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082 再生ポーション

全ての戦いが終わり、慌ただしくも歓声に包まれた防衛拠点にてデズニーは今にも死にそうなほど顔色を悪くしていた。


(あと、もう少し……あと、もう、少しで……峠は……越せる、って……いうのにっ)


完治には程遠いうえに四肢は砕けたままだが、それでなお命をつなぎ止められる最低ラインには僅かに魔力が足りなかった。


(やむを得ないか)


デズニーは一瞬だけ瞳を閉じて、直ぐに覚悟を決め瞼を開く。


「マイリヒ……ガゼルとケルが帰ってきたら、あたしゃの分も褒めてやっておくれ」

「……えっ……お、お母様!? ……まさか!? だ、だめです! 今、そんなお身体で魔法を……本物(・・)の魔法を使ってはなりませんっ!!」


マイリヒは慌てて止めようとデズニーに詰め寄るが、デズニーの鋭くも優しい眼光を向けられ、それ以上動けなくなってしまう。


「メットも頑張ったさね。しっかり褒めるんだよ」

「……っ、お母様からも褒めてもらった方が喜びます」

「…………それから、もういい(・・)さね。あたしゃが“直接“逢いに行って報告してくるさ……あたしゃ達の可愛い可愛い坊やと別嬪な嫁さんと、孫二人の話を……ふふっ、何日でも語り合えそうだ」

「うぅっ! お母様っ! お母様!!」


マイリヒは子供のように泣きくじゃりながら、デズニーを後ろから抱き締める。


(なあ、あんた……あたしゃは頑張ったよ。もう、失いたくなくて……必死に回復魔法を覚えたんだ。あのじゃじゃ馬だった“あたし“がだよ? 信じられる? あんなに毛嫌いしてた神官に頭下げてさ……)


いつの間にか辺りは白く染まり、デズニーの姿は若返り、そしてその前にはあぐらをかいた優しい笑みを浮かべた大男が座っていた。


『デニちゃんは、本当に優しいから人を治す姿はお似合いなんだな』


(あははっ! そうだね。あたしは昔からヤサシイからねー。……あ、あんたみたいなおっかない奴とだって結婚してやったんだ、感謝しやがれっ!)


『本当に、オラには勿体ないお嫁さんだな』


(嘘だよ、バカ……本当はあたしの方こそ幸せで、幸せ過ぎたんだ。だから……だから、もう逢いに行って良いかな? 逢いたいよぉ、カイゼルゥ……)


『うん、オラも逢いたい……でも、駄目だよ。デニちゃんにはまだやる事が沢山残っているんだな。だから、いつまでも待ってるからゆっくりしてからコッチに来るんだな』


(……ッ! ……はぁ、魔力が底をつきかけて変な妄想しちまったようだね。まさか、あたしゃがこんなに女々しい女だったなんてな。さすがのあいつにも見抜かれては……いや、見抜かれていたんだろうさ。だから、こんな面倒臭いだけの女を嫁に貰ったんだろうさね)


意識も朦朧し変な幻覚を見たと、頭を軽く左右に振りデズニーは大杖を両手でギュッと握りしめ、地面に打ち付ける。


「お母、様……」


デズニーが最期の力を振り絞る邪魔をしないように少し離れるも、マイリヒはその姿を焼き付け夫と子供達に必ずその勇姿を伝えようと溢れる涙を拭う。


「──魔力励起(ウェイクアップ)


その一言と共にデズニーの全身から魔力が湧き出し、本来視認出来ない筈の魔力が可視化される。


「さあ……“本物“の魔法だよ。受け取りな、あたしゃの全てを」


これまで使ってきた魔法のような魔法陣などは存在せず、魔力そのものが一つの“現象“として確立されたそれの名は──。


源造魔(イデアマ)「待って、ください」なにっ!?」


全てを対価に支払おうとしたその時、横から伸びた腕により杖をかっさらわれてしまう。


「はぁ……はぁ……どうやら、間に合った……みたい……ごほっ……ですね……」

「あ、あんた……マルクかい!?」


かっさらった杖を支えに、テントの隅に座り込むマルクは酷い大怪我を負っていた。


片目は潰れ、脇腹には大きな穴が空いており、全身傷だらけである。


「なんて酷い怪我だい……って、どうして止めたんだい!? 今のであたしゃの魔力も底を尽きちまったんだよ!? これじゃ……坊やが……」


可視化されていた魔力は既に消え失せた事で本当に打つ手をなくしたデズニーは悔しそうに目尻を湿らせる。


「助かります、よ……コレを使えば」


マルクは懐から取り出した小さな瓶を震えた手でデズニーに差し出す。


「……これ、は!? ま、まさか『再生ポーション』!? 一瓶で城が建つと言われる伝説の代物じゃないか!!」


【SSR】再生ポーション

[ありとあらゆる肉体の欠損を再生する]


ランクの高い体力回復ポーションでもある程度の欠損は治せるが、半身の欠損レベルになると再生ポーションでなければ治せない。


そのレベルの欠損を治せる回復魔法が使えるのは、アファステーゼ神聖国の上位神官かデズニーぐらいであった。その為、デズニーは多くの王侯貴族から激しい勧誘を受け続け、それに嫌気を指し放浪の旅に出たとも言われるほど稀有な才能である。


純粋な戦闘能力だとAランクには及ばないデズニーがAランク冒険者なのも、冒険者ギルドが国による圧力から守る為の特別処置であった。


「あんた、こんな貴重なモン良く手に入れられたね。幾ら金を積まれても売る奴は稀だろうに」


デズニーの鋭い眼光に晒されマルクは一瞬だけ視線を外すが、直ぐに無事な片目で見つめ直す。


「僕の師匠──剣聖様から預かっていたものです。いざって時に使えと」

「流石はSランク冒険者様だねぇ……それって、本来はあんたが使う為に寄越した物じゃないのかい?」


並の冒険者なら既に事切れているような重症を負っているマルクが使うべきモノだというのに、彼はアストの為に温存したのだと考えると、アストという人物は何か他の人間には無い特別な存在なのでは無いかと勘ぐってしまう。


「いえ。僕はもう使った後(・・・・)ですよ。それより早くアスト君に再生ポーションを」

「なっ……!? わ、分かった」


デズニーは久しく感じていなかった恐怖にも似た感情より手を少し震わせながら、再生ポーションをアストの患部に掛けていく。


(馬鹿なっ。最高峰のポーションを使った上でそれ(・・)かい!? どんな死闘を繰り広げたらそんなナリになってなお生きていられると言うんだい!? 同じAランクの倅とはまるで次元が違うじゃないかっ)


控えめに見ても息子であるガゼルは十分怪物じみた強さはあると考えているデズニーですら、マルクの底知れない強さに震えが止まらない。


(伊達に一人で邪悪魔(イビルデーモン)討伐を成し遂げただけの事はあるさね)


この戦場に居るほぼ全ての戦力を持っても、一匹倒すので精一杯の邪悪魔(イビルデーモン)を単騎で討伐してきたのだ。


その実力は間違いなくAランク冒険者の中でも最上位に位置するだろう。


デズニーの視界の端に映ったいつもおっとりとしているマイリヒですら、冷や汗を流しながら包帯をアストに巻いていく。


彼を心配している宝石蝶のユメミは世話なくテントの中を飛び回っており、そんなユメミを見やりつつマルクは心の中でボソリと呟く。


(…………アスト君。君は間違いなく幸運だ。でもそれだけじゃないんだよ)


マルクは自身に使った再生ポーションの空瓶を握り締めながら徐々に再生されていくアストを見守る。そして不意に言葉が零れた。


「君はいつ“あの方“にお会いしたんだい?」


口から零れ落ちた疑問に答えられる者など何処にも居なかった。





そこは防衛拠点から離れた山の山頂。


そこにはフードを深々と被った小柄な人物が立っていた。


「…………無事で良かったですよ、アスト君」


その人物は手の中でもで遊んでいた小瓶(・・)を懐に仕舞うと踵を返して歩き出す。


「まあ、死んでしまっても……必ず蘇生させてあげますから、心配無用ですよ」


そんな言葉を残し、外套の人物は姿を消した。




「アスト君! 無事ですか!?」


テントに飛び込んできたのは冒険者ギルドの受付嬢フェイル。


受付での制服は土の汚れやら枝に引っかかってしまい解れてしまった箇所がいくつもあり、デズニー達は彼女が脇目も振らずにここまで駆けて来た事が容易に想像出来た。


実際その通りでありフェイルは戦いの終わりの報せを受けて直ぐに馬に飛び乗り、ロイシェンの街から一目散でここまで飛ばしてきたのだ。


「あぁ……っ! 酷い怪我」


目をうるわせて、眠るアストの傍で膝をつくフェイルは彼の頬を撫でる。


「お嬢ちゃんはギルドで見た顔だね……そうかい、坊やはこんな別嬪な彼女が居たんだねぇ」


再生ポーションにより徐々に再生されていくアストの様子を見て、胸をなで下ろしたデズニーは柔らかい笑みを浮かべる。


「か、彼女では……っ」


フェイルは顔を赤らめながらも、だがそれ以上の言葉を言いたく無かった様子で口を噤むいてしまう。


「若いねぇ」

「ふふっ。そうですね、お母様」


そんな初々しいフェイルを母娘揃って微笑ましそうに見詰めつつ、デズニーは腰を上げ、マイリヒはそんな母を黙って支える。


「さてと、お前さんも再生ポーションを使った後とは言え、そのまま放置するのも不安さね。手当てするから横になりなさい」

「……はい。おねがい……しま……す」


これまで気力だけで意識を保っていたマルクはその一言で緊張の糸が切れたようでそのまま気絶してしまう。


「まったく……男ってのは、どうしてこうも、義理堅いものかねぇ」

「そうですね。でも、嫌いではないのでしょう?」

「そりゃあ、そうさね。でなきゃ、とっくに冒険者を辞めてるさ」


二人とて疲れきってはいたが、休むつもりはなく直ぐにマルクの手当てを開始し始める。


最大の功労者の一人であるマルクに最大限の感謝の気持ちを込めながら。

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