081 決着
高速で駆けるケルの耳には複数の音が聴こえていた。
怒声や罵声、啖呵や激。
その全てに聞き覚えがあり、ケルは一瞬だけ泣きそうになりつつ、更に足に力を込める。
そして遂に目的の一人であるギルドマスターの元に辿り着く。
「ギルマス! 届けもん!」
「ケル! ソイツはっ!? 」
「“あの“ルーキーの想いだよっ! しっかり受け止めてやって!!」
ソラーゲンの胸元に叩きつけられるように押し付けられたのは、真新しい一対の“ガントレット“であった。
【R】好転の鋼小手
[攻撃力800 耐久値400]
[【攻撃力上昇・大】【三連撃】]
[魔力+20 頑丈+65 精神+10]
「あの野郎……こんなモンあんなら先に出せ……あ」
『必ず手に入れてみせます。あっ、そうだ。ならコレを』
『ありがとよ。さて、未来の話に花を咲かせすぎたな。そろそろ行ってこい、『秘宝狩り』!』
『ちょっ!? 乱暴過ぎない!?』
(そう言いりゃ、なんか渡そうとしてくれてたなっ!?)
思いっきり自分の過失であった為、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「帰ったら、飯でも奢ってやるか」
「なんだかよく分かんないけど、じゃあね! あたしはパパを探してくる!」
「おう! アッチに飛んでったと思うぞ!」
「了解ーっ!」
ケルを見送りながらソラーゲンは新たなガントレットを装備する。
「まさかアイツ以外を装備する事になるなんてな……」
相棒のガントレットを手に入れて以来一切浮気せずに使い続けたものだから、少しだけ申し訳なく思いつつも再び戦える事に気持ちが高まっていく。
「正真正銘、最後の戦いだ」
両拳を打ち付けながら僅かに回復した気を全身に纏わせる。
相棒のスキルであった【外装・気】は長年使い続けた為、既にソラーゲン自身なりのやり方で再現可能であった。
「いくぞオラァッ!!」
先ほどの疲労など一切感じさせない突進をし、未だに戦い続けるBランク冒険者達の中に飛び込んで行った。
「パパッ!? ……大変っ」
限界の限界を超えたガゼルは全身から血を吹き出し、力無く横たわっていた。
それを見つけたケルは慌ててポーチから体力回復ポーションを取り出し、ガゼルの全身に掛ける。
「うぅ……パパ体力多すぎて、微塵も回復しない」
市販の【N】ランクポーションなど、体力が一万以上あるガゼルからしたら、本当に雀の涙であった。
それでもこれまで問題がなかったのはデズニーの卓越した回復魔法があってこそ。それが無ければ代償の大きい【限定解除・鬼人】を使うことなど出来なかっただろう。
「どうすれば…………あっ……もしかして、気力なら分けられる?」
世間には知れ渡ってはいないが気力はあればあるほど体力の回復速度などが上がるという副次的な効果がある。
ガゼルがやたらタフなのは体力が多いのも理由の一つだが、やはりその膨大な気力による体力の回復速度が大きいだろう。
「血の繋がったあたしの気力なら……鬼人の気力なら分けられるんじゃ!?」
ケルは維持していた鬼人の蒼い気を両手に込めて、ガゼルの胸元に押し当てる。
「……っ。吸われてる?」
手の先からスッーと血が抜かれるような感覚を感じ取り、上手くいくのではと期待が高まる。
「……やった。上手くいった! ……あっぅ……パパ、気力も多すぎぃ〜」
ケルの気力をほぼ根こそぎ持っていくレベルで吸われていき、まるで貧血を起こしたように彼女は横に倒れ込む。
だが、その甲斐あってガゼルの容態はかなり改善されていた。
「ぅ……こ、こは?」
「パパはよ〜」
「──!? ケ、ケル!? ど、どうしたんだな!? お、お腹痛いんだな!?」
「ちがうちがう……パパに気を……分けたから……すんげぇ〜……眠ぃ……ふふぁ〜」
やる気を完全に無くしたようにゴロゴロするケルの様子と、自身の気力がある程度回復している事から娘に助けられたのだと理解する。
「それぇ〜……もってってぇ〜……ぱぱふぁいとぉ〜」
「こ、これはっ!? ……ありがたいんだな、ケル! 届けてくれてありがとうなんだな!」
「おれいならぁ〜るーきーくんに……いってね〜」
「彼か……本当にお世話になりっぱなしなんだな……」
手に持った“大斧“を握り締め改めて感謝を抱きつつ、ここまで頑張って来てくれた娘の頭を優しく撫でる。
そして再びガゼルは立ち上がった。
最後の決着を付けに。
「……っぅ」
スーゼンは爆風とも呼べる衝撃波により数百メートル吹き飛ばされ、高木の枝に洗濯物のようにぶら下がっていた。
(運が良かった。木々がクッションになって無ければ私は死んでいた)
体力は既に一割を割っており、少しでも吹き飛ばされた方向が悪ければ即死すら有り得た。
スーゼンはポーチの中から無事だった自作のポーションを取り出し呷る。【超毒耐性】を持っているスーゼンにしか服用出来ないが、その効果は絶大だ。
即時に体力と気力をある程度回復させ、毒という特性から持続的な回復も行えるという、リジェネポーションに近い特性を備えた一点物のポーションである。
「くぅ……ふぅ……アストくんにも毒耐性があれば良かったなぁ」
そうすればアストの生存率を跳ね上がられたのにと思わずにはいられないスーゼンは、身体の様子を確認し地面に飛び降りる。
足を少し引き摺るようにしながら、彼もまた戦場に戻る為に歩き出す。
「下がれっ! ロジーカバーに入れっ!!」
「おうっ!」
「クラッシ! 牽制で良いから打ちまくれ!」
「ええっ!」
「プーソン! おめぇはジュラと合わせろ!」
「若い女子に合わせるのは……得意だ」
「風呂パイセンキモイぞっ!」
「ぐはっ!?」
ソラーゲンは気力を振り絞り、Bランク冒険者達に指示を出しながら邪悪魔の行動を制限し続ける。
(クソっ! 徐々にだがコッチが与えるダメージよりヤツの回復速度の方が上回ってやがる!! いずれ飛べるようになりゃあ、詰みだ)
Bランク冒険者が弱いわけでは無い。相手がタフ過ぎるだけなのだ。
だがソラーゲンの焦りも、遠くで感じ取った大きな“気“の収束と、コチラを伺う気配により消え去る。
「がははっ! そうか! まだやれるか! おめぇら、気合い入れろ! 最後の追い込みを掛けるぞ!」
「「「「おう!」」」」
「ジュラ……おめぇは一発デケェのを頼むぜ」
「いいのかい? アタイにそんな大役任せちまって」
そんな弱気にも聞こえる言葉を吐きつつも、ジュラの顔からは任せろ! と強い意志を感じ取らせた。
「若い奴に経験を積ませるのも先達の役割だからな」
ソラーゲンも獰猛な笑みを返し、最後の仕事を果たすべく僅かな気を踏み込む為の足と、殴り付ける為の腕に集中させる。
「へぇ……そうやるのか」
真横で視認出来るレベルになった気の流れを肌で感じ取り、ジュラは一瞬だけ目を閉じ直ぐに開くと、野性的な直感のままに駆け出す。
(若けぇのは良いもんだな。なんでも吸収しようとしやがる)
ジュラが何かを掴んた事を察しつつ、ソラーゲンはBランク冒険者達と戦い続ける邪悪魔の一瞬の隙を逃さないように目を凝らす。
「風呂にすら入ったこと無さそうなテメェに俺が負けっかよっ!!」
普段はそれなりにやるが、お金の為に冒険者になったプーソンの評価は差程高くはなかった。だが、そんな彼には凄まじい才能がある事をソラーゲンは見抜いていた。
(アイツは普段面倒だからと手を抜いているが、実際は天性の才能により最も力を発揮しやすいように最適化された動きを無意識に取ってやがる)
その為、ソラーゲンは密かにしごきと称して体術を仕込んでいた。
その才能が今、開花した。
「温いテクじゃあ、俺様を満足させられねぇーぞ!」
暴風のように荒れ狂う邪悪魔の攻撃を泥臭くも躱し、美しさも技術も無い無造作の攻撃を叩きつけていく。
「あいつ……あんなに強かったのか」
同じBランクでありながら何かと冒険者という職業を否定したがるプーソンが死に物狂いで戦っている姿に、彼を毛嫌いしていた者たちでさえ心が奮い立つような感覚になる。
「あんなんでもな、ウチのエース様だからな」
プーソンのパーティ仲間が少し嬉しそうに言う。彼らしか知りえなかったプーソンの魅力を知ってもらえて嬉しいのだ。
「□□……!?」
邪悪魔はようやくまともに動けるようになり、さあ反撃だといきり立とうとし、ひとつの違和感に襲われる。
「□□□□□□□!!?」
プーソンの大したことの無いはずの攻撃により、激痛が全身に走るのだ。
なんなら、自身の身体を動かす時の僅かな捻りでさえ、身体がよじ切れるような痛みに支配される。
「□□□□□□□□□□□!!?」
邪悪魔の悲鳴が戦場に轟く。
「な、なんだ、アイツ。いきなり苦しみ出して。罠か!?」
ゾーンに入りかかっていたプーソンは我に戻り、即座に後退し様子を伺う。
「……ありがとう。おかげで“毒“が回ったようだよ」
「おっ、スーゼン! 無事だったか、おめぇ!」
「えっ……あ、う、うん……し、心配し、してくれてあ、ありがとう…………んんっ、それより、あとは私に任せて欲しい」
いきなり馴れ馴れしく背中を叩くプーソンにより、スーゼンがいつものオドオドした感じに戻ってしまうが、直ぐに自分のやるべき事を思い出し、まだしても凛々しい雰囲気に戻る。
「マジか! 助かるわ〜。あぁ〜ダルかったわー風呂屋行きてぇー!」
プーソンには思うところが全くないのか、直ぐに踵を返して仲間たちの元に歩いていく。
自分の成すべきことを成したその背中をスーゼンはとても頼もしく感じた。
「おう。やれるか、スーゼン」
「……はい! やれます」
横に並んだソラーゲンと共に最後の一撃を放つ準備を始める。
「方向は……分かるな?」
「ええ……“彼女“の方向ですね?」
「感がいいな。その通りだ」
二人のみに通じ合えるやり取りの後に、一気に気を爆発させた。
「いくぞッ!!」
「ッ!」
【超加速】で一気に接近したスーゼンは、最後の一歩のみを【亜音速】で踏み込み、その反動を回し蹴りに一点集中させた。
バキバキバキッと邪悪魔の腹にめり込んだ足と、踏み込む為の足──その両足から骨が砕け散る音が生々しく響くが、スーゼンは表情ひとつ変えずに蹴り飛ばす。
「おっ……ラァッ!!」
ソラーゲンはその吹き飛ばす勢いを殺さずに、吹き飛ぶ方向と並行して拳を腹に打ち付ける。
蹴りと 【三連撃】の効果が乗った一撃により、目で追う事すら困難な速度で飛んでいく邪悪魔は何十倍にも増幅された“痛み“によりほぼ気絶に近い状態に追い込まれた。
そんな彼の進行方向には一人の女性が大剣を横に構え、静かに佇んでいた。
だが高速で飛んでくる邪悪魔の接近に気付き獰猛な笑みを浮かべる。
気を溜めすぎて、カタカタ鳴る大剣を肩に背負い、横に薙いた。
「くらえっ! アタイの全力だぁっ!!」
「□□……□□□!!」
それは奇しくも、アストが邪悪魔にされた蹴りに酷似していた。
腕力に特化したジュラの見様見真似だが、気を一点集中させた薙ぎ払いはいくら頑丈な邪悪魔でさえ、腹部が半分ほどのめり込むほどの傷を付け、空高く飛ばされる。
ホームランの球のように高く打ち上げれた邪悪魔の元に、人間離れした跳躍で一人の大男が飛び上がってくる。
「もう……お前にはウンザリなんだな」
そう呟くガゼルはアストから託され、娘のケルに運ばれた大斧を真上に振り上げた。
【R】諸刃の鋼斧
[攻撃力1160 耐久値150]
[【攻撃力増加・大】 【攻撃力上昇・大】【威力増加・大】 【耐久値減少・大】 【耐久値消耗・大】]
[腕力+100 頑丈-100]
かつてアストが手に入れたピーキーな斧であった。
ガゼルの高まる膨大な気により、表面は熱されたように紅く染まり、そしてそれすらも超えて蒼く燃え上がる。
『【上級斧術】を取得』
(……ッ! ……父さん……ありがとう)
幼い頃、とても大きな、とても大きなその優しかった手で撫でられた事を思い出し、ガゼルは少しだけ目元に涙を滲ませながら大斧を振り下ろす。
「『蒼鬼火斬』ッ!!!」
父の代名詞ともなったソレは斬撃と呼びにはあまりにも熱量を帯びており、遠くから見ればソレは蒼い焔を纏った溶岩の落下にも見えた。
「そうかい……あんた……あたしゃ達の坊やがやったよ」
数十キロ離れていようが、くっきりと見える蒼い光にデズニーは治療の手を止めず涙を静かに流す。
その傍らに居たマイリヒも空を仰ぎ、優しげに見つめていた。
「帰ってきたら、たくさん褒めてあげないといけないわね」
結果など見ずとも分かりきっていた。




