無人島への誘い
(掛かった。イツキは……ん、このままいけそうだな)
まだまだ余裕そうなイツキの表情を確認すれば、帆柱を起点にして、左右。上下。右斜め、左斜めとカナタは弓を放って方向の指示を出す。
多少のブレはあるものの、各方向を指示するカナタの弓矢は上手い事飛ばせているようだ。
カナタが、イツキやクラーケンの速いはずの動きを追え、更に距離のあるイツキの表情すらもハッキリと見えているのは、きっと左目のお陰なのだろう。
クラーケンの触手が、ネックレスの鎖の塊のようになった所で、幸か、不幸か。帆柱へと落雷が起こった。
(ちょ、嘘だろっ!? このタイミングで落雷とか、なんつー間の悪いっ!)
落雷の衝撃で、ボッキリと根元から折れた帆柱は、船首を巻き込んで、クラーケン諸共海底へと吸い込まれて行く。
予想外はあったにせよ、結果的にはカナタの策略通りに、クラーケンは船体ごと海底へと沈む事になったのだった。
真っ2つに折れてしまった船体が、海面に叩きつけられた衝撃で、風呂の栓を抜いた時のような大渦が海底に起こり、巻き込まれたカナタとイツキも海底へと引き込まれていく。
(やべ……まだなんも始まってねぇけど、オレ、このまま死ぬの、かな?)
渦の中は、手足が引き千切られてしまうかと思う程に全身が痛い。思考も、体温も、徐々に奪われていき、遠心力に逆らう気力さえカナタには湧かなかった。
『し、しまった! 我とした事が、力の加減を間違えてしまった! 海の藻屑になってしまっては、林檎を見つけられなくなるではないかっ!?』
嵐の中、稲光が山のような巨体を照らすと、長い髭のあの山男が、頭を抱えている姿が見えた。落雷の犯人は、きっとエリスティックなのだろう。
(あー、アイツ。絶対ぇ脳筋だわ……ってか、なんで海の神様。親子揃ってポンコツなんだよ……)
必死に泳いで来たのだろうか、乱れ髪のイツキがカナタを抱き寄せると、酷い疲労感を感じて、カナタは意識を手放した。
抱き寄せた瞬間に、重みを増すカナタの身体。その身体が無事な事を確認すれば、イツキは渦からの脱出を試みる。海の守護のお陰か、激しい渦潮の中でもなんとか泳ぐ事が出来ていた。
鍛えているイツキの体力も無尽蔵とはいえない。どうにかこうにか渦潮を脱出したものの、カナタを抱えたまま、陸まで泳ぐ事への体力の不安もあった。
(カナタが無事で良かった……)
渦潮の引力が及ばない距離まで来ると、カナタを仰向けの自身の胸元へと引き寄せて、海上の浮力を利用し、イツキは体力を温存する。
「カナタの体温が下がり始めてる」
初夏とはいえ、海中の温度はまだ低めだった。無衣の加護のお陰か、ターゲットを見失った山男が引き上げていくのが遠目に見える。
「あれはエリスティック? 取り合えずの危機は去った、か?」
カナタの背を撫でながら、イツキは視線を動かす。渦潮の方向から、水飛沫を上げながら、2体の影が近付いて来る。
(まずいな……今は、カナタを守りながら戦える気がしない。カナタだけでも助けなくては)
カナタを逃がす術を考えながら、敵襲に備えるイツキだったが、2つの影はフィロスとドルチェだった。
「おうおう。2人とも無事だったか。すまん。すまん。酔いは醒めたからもう大丈夫だぜ。世話掛けたなあ。んっ? カナタは気を失ってんのかい?」
その影がよく知る人物達だと分かれば、イツキは警戒を解く。
「初めての戦闘で疲れたんだと思います。苦手な異種と対峙していた緊張感もあったでしょうから。体温が下がって来ているのが心配です。早くカナタを休ませてやりたい」
「そういうおめぇさんも、疲労が顔に出てるぜイツキ。 近くに無人島がある。身を隠せる洞窟もあったはずだ。ドルチェの嬢ちゃんと俺で連れてく。掴まれ」
イツキがカナタを抱えたまま2人に掴まると、人間が泳ぐのよりも明らかに早い速度で無人島に辿り着く事が出来た。
「こんな場所があったとは……」
島に足を踏み入れたイツキは、辺りを見渡す。島内の木々が生い茂る山の中に、ポツンと蔦の絡まる洞窟があった。入り口は、大人1人が這って入れる位のサイズだろうか。
「けど、入り口がこのサイズだと、大人2人が同時に入るのは難しそうさなあ。少し削るか」
呟いたフィロスは、掌に、大人2人が入れそうな大きさの水の球体を作り出し、入口へとぶつけた。キュイーンと固いものを削るような音がして、洞窟の入り口は綺麗な5角形に拡張された。
「隠れ場所としては、あの入り口のままの方が良かったのでは?」
「あんなサイズじゃ、カナタを抱えたまま潜れねぇだろ? 軟体動物じゃあるめぇしなあ。入ったら結界のドアでも付けとくさね」
果物も群生している島の広さは相当ありそうだが、緑が深いせいで、島の全貌は分からない。島の周りは海に囲まれており、見える範囲に他の島は無さそうだった。何故かモンスターの気配もしないので、身を隠すには最適なのかもしれない。
洞窟内は、狭い入口に反して、開放的な空間が広がっていた。見上げると、島の木々からなる自然の天井が形成されており、木漏れ日が入る明るい場所だった。天井は高い。
「すごいな。まるで天然の要塞だ。設備が整えば拠点としても使えそうだ」
洞窟の真ん中に、大きな鍾乳石がそびえ立つ光景は圧巻だ。鍾乳石の根元の突起が人の顔のように見えるのは少し不気味だが、それを覗けば壁も厚く、要塞としても機能出来そうな程だった。
「なら、俺が拠点を作ってやろうかね。まずは寝床だろ。おめぇさん等は個室がいいよなあ」
顎を撫でながら呟けば、フィロスは水の球体を出して、なにやらこね始める。程なく、白と水色の、半透明の二頭の子イルカと、ウォーターベットが出来上がる。
ウオーターベットを、一番暖かそうな、鍾乳石の根元近くに配置して。続いてフィロスは、イルカそれぞれの腹に、軽く唇を押し当てた。
「何をすればいいんだきゅぃ?」
「建設きゅん!」
「ンギュイッ! ギュイ、ギュィィィ♡」
フィロスに命を吹き込まれた事で宙を泳ぎ、人語を操る子イルカ達を見たドルチェは、頬に両方の胸鰭を当てて、潤んだ瞳を向けていた。翻訳するならば、「んまあっ! かわ、いいいぃ♡」という所だろうか。
「指導係はドルチェの嬢ちゃんに決まりかね? 明日には部屋も出来てるだろうさ。イツキ。今はカナタと眠っておきな。明日からも忙しくなりそうだからな」
カナタをウォーターベッドへとそっと下ろすイツキ。ベッドの端へ腰掛けると、数分もせず、イツキも眠気に襲われた。程よい温かさの柔らかなベッドが心地いい。
無意識にカナタの存在を確認するように引き寄せて、腕に閉じ込めたイツキは、カナタと寝息を立て始める。
「カナタ、イツキ。今日はお疲れさんだったな。今はしっかり休むんだぜ。おやすみ」
そんな2人を穏やかな眼差しで見守りながら、フィロスは拠点造りを開始するのだった。ゆっくりと夜が明けていく。
「んっ? ここ、は?」
カナタが目覚めると、見知らぬ場所だった。何故か目の前にイツキの寝顔があり、天井からは木漏れ日が降り注いでいる。
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