表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】転生者(の親族)のオレがアップルハザードで王位についてしまった件  作者: いろは えふ
第1章 異界からの来訪者(巻き込まれの始まり)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/59

自分の道を

「あの人は天界じゃ3番目にお偉い方だ。冥界が無くなっちまったら、死人が皆行き場を失っちまう。誰もが避けて通れねぇ死を司る、唯一無二の重要な国だから、神々も易々と手は出せねぇし、壊せねぇのさ。そこの王様にもな」

「け、けど。そんな事出来るわけ……」

「普通は当然出来ねぇさね。けど、今おめぇさんはなんだい? 神様等が喉から手が出る程欲しがっている、強欲の林檎様。だろ?」


 フィロスの提案に合点が行くと、3人は一様に頷いた。


「それに、林檎を手元に置いとくって事は、冥界に取っても悪い話じゃねぇ。いざと言う時にゃ、こんなに強力なカードもねぇしな。穏やかじゃあるが、あの人は食えないお人だぜ。絶対敵に回したくはねぇタイプだわな。そうでもなきゃ、冥界の主なんざ務まらねぇだろうけどもなあ。あー。くわばらくわばら」

「で、ですが! そんな立場のカナタは、人質同然ではないですか。そんなのは……」


 食って掛かるイツキを、フィロスはジェスチャーだけで窘める。

 

「違ぇねぇ。でもな。あの人は、簡単に危険なカードは切らねぇのさ。だから交渉もやりにくい。最適な隠れ場所だと思うんだがな……」


 そこまで話すと、一旦口を噤み、フィロスはカナタを見つめた。不思議そうに瞬きで答えるカナタ。


「カナタ。おめぇさん。とんでもなく異種が苦手だろう? 安全な場所じゃあるが、器を持たねぇ生き物を異種だと仮定するならば、あの国には異種しか居ねぇんだよなあ」


 フィロスの言葉に、最近出会った、敵意に満ちた異種の瞳が否応なしに過ぎり、カナタはヒュと喉笛を鳴らした。握りしめた指先が、カタカタと震えだす。


 もうカナタに逃げ場は無く、フィロスの提案する方法しか選択肢が無い事を知りながらも、身体の奥から冷たく沸き上がる異種への恐怖心に支配される。


 カナタの意思とは無関係に、異種への拒絶反応が起きていた。鼓動と呼吸が速くなり、肺が酸素を受け付けなくなる。


 重たい塊を飲み込んでしまったように、ハッハッと、短い呼吸を繰り返して、額から脂汗が流れ出す。


「ハ、ア。うっ……。わ、悪ぃ……ちょ、ちょっと考えさせてくれ」


 胸元から込み上げる、苦い胃液の気配を感じ、何とかそれだけ伝える。ふらつく身体を引き摺りながら、カナタは祠へと向かった。


 祠に背を預ければ、ズリとそのまま姿勢を崩して、全体重を祠に支えて貰う。見上げた眼前には、いつもと変わらぬ星空が広がっていた。


「は、はは……も、笑うしかねぇじゃん。どんな悪夢だよ。全部流されちまっても、夜空はなんも変わんねぇ。それなのに……なんでオレ? ほ、他の誰かでも……い、いいじゃねぇ……か……ッ!」


 深呼吸をして、乾いた笑いと共に吐き出したカナタの呟きは、重く空しく響く。今にもはち切れそうな心の拠り所を探して、カナタは母親の形見を取り出した。


 金色のスノードロップと、黒い林檎の実。その林檎の葉を絡めた、繊細な細工を施してある指輪を左目で覗き込んだ。


(ん? 今のなんだ?)


 カナタは身を起こす。指輪の向こう側に、立派な2棟の娼館がそびえ立つ。夜の港町が、見えた気がしたからだ。


 今度は反対の目で覗き込む。右目は、カナタが見ているものと同じ夜空を映し出すのみだった。再度左目に変えてみる。


(やっぱり見える。右は……)


 見える見えないを数度繰り返している内に、カナタの発作は治まった。砂を踏みしめる音がして、警戒したようにそちらを見遣る。そこに立っているのはフィロスだった。


「カナタ。少しは落ち着いたかい?」

「……左目で娼館が見える。母ちゃんの指輪の中に」

「んっ? 娼館?」


 差し出された指輪を受け取り、覗き込むフィロス。左目、右目と交互に見てみるが、フィロスには見えないようだった。


「いんや。俺には見えねぇな。おめぇさんの親父の、トモザネの軌跡に繋がるんだったか? んなら、きっと。林檎の力を持つおめぇさんにしか見えねぇんだろうよ。カナタ。小難しい事や、その他大勢の事なんざ考えなくていいんだよ。今。おめぇが手に入れたいものはなんだ?」

「イツキや。友達と一緒に馬鹿出来る、オレにとって普通の日常?」


 カナタが答えると。フィロスは大きく頷いた。


「ならば大それた事は置いといて。日常と、おめぇさんの大事なヤツを守る為だけに、取り合えず進んでみようぜ? 林檎の力の先にな」

「ふはっ。オレめちゃくちゃ自己中じゃねぇか」

「そうかい? 俺も、おめぇさんも。ヒーローなんて柄じゃねぇだろ。欲張らず、大事なモン守れりゃそれでいい。いっそ、そん位に割り切っちまった方が、気が楽じゃねぇかい?」


 フィロスの率直な言葉に、肩の荷が下りたように感じて、カナタは大きく息を吐き出した。


「そうかもしれねぇな。本当に」

 

「そうだろ? 本当の意味で。年端のいかねぇおめぇさんには、重荷が過ぎるわな。何をしても、しなくても。おめぇさんはおめぇさんでしかねぇし。他にはなれねぇ。生きるってのはそういうモンだ。だったら、自分が信じる道だけを進めばいいって事さ」

 

「あー。それ。イツキにも同じ事言われたな」

 

「だろうなあ。おめぇさんは、らしいを貫きゃそれで構わねぇんだよ。付いて来るも、来ないも。選ぶのは所詮自分の意思でしかない。おめぇさんの大事なヤツもな」


 フィロスが豪快に笑いながら呟くと、砂を踏みしめる音がもう1つ近付いて来る。カナタが振り向くと、イツキと目が合った。


「守る必要無さそうだけどな」


 心に浮かんだ、ただ1人。それには気付かないまま、カナタは呟いた。


「気分じゃ無いかもしれないが。ハッピーバースデー。カナタ」


 イツキの手には、小さなケーキが載せられた皿。差し出されたケーキに口を近付けて、カナタはロウソクを吹き消した。


「誕生日に何もないのは寂しいだろうから、細やかなパーティーをしようかね。だそうだが。カナタ。大丈夫か?」


 心配そうなイツキの言葉に頷いて、カナタは神社に戻った。


「うっわ。美味そう! この短時間で作るとか、ばーちゃんすげぇ」

「無事だった食材と、家の余り物で急ごしらえしたものばかりだけどね。育ち盛りなんだ。今は腹一杯食べな」

「いっただきまーす!」


 甘酒や煮物、オムレツや唐揚げ。ポテトサラダにフライドポテト。余り物で作ったとは思えない量の料理が、1枚板の和机には並んでいた。


 カナタが唐揚げに箸を伸ばすと、フィロスも同時に箸を伸ばす。ガチンっと視線がかち合って、どちらからともなく箸同士の唐揚げ攻防戦が始まった。


「カナタ。久し振りに愛妻料理が食えるんだぜ。ここはじーちゃんに譲ってくれてもいいじゃねぇか。あぁんっ?」

「オレだって腹減ってるっつーの! 旅立ち前に英気を養わねぇとだろ? それにこれは、オレの誕生日の料理のはずだろ」

「なっ! おめぇ。一番でっかいの取りやがったな!? 俺のマトリんの手料理がっ」


 カナタがパクんっと、唐揚げを頬張ると、フィロスから悲壮な声が上がる。2人の大人げないやり取りに、イツキが肩を揺らしている。


 スパパコ――ンッ! マトリの強烈なはたきが炸裂して、2人同時に後頭部を押さえながら、苦悶の表情を浮かべる。


「なにやってんだい2人ともっ! 行儀が悪いねっ! 沢山あるんだ。仲良く食べないか! 全く。ほら。フィー。アンタはこっち。酒癖が悪いんだから、飲み過ぎるんじゃないよ」

「やっぱ俺の嫁は最高だなあ。おい。カナタもこんな可愛らしい。出来た嫁さんを見つけんだぜ?」


 マトリに差し出された酒瓶を受け取れば、フィロスはあっという間に機嫌が直り、鼻歌まで歌い出す始末だった。


 ――――14――――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ