ディアフ……ミシン?
「契約した海の精霊が呼び出される時は、主の力量と同じ姿や性質を体現して現れる。ははっ。可愛らしいじゃねぇか。兄弟みてぇだなあ。カナタ」
「確かに弟みてぇかも。オレは一人っ子だったから、兄弟には少し憧れてたんだよな。ビャク。よろしくな?」
「ビャク。カナタとケーヤク出来て嬉しい。よろしくきゅい」
飛びついて来るビャクを受け止めて、カナタは頬をつついてみる。擽ったそうに震える仕草は、子イルカの時と同じだった。
「蒼συμφωνία」
カナタの契約の仕方を見ていたイツキも契約を完了させる。水色の子イルカが、同色の光を放って弾け、イツキの右耳のピアスに吸い込まれる。カナタと対のイツキのピアスは、水色のアクアマリンへと姿を変えた。
「ソウ」
イツキが名前を呼ぶと、ピアスから溢れた水色の光は、ビャクとは明らかに身長差のある人型を形作る。
水色髪で左目が隠れており、水色の服。カナタやイツキと同年代位の青年姿だった。右目はイツキと同じ濃緑だ。
「思っていたより、大きくなってしまったきゅん」
違和感があるが、語尾は子イルカの時と同様だった。カナタの腕からぴょんっと下りたビャクは、ソウの周りをぐるぐる回り、キラキラした瞳を向けている。
「ソウ! ソウ! カッコイイきゅい。いいなー。ビャクもかっこよくなりたいきゅい」
「いい名を貰えてよかったなあ。大丈夫だビャク。おめぇさんは主と一緒に成長出来る。カナタの成長を楽しみに、支えてやってくれな?」
「任せるきゅい! きっと、ビャクは、カナタのお手伝いをたくさんして、ソウよりかっこよくなってみせるきゅい」
ふんすっと胸を張る姿は、小さな子どもそのもで、みんな笑顔になっていた。
「ソウ。聞きたいんだが。自分の意思で、背格好や姿を変えたりする事は出来るか?」
「元のイルカ姿や身長の事きゅん? イルカ姿には、ソウも、ビャクも、戻れるきゅん。人型は、やった事無いから分からないきゅん」
「そうか。お前達は、まだ生まれたばかりだったな。それじゃあ試しに、ビャクと同年齢位の姿にはなれるか?」
「イツキがその年齢のソウをイメージしてくれたらなれるかもしれないきゅん。主と契約精霊は繋がっているきゅん」
頷いたイツキがソウを見てから目を閉じる。応答するように光ったソウの姿は、ビャクと同じ位の年齢になっていた。はわわわっと、ビャクの瞳が再度輝く。
「ビャクと同じ、お年きゅい? 嬉しいきゅい!」
「驚いたきゅん。もしかしたら、他にも色々出来るのかもしれないきゅん」
2頭(?)で並ぶ姿は、髪型が対のせいもあるのか、双子のようだ。
「必要な時だけ呼び出す。戻す。姿を変える。全部契約者の意思で出来るが、出してる間は、姿形の能力の高さに応じて、自分の魔力を消費してるって事も忘れねぇようにな。ビャクとソウを可愛がってやってくれな」
イルカの姿に戻って貰い。カナタとイツキは旅支度を始めた。
カナタは襟付きの白シャツの上から、水色のショート丈の半袖メンズチュニックに、腰回りを少し詰めたサルエルのような雰囲気を持つパンツ姿。
イツキはグレーのレースアップシャツの上から、若草色の袖なしメンズチュニックを身に着ける。下の白いパンツは、テーパードパンツに似ていた。
2人共革製の胸当てと、肩当て、革製の小手を聞き手の反対に装備している。腰元のベルトには、皮の水筒と簡単な皮袋。
中身は簡易ポーションだ。その上から、2人共。同色のマントを羽織った。カナタは、弓と矢筒もベルトで背負う。
「イツキ似合ってっけどさ。いつもと全く違ぇから、コスプレ感あるよな?」
「カナタも人の事は言えないだろう? まあ、いつもの服装だと浮くから仕方ないが」
2人は笑い合い、互いに同意を示した。フィロスが顔を覗かせる。
「2人共準備出来たな。なら、ドルチェの嬢ちゃん。ここを暫く頼むな?」
ドルチェに見送られ、空間の歪を通って辿り着いた狭間の港町は、カナタが住んでいた場所とは全く異なる異世界だった。常に沈まない月が見下ろすクリソミーリャの港町は、幻想的で賑わっている。
「おお。歪使うと早ぇなあ。俺はちぃと、街一番の娼婦との面会を、紅薔薇に口利して来るな。少し時間が掛かるかもしれねぇから、その間は自由に見て回っていいぜ。念の為イルカを出しときな」
使役獣のイルカを出し、肩に乗せておく。降り立った波止場から見える、町の住人達を見止めたカナタの足は、その場に縫い留められてしまった。
「やべぇ。見事に異種しか居ねぇんだけど」
「大丈夫かカナタ? 無理はしなくてもいいぞ」
引き返そうにも、通って来たはずの道は消えてしまっていたのだが、気遣うイツキはカナタの隣で心配そうな表情を浮かべる。
「ねぇ。君達。この街は初めて? 案内してあげようか? 今はお祭りの期間中だから、きっと楽しませてあげられると思うんだけど?」
声を掛けて来たのは、妙に身なりのいい、金髪碧眼の眩いばかりの青年だった。甘く低い声音は、その辺の女性を無条件に連れ出せてしまいそうな響きを纏う。
カナタ達の肩の上のイルカ達が、警戒したように青年を見つめる。
「ああ! そうだった。街を見て回るなら、この街の通貨が要るよな? そういや。ジュンさんも来てるらしいぜ?」
少し進み、思い出したように踵を返したのだろう。大きな声が後方から聞こえて、カナタとイツキは振り返る。
この街の通貨を渡して、後でなと、今度こそ去って行くフィロスを見送って視線を戻すと、さっきの青年は忽然と姿を消していた。
「アイツ、怪しかったきゅい」
「そうだよな? なんだったんだろう? 妙に身なりが良かったから、この街の貴族かなんかかな。イツキ知り合い?」
「変わった香りがしてたきゅん。危ないヤツならマズいきゅん。フィーに知らせるきゅん?」
「いや。取りあえずは様子を見よう。俺には見覚えはないんだが」
首を振り、溜息をつくイツキ。カナタと同じで足は重そうだった。
「やっぱりあの子が欲しいな……」
物陰でカナタとイツキを観察していた男は、しばし模索し、その場を立ち去った。
「イツキ。お前さ。なんでそんな風に……」
「わあぁぁぁっ!」
イツキとその母親の事を聞こうとしたが、カナタの声は、行き交う人々が立ち止まって上げた、突然の歓声によってかき消された。
2頭の子イルカが、それぞれの肩の上で、驚いて固まる。
いつの間にか見ていた通りに人垣出来ている。不思議に思ってイツキを見るが、イツキも知らないのか首を振った。
なんだが美味しそうな匂いもして来て、カナタは一歩踏み出した。イツキもゆっくとそれに続く。
人垣へ向かった2人は、青いワンピースを身に着けている、獣人の女性にぶつかった。フワフワとした垂れた耳が揺れる。
「失礼レディ。お怪我はありませんか? 先程、通りすがりの方に、お祭りがあっていると伺ったのですが、なんのお祭りか、ご存じですか?」
イツキに声を掛けられ、一瞬ポーッとする女性。イツキがシルバーフレームを直すと、ハッとして。
「あら、素敵な旅の方。この街のディアフミシーは初めて?」
「ディアフ……ミシン?」
「違うわよ。坊や。ディアフミシー。広告の事。この街は、ブルーローズと紅薔薇の2つの娼館が経済を回しているの。今日は、年に一度のディアフミシー! 大金を積んでもお目に掛かれない、両娼館のナンバーワンが、娼館の宣伝を兼ねて大通りを練り歩くのよ」
女性は両掌を組んで、期待に満ちた眼差しを大通りへと向ける。
「はあ、ブルーローズのナンバーワン。青薔薇の貴公子様に一度でいいからお目通り願いたいわ。高位貴族しかお相手なさらないらしいのよね。庶民の私には夢のまた夢ね」
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