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078 ”最速”と”武帝”と”蒼鬼”

倒れ伏すアストは奇跡的に意識が残っていた。


脳裏には訳の分からない走馬灯が流れ続ける。


都会のビル群が倒壊し、荒廃した場所を駆け回り、怪物相手に刀を振り回すのだ。


(死ぬ前にやってたゲームだっけか?)


確かパンデミックホラーサバイバルを取り扱った新作だったはずだと、朧気な記憶が呼び起こされる。


大好物なジャンルだったはずなのに、思い出そうとすると凄く嫌な気持ちになる。


(確か……リアル志向なヤツで、ステータスは無いわ、敵は化け物だわ、軍属のくせにソロプレイだしで理不尽な無理ゲーだったな〜)


時折挟まる、拠点での会話イベントぐらいしか人との交流は無いし、唯一の良心イベントは主人公が花に自分の貴重な飲水をあげる子供にいつか焼肉を奢ると約束するぐらいだろうか。


あのイベントだけはアストの心に残り続けている大切なものだったはずである。


(今の今まで忘れてたけど。結局クリアしたっけ、あのゲーム……いや、そういえば僕はプレイ中に死んだんだった)


纏まらない思考の先に、ようやく自分はそのイベントを見て、家族と外食に行く日に死んだのだと思い出す。


(僕がリクエストした焼肉を食べてその帰り道で事故って……死んだ? のかな。待ってよ……それじゃあ……みんな(・・・)は? 母さんも父さんも、兄さんも姉さんも詩織義姉さんも智徳義兄さんも、光輝君も萌ちゃんも……産まれてくる予定の詩織姉さんの子供も……みんな……みんな、死んだの?)


あまりもの衝撃の事実にアストは精神的な許容量を超える。


(そんな訳ない! こんな記憶嘘っぱちだ! みんな生きてるっ! 絶対に! 絶対に生きてるっ!! でなければ僕だけが転生したのは可笑しい!! )


発狂にも似た精神状態になってしまう。


──ま……ダ…………よ……。


幻聴が微かに聴こえ、まるでパンドラの箱から漏れ出た絶望を押し戻すかの如く、アストの死に際の記憶も何もかも消えていく。


次の瞬間には、何を考えていたのかさえ思い出せなくなっていた。


そしてそれらの対価と言わんばかりに、アストは別の感情に支配される。


(ここで僕が死んだら? ハフちゃんはどうなるの? あの子をひとりぼっちにさせるつもりなの? ユメミは? ユメミだってこの場に居るんだよ!? 僕が殺された後、ユメミが巻き添いで死んだら……? ダメに決まってるだろっ!!)


それはアストがこの世界に来て、出来た新たな家族の事であった。


(守るんだ……今度こそ(・・・・)っ!)


全身がまともに動かせない中、アストはひたすらその折れ曲がった四肢に力を加える。


「□□□?」


愉悦に入っていた邪悪魔(イビルデーモン)はそれでもなお、立ち上がろうと足掻くアストの様子に酷く不快になったのかトドメを刺そうと歩み寄ってくる。


片足を上げて、今にもアストの頭部を踏み抜こうとしたその時、青い蝶が眼前に現れた。


宝石蝶であるユメミだ。


ユメミはラピスラズリの身体を光らせ、【幸運の鱗粉】を邪悪魔(イビルデーモン)の顔に掛ける。


「□□□□□□□□!!?」


邪悪魔(イビルデーモン)はまるで熱湯でも掛けられたようにもがき苦しみ、数歩後退する。


「□□□□□□□!!」


だがそれでも稼げた時間は僅か数秒。ユメミに怒りの籠った眼を向け、拳を引く。


次の瞬間には、ユメミは振り抜かれた拳により木っ端微塵になってしまうだろう。


だがその前に、ユメミを包むズタボロの手が伸びた。


四肢が砕けたまま、見えていないはずの視界のまま、内臓が破裂したまま、アストがユメミを庇うように包み、覆い被さる。


(やらせるか! やらせるものか! 僕の“家族“を殺させてたまるかっ!)


状況など理解出来る状態ではないが、それでもアストは家族を守る為に出来ることをする。


本来動けないアストが動けたのは、ほんの僅かな幸運がまたしても起きたからだ。


【根性】

[行動阻害レベルのダメージを受けても身体を動かす事が出来る]


【我慢】が進化したスキルであった。


このスキルには奇跡を起こせる力も、場を好転させる力もない。だが、想いを力には出来る。


全身が弾き飛びそうな痛みだろうが、限界を超えていようが、全て“受け止め“立ち上がる為の力だ。


「□□……!?」


もう動けなかったであろうアストが動いた事に、僅かばかりの動揺が邪悪魔(イビルデーモン)に走る。


「□□□!」


だがそれは直ぐに振り払われ、今度こそ不愉快な塊であるアストに振り上げた足が叩き込まれる。


──その刹那。


邪悪魔(イビルデーモン)は何かが“過ぎった“気がした。


ドォーーン!


踏み抜かれた足元にはクレーターが出来ており、土煙に紛れる。


「良くも……良くも私の“友人“を傷付けたな!」


土煙の中、背後から聞こえる声に邪悪魔(イビルデーモン)は振り向く。


少し離れた場所には、死んだはずのアストを抱き抱えた、髪で顔を隠した男性が立っていた。


男性は痛ましそうにアストを見る。


「……っ! お前だけは絶対に許さないっ!!」


普段のオドオドとした態度など欠片も見せず、強い意志を感じさせる瞳を髪の奥から覗かせる。


「ウチのもんに……何やってんだ! おんどりゃァァァァ!!」


髪の長い男性に気を取られているその一瞬に、別の襲撃者に接近された邪悪魔(イビルデーモン)はその顔面が陥没するほどめり込んだ拳を叩き付けられる。


だがその程度ならすぐにでも再生する為、自身をコケにした襲撃者を仕留めるべく尻尾を突き刺そうとする。


──「轟け、『五重咆(クインロア)』!」


ドゴォォオオオッ!!


既に受けたはずの顔面の衝撃が、追加で“五回“襲ってきて、邪悪魔(イビルデーモン)は為す術なく吹き飛ばされる。


数百メートルバウンドしながら吹き飛んだ先には、蒼い角を生やした大男が両腕を振り上げていた。


「フンヌゥゥッ!!」


吹き飛んできた邪悪魔(イビルデーモン)は振り下ろされた大男のアームハンマーにより叩き落とされ、地面に大きなクレーターが出来上がった。


「俺とガゼルでヤツを仕留めたいが、恐らく難しいだろう。……お前にも協力を頼みたい。『最速』のスーゼン、Aランクに最も近い男よ」

「……分かりました。少しだけ時間をください。アストくんを安全な場所に」

「分かった。俺達が時間を稼ぐ」

「ありがとうございます」

「気にすんな……俺もソイツとは約束があるんでな。死なれたら困る。しっかし、噛まないお前なんざ初めて見たぞ?」


からかうように言うソラーゲンに、スーゼンはそれでも表情を変えずにアストの状態を見る。隠された表情にはまじまじと怒りが浮かび上がっていた。


「……私だってこんなに落ち着いているのは生まれて初めてですよ」

「あのな、いい事を教えてやる。……そいつはな、“ブチギレ“って言うんだぞ」


スーゼンだけは怒らせないようにしようと心の中でひっそり誓いつつ、ソラーゲンは飛び出す。


長らく共に戦ってきた相棒を一瞬だけ見て、決心を固める。


(悪ぃな、相棒。最後のひと仕事だ……手伝ってくれや)


「今日だけだぞ! 俺の“全盛期“が見れるのは! 運が良いな……邪悪魔(イビルデーモン)ッ!!」


寂しさと獰猛さがなみまぜとした表情のまま、ソラーゲンはふらつきながら立ち上がってきた邪悪魔(イビルデーモン)に襲いかかる。




スーゼンはアストに負担を与えないように気を付けながらその場から離れる。ユメミは現在も意識を失ってなお、包んだまま解かないアストの手の中で大人しくしている。


目的地は分かりきっていた。


「デズニーさん! アストくんを見てくださいっ!」

「よく来てくれた! さあ、ここに寝かせてくれっ」


防衛拠点の仮設テントに戻っていたデズニーの傍には、意識を失ったまま横たわったケルとメットがおり、マイリヒが面倒を見ていた。


デズニーの卓越した回復魔法の腕が無ければ、二人共命は無かっただろう。


他の冒険者が持ってきてくれた毛布を下に引き、アストはその上に寝かされる。


「……なんで酷い状態だい」


長い冒険者人生でもアストほど酷い状態の人間を見るのはデズニーでも初めての事であった。


(生きている事すら奇跡だよ)


「すぐにありったけの体力回復ポーションを持ってきな! グズグズするなっ!」

「は、はいっ!」


デズニーの怒声によりテントの中を覗いていた冒険者達は防衛拠点のポーションを取りに駆け出す。


そしてデズニーは今までメットに装着させ回復に使っていた『癒しのバングル』を外し、本来の持ち主であるアストの折れ曲がった腕にはめようと手を伸ばすと、彼の手の中から美しい宝石の蝶が飛び出してくる。


「……坊やはその子を守りたかったのかい?」


心配そうにクルクル飛び回るユメミをデズニーは一瞬だけひどく優しげな瞳を向けるが、次の瞬間にはキリッと引き締めた表情になり『癒しのバングル』を腕にはめる。


「任せな。アンタの相棒はあたしゃが絶対に助けるから。うぐっ……」


魔力を使おうと力んだ瞬間に、とてつもない頭痛が襲い掛かる。度重なる魔力消費によりデズニーも既に限界が近い。


それでも為すすべき事の為に踏ん張る。


「坊やはあたしゃ達家族の“恩人“だよ! 絶対に死なせやしないよっ!」


大杖を構え、その先端をアストに向けると、地面に大きな七芒星の魔法陣が現れる。


七芒星魔法(ヘプタクラフト)! 『大回復(グレーターヒール)』!」


僅かばかりアストの状態が良くなっていく様子を見て、安堵しつつスーゼンは前線に戻るべく踵を返す。


「っ……息子を……頼んだよ」

「……はいっ」


息も絶え絶えのデズニーの願いに、スーゼンは力強く頷き一瞬で視界から消えた。

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