナの家は没収された。侯爵殿が最後まで抗議を続けたので、邪魔だったのだろう。王城に向かう途中でご夫妻と嫡男は事故死。残ったフアナは…グルツの命で娼館に売り飛ばされた。


それ以来…表立って抗議の声をあげる貴族はいなくなった。


その侯爵家の身分をそっくりもらったのが、側室殿の側近、グルツ。グレーの髪と緑の目を持った男。


「金貨は?いつから混ぜ物をするようになった?信用問題になるぞ。帝国にもビダル金貨は質の良さで評価されているのに。こんなものが流通し出したら、貨幣価値自体が揺らぐぞ?」

「宰相が頑張っていたのですが…ついに失脚させられまして…。今はグルツ候の息のかかった者が政治も造幣も携わっています。」

「…だろうな。」


「殿下!殿下が出て行きさえすれば!」


しがみついてくるカミロの手を取る。

興奮しているカミロを諭すように…なるべく声を抑えて話す。


「私がのこのこ出て行って、母上の罪も覆すことができないのに、何ができる?私は今のところ、王殺しの女の子供でしかない。しかも私は脱獄している。今出て行っても、殺されに行くようなもんだな。」

「しかし…」

「今、情報を集めている。まあ、待て。」

「しかし、殿下…この3月末のアベリオ様の15歳の誕生日に、あいつらは貴族院を開催するつもりです。そこで…力ずくでも王位継承させる段取りです。もう…時間がありません。」


「いや、まだ2か月もある。何とでもする。」


おとなしく聞いていたサティシュがニヤリと笑って口をはさむ。


「要は…ディヤ、お前にこの国を取り返してあげればいいんだろう?」


…こいつ…何を簡単に…猫に取られた魚を取り返すわけじゃないんだから…


「え?」


カミロが…当惑している。


だよな、わけわかんないよな。普通。しかも、どう見てもレマの民だしな。


カミロに水を飲ませて、落ち着かせる。


「…アインゲル殿下…何をどうやって、生き延びられたんですか?」


「カミロ。お前の父はバカでも卑怯者でも、権力に媚びを売るような者でもない。自分の責務を忠実にこなそうとしている。」

「……」

「お前は私にまだ、忠誠を誓えるか?」

「はい。」


きちんと片膝をついて、カミロが私の手を取ってうやうやしく口づけを落とす。


「殿下にこの命を捧げます。」


「…いや。自分の命は大事に自分で使え。私には忠誠を。いいな?」







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