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083 目覚めは膝枕と共に

とても柔らかい感触を後頭部に感じながらアストは目を覚ました。


「あっ……あぁ……アストくぅ……ん」


そんな彼の顔に暖かい涙がポタポタと降り注ぐ。


「フェ、イル……さん?」


掠れた声で自身に膝枕をする見慣れた女性の名前を呼ぶ。


「本当に、本当に……無事で、よがっだでずぅ……」


泣き腫らしたフェイルの顔など初めて見たアストは、彼女がそのような顔をした原因が自分だと直ぐに理解しとてつもない罪悪感に襲われる。


(うぅっ……こ、これは痛いよ。申し訳なさ過ぎて痛いよ)


顔に降り注ぐ涙の一粒一粒がまるで槍のような痛みをアストの心に突き刺す。


「っ……ぁ……腕が」


どうにかその涙を止めたいという一心で手を伸ばそうとするが、アストの両手はびくともしない。


伝説の再生ポーションといえど、直ぐに全快させられるほどの治癒能力は無い。その為、今のアストが自由に動かせれる肉体のパーツなど精々、眼球と声帯程度であった。


「くっ!」


だがそんな彼は、彼女の涙を止めたい一心で再び腕を動かそうと試みる。


すると少しづつ腕が動き始めた。


新しく手に入れた【根性】というスキルにより、肉体の限界を越えて身体を動かす事が出来るのだ。


「なか、ないで……ぼくは、ふぇいる、さんの、えがお、がすきです」


耐え難い痛みというデメリットなど、お構えなしにアストは僅かに口元に笑みを浮かべフェイルの涙をボロボロの指先で拭いさる。


「アスト君……っ! ア、アスト君!? ま、まだ動いちゃダメですよっ!!?」


一瞬、アストの手に自身の手を重ね笑顔を浮かべようとしたフェイルだが、直ぐにアストが無理をしている事に気付き慌てつつもその腕をゆっくり下ろし、個人で持ち込んできたポーションを彼に飲ませようとする。


「がほっ……げほっ……」


だが、内臓がまだ再生仕切っていない為か、異物であるポーションを吐き出してしまう。


「あぁっ、ダメです。飲んでくれません」


ポーションは飲まなくても、掛ければ効果が出るという常識すら忘れてしまうぐらいフェイルは慌てふためく。


「こ、こうなれば……し、失礼致します……ゴクゴク」


目がどう見てもグルグルの混乱状態のフェイルは、ポーションを口の中に含ませると、そのままアストに口移しでポーションを流し込む。


「あのお嬢ちゃん……何をやってるのかね?」

「ふふっ……若いっていいですね、お母様」


安静にしていれば問題ないアストに要らぬ事をしているフェイルを、マルクの手当てが終わりひと休みしていたデズニーは呆れるようにボヤき、マイリヒはフェイルが動転している事が手に取るように分かる様子で微笑ましそうに見守っていた。


「ほむっ!?」


いきなり口移しされたアストもパニックに陥ってはいたが、身動きが取れない事が幸いしてなすがままであった。


(フェイルさんとキスしちゃったよ!? せ、責任! 責任取らなきゃ!?)


前世の記憶から、人命救助の際はノーカンという言葉があったが何気にファーストキスでもあったアストにそんな事を考えられる余裕など一ミリもありはしなかった。


パタパタパタ〜。


起きたアストの様子が嬉しいのか、ユメミはそんな当人の心情などお構い無しに優雅に飛び回っていた。




「凄い……あんな化け物を倒せたんだ」


デズニーから事の顛末を知らされ、アストは邪悪魔(イビルデーモン)に追い掛けられていた時の事を思い出し、僅かに声を震わせながら感嘆の声をあげる。


(僕が何百人束になっても勝てるビジョンが浮かばないような怪物をギルマスやスー先輩が倒したんだ。しかも、マルクさんなんか一人で倒してるわけだし)


「あはは……遠いなぁ、果てしなく」


自分の不甲斐なさ、目指す目標の高さに少しだけ意気消沈してしまうアストに対して、デズニーは鼻で笑うように言ってのけた。


「はん! 冒険者になって数年程度で越されたらたまったもんじゃないさね。……生きてればいつか追いつけるさ、生きてればね」


デズニーの言葉が胸にストンと沈んでいく。


「そう、ですね。死ななければ成長あるのみですよね」

「……私は既に死してお詫びしてしまいたいぐらい申し訳ないです」

「あ、あの〜僕は気にしてないですよ〜?」


テントの端っこで背を向け体育座りで沈んでいたフェイルに、アストはどうすればいいか困惑する。


あの後、アストは窒息しかけたが揮発性の高いポーションのお陰で事なきを得て、正気に戻ったフェイルからはひたすら謝罪を受け直ぐに許したのだが、受付嬢の中でもエースと呼ばれるほど優秀な彼女は自分の失態が許せない様子で落ち込み続けた。


(珍しい事もあるもんだ。あんなに完璧超人みたいなフェイルさんがこんなに人間くさい人だったなんて)


アストがこの世界に来て一番お世話になっている人物であり、一番信頼している相手というのは間違いない訳だが、常にフェイルには無意識に自分とは生きている世界が違うと透明な壁を隔てて接していた。


そしてその壁はフェイルに限らず大抵の知人にも当てはまっていた。


(何処まで行っても、僕は異世界人なんだよね)


同じ価値観で育った訳でも、生きてきた訳でもないという疎外感が常に彼の心に根付いていた。


その例外があるとすれば、自身の庇護下にある義妹のハフと、何も言えぬ魔物であるユメミだけだろう。


実際、アストが死に際に守りたいと願った相手がハフとユメミだけである。


それは薄情だからという理由ではなく、自分は他者にとって、たまたま人生の一コマに登場するモブ程度の存在なんだ。だがら、自分が助けようとしたり守ろうと考えるのは自惚れが過ぎるだろう。お前は本来この世界に存在していない人間なのだから、という考えがあった。


「でも、違ったみたい」


ああして、アストの為に泣いてくれたフェイル。瀕死の傷を負いながら、再生ポーションを届けに来てくれたマルク。魔力が底を尽きてなお、助けようとしてくれたデズニー。


それだけでは無い。


ここまで運んでくれたスーゼンや助けに来てくれたギルドマスターのソラーゲン。恩に報いたいと無理を押して戦ったガゼル。アストが託したモノを最前線まで届けてくれたケル。


沢山の親切に恵まれたからこそ、自分はこうして生き残ったのだと実感した。


(壁なんて彼らには無かったんだ。僕が勝手に孤高ぶっていただけなんだ)


死にかけてようやく気付いたのだから、自分の鈍感さに呆れる、とアストは苦笑する。


「ねぇ、フェイルさん。僕ね、冒険者になって良かったよ。ノリと勢いでなった様なものだけど、みんなに出会えて、貴女に出会えて僕は幸運だったと思う。……今回は僕なりに頑張ったと思うけど…………役に立った、よね?」

「……はい。凄く頑張ったと思いますよ。あなたは自分の成すべきことをしっかり成したのです。私はあなたを誇りに思います、前途有望な冒険者(・・・)アスト」


フェイルはいつもの柔らかい笑みを浮かべ、アストを労う。


「ははっ……そっかぁー頑張って良かった〜」


目尻を湿らせながら、アストは年相応の笑顔を見せた。


(必要とされるってこんな気持ちなんだね。くすぐったくて、あたたかいな)


アストはこの世界に来て、初めて自分が何者かになれた気がした。


そんな彼の目尻にユメミが止まり、その涙を拭うように飲んでしまう。


「ユメミ〜それはばっちいから飲んじゃだめっ」

「アスト君。気になっていたのですが、その子は? 見間違えでなければあなたの髪飾りの装飾に酷似している気がするのですが」

「…………あ」


今更過ぎて忘れていたが、ユメミの事を知っているのは妹のハフとマルク、ジュラの三人だけであった。


「あたしゃも気になってはいたよ。ボケたのかずっと視界に、小さい頃に読んだ絵本の宝石蝶が飛んでいるんだからね」

「お母様、安心してください。私にもしっかり見えていますわ」


パッチリと目撃された以上は誤魔化す訳には行かないだろう。何せ、フェイルは冒険者ギルドの職員。勝手に魔物(ユメミ)を街に連れ込んていたアストには、説明する義務がある。


「少し長くなるけど、聞きます?」


アストの前置きに、三人は顔を見合せ声を合わせた。


「「「是非」」」


やはり、女性にとって絵本に出るようなメルヘンな宝石蝶の事は気になる様子。


その圧に少したじろいながら、身動き取れなくて暇だから丁度いいか、とユメミとの出会いを語り始めた。


「彼方から始まった旅の道中にて、標高三千メートルにも及ぶ山嶺の頂上に辿り着いた僕はそこで歴戦の強者と一戦を交えた話でもしようかな」


おとぎ話に脚色は付き物。


直ぐに嘘だと見破られ叱られたのは言うまでもない事だろう。

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