079 邪悪魔討伐戦
【外装・気】を発動させたソラーゲンは黄色の気を全身に纏い、邪悪魔に連撃を繰り出す。
かつて『武帝』と呼ばれた徒手空拳の天才の技は冴え渡り、あの邪悪魔が防戦一方である。
さきの【五連撃】のダメージが尾を引き、ソラーゲンの攻撃を過剰に警戒しているからこその攻勢であった。
(助かるぜ。アレはあと数発で打ち止めだからな)
気を纏わせてなお、耐久値がゴリゴリ削られていくソラーゲンの奥の手である。それを初手でぶち込んだのは相手に警戒させて動きを制限させる狙いもあるが、アストをあんな目に遭わせた邪悪魔を許せないという気持ちもあった。
なんだかんだ言って、アストを気に入っているからこそであろう。
猛攻の最中、視界の端に捉えたガゼルは片膝をつき、息を荒らげている。自身の家族の窮地を救ってくれたアストを助けたいという強い気持ちが限界を超えて身体をつき動かしてきた。そのツケが今払われているのだ。
(しかも、武器もぶっ壊れたときた。……ガゼル、お前はもう限界なのか? お前は、“あの人“を超えるんじゃねぇーのかよ)
「踏ん張れ! 立て! お前は『“二代目“蒼鬼』だろうがっ!!」
ソラーゲンの叱咤激励に再びガゼルの瞳に闘志が宿る。
「ぅ……うぉぉおおおっ!! 【限定解除:鬼人】ッ!!」
再び戦場に“蒼鬼“が姿を表す。
オーガキングの時よりも、より洗練された鎧を身に纏いながら。
「へっ! ここで“伸びる“か! 育ち盛りだなぁ! おめぇの親父と見間違いそうだぜっ!!」
「最高の褒め言葉なんだな!」
今度は理性を失うこと無く鬼人になったガゼルと共に、前後からの迫撃にて邪悪魔は手痛い一撃を受ける。
「そらぁ、好物だろっ!? たっぷり食らいな! 『五重咆』ッ!」
「□□□!?」
「うらぁぁああ!!」
再び衝撃が重なり合い吹き飛ばされるが、その下半身にはガゼルがしがみつき、吹き飛ばされる勢いのまま加速し、次々と大木に邪悪魔を叩きつけていく。
武器を失ったガゼルには大きなダメージを与える手段が無い。故に、サポートに徹する。
勢いが弱まったタイミングで邪悪魔を地面に叩き付け、跳ね返ったその身体を思いっきり蹴りあげる。
「最高のサポートだぜ!」
【上級体術】の応用で作り上げた気の壁を蹴る事で空に駆け上がったソラーゲンが待ち構えていた。
「おらよ! おかわりだっ!!」
遥か上空から地面に向けて加速しながら落下したソラーゲンは出し惜しみなどせず、ここぞとばかりに三度目の『五重咆』を叩き込む。
重たい一撃を再び食らった邪悪魔は隕石と見間違うような速度で地面に激突する。
巨大なクレーターの中心で少なくないダメージを受けた邪悪魔は、負ったダメージを再生させながら立ち上がる。
「□□□!!」
格下の人間にいいように扱われる現状に怒りが爆発。絶叫にも似た咆哮を轟かせる。
「怒りたいのは……私の方だ」
そんな怒りの化身に、冷たい声音が浴びせられた。静かに歩み寄るのは髪が顔の全てを隠す細長い男性。
「□□□!」
視認した瞬間、弾むように邪悪魔は襲い掛かる。常人には反応は愚か、認識すら出来ない神速の一撃が細長い男性──スーゼンを襲う。
「──【亜音速】」
スーゼンが呟いた瞬間、その姿がかき消され邪悪魔の攻撃は空を切る。
ブシャー!
気が付けば邪悪魔には無数の“切り傷“と“短剣“が突き刺さっており、そしてその視界は真っ暗に染まっていた。
「彼が受けた痛みの一割にも満たない痛みだろう?」
「□□? ……□□□□□□□□!!?」
「何を慌てているんだ? ……ああ、お前の両目なら、ここにあるよ」
スーゼンの両手にはそれぞれ眼球が握られていた。それをボトボトと地面に落とし、そのまま踏みにじる。
「ああ、すまない。つい、うっかり踏んでしまった」
眼球はブスブスと黒い瘴気を発しながら消えていく。
「□□□□□□□!!」
初めて味わう暗闇の世界に邪悪魔は混乱したように、やたらめったら辺り一帯に瘴気を帯びた黒いかまいたちで蹂躙していく。
その一撃一撃が凶悪な破壊力を秘めており、アストならばスパッと切断されてしまう程だ。
(少しは動揺してくれたみたいだ)
それらのかまいたちをことも無さげに躱しつつ、スーゼンはかつてないほど冴え渡る思考で次の一手を考える。
【亜音速】は膨大な気を消費し、瞬間的に敏捷の最終値を“800%“にするという非常に強力なスキルだが、その代わりいくつかのデメリットもある。
体力と気力の消耗が激しいのはもちろんの事、その速さに耐えうる“頑丈“と空気抵抗の中でも武器を振り回せる“腕力“、そして超高速な世界で相手に正確な一撃を与える為の“器用“など、複数のステータスも高水準要求し、不足すれば十全な能力は発揮されずに自爆するだろう。
腕力が高ければ高いほど体力の消耗が激しくなり、武器の細かい制御が難しくなる脳筋ビルドのジュラと同じように、特化したステータスやスキルというのは扱いが難しくなる傾向にある。
その為、ソロで活動してきたスーゼンは必要以上に【亜音速】を使うこと無く、手先の技を磨き毒をメインに扱ってきた。
だが、初めて出来た友人であるアストを瀕死まで追い込んだ邪悪魔により、自爆の危険性を常に秘めた超高速移動を主体にした、“本来“のスタイルに戻ったのだ。
“蛇男“というのは、彼が【亜音速】の進化前である【超加速】を使いこなし、“最速“と呼ばれていた頃の近接特化の戦い方を見たことの無い者達が付けた二つ名である。
「【超加速】」
スキルというのは進化したからと言って必ずその一つ前が消える訳では無い。【加速】系のスキルは残るタイプであり、それらを使い分ける事が出来る非常に強力なスキルの一つだ。
するりと邪悪魔の懐に潜り込み、スーゼンは細い針を何本も打ち込む。
本来なら通らないほど皮膚の硬いその身体は、スーゼンが刺した無数の短剣の毒により、免疫力と柔軟さ、頑丈面を著しく低下させているからこそ気を纏わせれば細い針が突き刺さる。
その代わり一度差し込んだ針は回収不可であり、使い捨てである。針の中は空洞になっておりスーゼンが特殊配合した劇薬が詰まっている。
「ふっ!」
「□□□! ……□□ー」
刺し込んだ箇所にスーゼンは拳を打ちつけようとするが、いい加減自身の状況を理解した邪悪魔は視界に頼らない探知の方法を見付け、すんでのところで回避し口から“瘴気“を吐き出す。
「──ッ!」
スーゼンは息を止めその場から離脱すべく、膝を曲げる。
「□□□□!!」
邪悪魔は足元を踏み抜くと大きな地ならしが起こり、スーゼンは体勢を崩してしまう。
(──ッ、【亜音速】を使ったら、地面に激突して死ぬ)
八倍速はスーゼンにとって神経をすり減らしてようやく扱えるものだ。
(【超加速】は……いけるか?)
四倍速の【超加速】はスーゼンにとって使い慣れたスキルだ。それならばある程度体勢が崩れようがどうにでもなる。
だが、それに待ったをかけるように邪悪魔は踏み砕き宙に浮いた土塊を殴り飛ばす。散弾のように散った土塊を見てスーゼンは自身の窮地だと悟る。
空中に散りばめられた土塊は大した脅威ではない。【超加速】を使わなければ。
高速の世界では僅かな障害物でさえ立派な殺傷兵器になる。
この場に留まれば瘴気により動きは格段に鈍くなり、だからと無理に【超加速】で離れようものなら、土塊により蜂の巣か、制御をミスって肉塊になるか。
アストよりも頑丈値が低いスーゼンには辛い状況であった。
だから彼は覚悟を決めた。
死ぬ覚悟を。
(タダでは死なないよ……置き土産だ)
飛び退くために曲げた膝を前に向かう推進力に変える。
【亜音速】から、一歩前に踏み出せば邪悪魔と激突し、スーゼンはミンチになるだろう。だが、その代わり刺し込んだ針が折れ劇薬が体内に流れ出る。
それがどれほど効くか分からないが、それ以上の一手を打つ手段など無いのだ。
(アストくん……友達になってくれて、ありがとう)
僅かな時間だったが、スーゼンはとても楽しい気分でいられた。初めて他人から拒絶されずに受け入れられたように感じた。
それで十分。命をかけるには。
そうやって決めた覚悟は刹那の時間により、先延ばしになる。
「──行ってこいッ!! ガゼルッ!!」
「うぉぉおおおーーッ!!」
遠くでソラーゲンが腕を発射台にして、ガゼルを投げ飛ばした。
ロケットのように飛んできたガゼルは邪悪魔にタックルをかまし、そのまま一緒に吹き飛ばされる。その際に瘴気も拡散し、呼吸できるようになる。
「登場して十数秒で退場は早すぎるだろ! てめぇの『最速』はそんな意味で付けられた訳じゃねぇーぞッ!!」
ひび割れたガントレットと共にソラーゲンはスーゼンの隣りに並ぶ。
「“一緒に“ぶっ潰すぞ……スーゼンッ!」
「──ッ! ……はいっ!!」
自分は独りではなかった。
“今“は共に戦う仲間が居る。
不思議とスーゼンは何でも出来るような全能感に包まれた。




